第3話
「えっ!犯人は私ではありませんよ!」
あまりのことに驚いてつい大きな声をあげてしまう。断罪じゃないと思ったけどまさかのここで断罪が来るのかとつい身構えてしまう。
「えぇ、もちろん、そうよ。だってその子はリアムが連れてきた時点で死んでるんですもの。安心なさい、貴女がやったなんて誰も思っていないわ。」
王妃様はわたしの言葉に同意をする様に頷く。
「でもさっきリアムは『毒を飲んで起きなくなった』と言ってたけど、どうなの、サンディー。」
妃殿下の質問に先生は少し右の眉を上げると、答える。
「彼女の首元をご覧ください。ほら、人の手形があるでしょう?手で首を絞めて殺されたんです。そして、首の周りに引っ掻き傷があるのがお分かりになりますか?これは首を絞められた時に抵抗をした際に自分で自分の首を引っ掻いてできた傷です。
首を絞められた時には彼女が生きていたという証明ですね。」
つまり、白雪姫は一度生き返ったが殺されたと言うことか...。ちらりと殿下を見る。せっかく見つけた生涯の伴侶を殺されてしまうなんて、さぞや落胆されてお怒りになられるだろう。そう思って気遣う様に殿下を見るが、その表情からは何も読み取れなかった。
「犯人はもちろんディアーナ様ではあり得ません。この手の大きさから言って男性でしょう。」
そう言ってサンディー先生はちらりと従者を見る。従者は悲鳴をあげる様な声で話し始めた。
「俺じゃありません!そりゃ、死体の入った棺を担げって言われて驚いたし、毎日担ぐことにうんざりしていました。
だからちょっと頭にきて彼女の背中を殴ったんです。そうしたら口から何かが出てきて、彼女は息を吹き返したんです!」
「ほら、先生。やっぱり生きてらしたんですよ。」
「今は亡くなってますけどね。それで?」
私は間違ってなかったとばかりに先生に声をかける。その私に先生はばっさりと切り捨てて続きを促した。今日の先生はとても冷たい。
「あの、それで、殿下のことや今の状況を説明したら、彼女が自分の境遇を話し始めたんです。」
従者が語る彼女の境遇は私のよく知る白雪姫の話と同一である。本来ならそれで王子は姫を連れ帰ってハッピーエンドではなかっただろうか。
「その上で、彼女が戦争を起こしたいと言う様な提案をされて、それを聞いた殿下が......」
従者の言葉で『本当は怖いグリム童話』で読んだ、白雪姫のその後を思い出した。たしか、白雪姫は結婚式の際に、新婦の名前を伏せたまま招待状を送って、何も知らずにやってきた継母に真っ赤に焼けた鉄の靴を履かせて殺してしまうんだった!
当時はあんまり考えてなかったけど、隣国の権力者である王妃を、結婚式に招待しておきながらいきなり騙し打ちの様な形で殺すなんて戦争に発展してもおかしくない。
戦争は恐ろしい。前世で私のいた国は70年以上も戦争をしていない国だった。だから、今ひとつピンと来てなかったけど、目の前の大事な人を失うかもしれないことなのだ。戦争とは殺し合いにいくことなのだから。
一昨年までこの国は白雪姫の国の反対隣の国と戦争していた。貴族の義務としてお兄様もお父様も戦争に参加していた。もしかしたら2人が帰ってこないかもしれない、と正直恐ろしかった。戦争に参加した領民たちだって心配だった。
幸いなことにお父様もお兄様も生きて帰ってきてくれたが、その際の負傷のせいで、お父様は左腕の動きが制限される様になってしまった。けれど、それでも生きていてくれた。他に出征した人で帰ってこなかった人も大勢いる。
新聞で読んだが、戦争当時この国は劣勢で多くの戦死者が出た。その時に、止める国王夫妻を振り切って殿下も出征され、魔法を自在に操り、我が国に勝利をもたらしてくれた。
その後も隣国と終戦協定を結ぶ際も殿下が表に立ち、我が国が有利になる協定を結んでくれた。戰の功績と協定を結ぶ手腕は各国から賞賛を呼び、殿下の評判は留まるところを知らない。
だから、陛下も妃殿下も殿下を自慢に思っているし、殿下がいることで他の国の抑止力になっているから、殿下の気持ちを今まで優先されてきたのだろう。
そして、そんな恐ろしい戦争を避け、国を守るために、殿下は泣く泣く愛しい姫を手にかけたのだろう。
「えぇ、そうです。彼女が我が国に戦争を打診してきたので、僕の独断で再度眠ってもらいました。
......けれど、動いて喋る彼女はとても醜悪でしたが、こうして黙って眠っている彼女は実に美しい。まるで天使の様だと思いませんか?父上。」
殿下の言葉に陛下は信じられないものを見る様な顔をしている。妃殿下にいたっては今にも倒れそうだ。私はそう言えば白雪姫の王子様って、『死体愛好家ネクロフィリア』って解釈があったことも思い出した。確かにそんな性癖の持ち主であれば生き返った白雪姫を再度殺してしまうという結果で終わってしまったかもしれない。
でも、私と一緒に半年過ごしてくれた彼はとても優しい方で、いつも私を気遣ってくれていた。私が辛そうにしていると彼も辛そうな顔をしてくれた。とても『死体愛好家』とは思えない。
今ちょっとおかしな発言をしているのは、愛しい白雪姫を手にかけてしまったことで、自己防衛本能が働いているのではないかと思うのだ。
簡単に言うと、『酸っぱい葡萄』である。
手に入らないものは良くないものだったと思うことで、自分の心を守る心の働きで、『合理化』とも言うとか、前世でセラピストの先生が教えてくれた。
要するに『愛しい姫と人生を共にできなかったけど、生きて戦争を起こそうとするより、死んだまま側にいてくれた方がいいよね?』と殿下は思わざるをえない状態なのではないだろうか。おいたわしいことである。
「実は陛下、僕はどうも喋って動く女性が嫌いらしくて触れると鳥肌と蕁麻疹が出るんですよ。ほら。」
そう言って殿下が妃殿下に触ると先ほどまで何も異常がなかった殿下の腕に、鳥肌と蕁麻疹が一気に出ていた。これ、現代なら診察受けて病名つけてもらわなきゃいけないレベルではないだろうか?
「唯一、喋って動いていても大丈夫だったのが、ディーだったんです。先程エスコートしても鳥肌も蕁麻疹も出ていなかったでしょう?」
なんだかおもちゃの様な言われ方だが、彼なりに大事に思ってくれていたんだろう...と思うが、なぜこの場所に私は呼ばれたのだろうか?正直どうしていいかわからない。
「......お前はそ・れ・を正妃にしたいと本気で言っているのか?」
「えぇ、そうです。全く動かず、喋らない彼女は僕の理想です。僕が何をしても否定せず、また僕の時間を尊重してくれ、かつ僕が一緒にいたい時には側にいつでもいてくれます。」
「ええ、まぁ死・体・ですからね。」
サンディー先生がぽそりと突っ込んだのをお兄様がそっと口を塞ぐ。
おそらく、殿下の『酸っぱい葡萄』の心境のご乱心は時が解決してくれると私は思う。けれど一臣下に過ぎない私たちフランドル伯爵家プラス1は、一時的なものだとは言え、殿下のご乱心を知ってしまうのはよろしくないことだろう。というか、いてはいけなかったと思う。出来るだけ息を殺して、何事もなかったかの様に帰っていくのが多分正解であるはずだ。
「今から夏なのよ?腐ったらどうするの?」
「そうですね、クリスタルの中で寝てもらう様にしましょうか。それとも氷魔法にしましょうか?」
殿下の瞳は本気である。しかも焦点があっていない。ここにいる様で、ここにはいない。彼はきっと愛しい白雪姫をその手にかけた時から混乱したままなのだろう。なんとお可哀想な殿下!
「結婚式はどうするつもりなのだ!外交で妃が必要な時は?」
「結婚式は税金の無駄遣いですからしません。外交の時は、そうですね。このまま出席してもらいましょう。ちょっとお・寝・坊・な・お・妃・さ・ま・で通せば問題ありません。」
陛下と妃殿下は真っ青な顔でこちらを見てくる。私に何を言えと言うのだろうか。私は一生懸命ない知恵を絞る。
「えーと、結婚式に関しては、国民にとってお祭りの様なものなので、きちんとした方がいいと思います。」
「こ・れ・をこのままパレードに連れて行くのか?」
「うっ、いえ、そうですね......。
わかりました!姫様は城で待っていてもらって『心の綺麗な人にしか見えないお妃様が一緒にいる』と言えば、きっと皆こう、うまいこと納得してくれますよ!」
私は同じく昔読んだ童話を思い出して答える。
「それに、彼女が隣国の姫だと言うなら、外交の場には出さない方がいいと思われます。ああ、あとは背教者と呼ばれない様にできるだけ、姫様のことは内密にされた方が良いでしょう。できれば地下に安置所みたいなところを作られてはいかがでしょうか?
対外的には体調がずっと悪いで通すしかないと思います。」
「落ち着いてちょうだい、ディアーナ!貴女までそっちの世界に行かないで!一緒に説得して欲しくて呼んだのよ!」
お妃様が悲鳴の様な声で叫ぶ。私はどこにも行っていないのですが。
「説得でしょうか......。あの、先ほども申し上げましたが、婚約はすでに昨日解消しております。ですので、私はもう殿下に対して何も言える立場にございませんが......」
「ええ、そうです、母上。私は運命に出会ってしまったのです。彼女を正妃に迎える以上、ディーと婚約を続けるわけにはいきませんからね。
私はディーを日陰の身にするつもりはありません。彼女には幸せになって欲しいのです。
お二人がいつでも婚約解消がスムーズにできるようにしてくださっててとても助かりました。」
陛下と妃殿下は苦虫を何十匹も噛み潰したような顔をしている。
「どうしてもそ・れ・を正妃に迎えると言うなら、他の娘を側妃に迎えるか?なんとしても子は必要だろう。」
陛下が脅しの様に口を開く。母である王妃様にですら蕁麻疹が出るのだから、他の女性なんて絶対無理だろう、そう発言しようとした私を制して殿下が口を開く。
「側妃ですか、わかりました。大丈夫です。愛・し・い・天・使・の・作・り・方・を・、・僕・は・彼・女・の・お・か・げ・で・学・び・ま・し・た・。な・の・で・今・後・は・ど・ん・な・女・性・で・も・迎・え・ら・れ・そ・う・で・す・。」
そう言って笑った殿下の瞳には一切光がなかった。陛下と妃殿下はさらに顔色を悪くする。それはそうだろう、だって殿下は下手な人を連れてきたら、白雪姫と同じ様に対応すると言ったのだ。
「あぁ、でも、ディーだけはいけません。
『20歳を迎えられない』と言われた彼女がどれだけ頑張って毎日を生きているか、周りがそんな彼女をどれだけ大事に思っているか知っていますから。
僕は彼女の話したり動いたりしている姿を見るのが好きなんです。幸せになって欲しいとも思っています。なので、婚約解消しました。
だから、彼女だけは天使にはできません。側妃を娶るなら、彼女以外でお願いします。」
殿下のその言葉に陛下と妃殿下は、私以外を婚約者にできないと思ったらしい。私の方を振り向く。その振り向き方が実に異様で怖い。フクロウの様に首が180度回転した様な振り向き方だった。
「ディアーナ嬢、今まで本当にすまなかった。この通りだ!どうか頼むからリアムの婚約者に戻って欲しい。もちろん、身体の弱い其方に無理はさせん。リアムと共に生きてくれるだけでいい、他には何も望まん。都合のいい話と思うが...」
「お願い、ディアーナ。もう私たちは貴女にお願いするしか......。散々反対した私たちが言っても今更でしょうけど、大切にするから......」
「いえ、あの。私よりも殿下のお気持ちが一番ではないでしょうか?実際にお二人が私ではいけないと仰せになるのも仕方がないことですし。」
「ディアーナ嬢は確かに丈夫な方ではありませんが、女性としての機能に問題はありませんよ。ちゃんとした医師が側についていれば、子供も望めると思いますが?」
またもや口を挟んだのはサンディー先生だった。先生の意見に国王夫妻は、決して逃すものかとばかりに私たち一家を説得にかかってきた。
「お断りします、我が家の娘が不服と仰ったのは陛下です。それに娘が危険とわかっていて嫁がせる親がどこの世界にいますか!」
「それなら、ディアーナ嬢には王家の秘宝を贈ろう!一度だけならどんなものからも身を守ってくれるものだ。リアムが原因で壊れた場合は、婚約破棄でもなんでも了承する!」
「えぇ、もちろん彼女の身の安全はきちんと守るように手配するわ。今度こそちゃんと相応しい対応をするからもう一度だけチャンスをちょうだい。嫌になったらすぐ帰ってくれていいから!ね?ね?」
「いえ、あの。殿下のお気持ちが、一番です。私がどう言おうとも、殿下のご意志を変えられなければなんとも言いようがありません。」
陛下と妃殿下は必死だが、そもそも殿下は白雪姫を愛しているのだ。私が諾と言おうとも殿下の気持ちが私になければ意味がない。
陛下と妃殿下、そして我家の家族の話し合いは膠着状態に陥った。どちらも引くつもりがないから当然のことである。
その後5時間以上話し合っても決着がつかず、私の熱も段々上がってきてしまった。このままではらちがあかないし、私の熱がこれ以上高くなるのは問題だとサンディー先生が口にした。
そのため、今日はお開きとなることになった。しかし、陛下も妃殿下も諦めきれなかった様で、『何としても殿下の気を変えさせる。2日時間を欲しい。もし、それでも彼の気が変わらなければ諦めるから』と粘りに粘った。
これ以上王家からの要請を伯爵家が断り続けるのは難しく、何より殿下が私との再婚約を頷くはずがないと思っていたうえ、熱で頭が朦朧としだしたこともあり、その条件に私は頷いてしまった。
そして無理をした私は2週間も寝込んでしまい、ようやく目を覚ました時には再びリアム様の婚約者となってしまっていた。
リアム様はもうすでに落ち着いており、白雪姫はもう12日も前に荼毘に付したそうである。
「ディー、大丈夫かい?」
そう言って私の頬に手を伸ばすリアム様の手には鳥肌も蕁麻疹もなかった。リアム様は白雪姫が荼毘に付されたあとはずっと私のそばについていてくれたらしい。
「えぇ、私は大丈夫です。ずっとついていてくださったと聞いております。ありがとうございました。リアム様こそ、お疲れではありませんか?」
私がそう声をかけると、彼は笑った。
「僕は問題ないよ。それよりも婚約解消したことも、先日、君に無理をさせたことも本当にすまなかった。
.........君が2週間も目を覚まさないから、死んでしまうかと思って怖かった。もう父母には二度とこんな無茶をさせない様にきちんと言っておいたから、安心して欲しい。
今後は、体調の悪い時は誰になんと言われようと安静にして、決して無理をしないでおくれ。」
「リアム様、ありがとうございます。私では色々と至らない点が多々あるでしょうが、少しでもリアム様の心の慰めになる間はどうぞお側に置いて下さいませ。」
「ディー、君って人はどこまでも......」
そう仰ってリアム様は私の唇にそっとキスを落とした。初めてのキスだった。恐ろしいとも、嫌とも思えなかった。ただ嬉しかった。
正直に言って混乱している時のリアム様は少し怖かったけど、今こうしてお話ししているリアム様は私が半年間付き合って信じてもいいと思えた方のままに感じたので、私は大丈夫だろう。
あとはリアム様がどう思われるかだけだが、それに関しては最終的にはリアム様がお決めになることだ。私はできるだけ彼の心に寄り添い、お役に立てる様に頑張るだけだ。
熱が下がっていつも通りになった私は王宮に呼ばれた。今度は泡を食った使者ではなく、リアム様自らがお迎えに来てくださり、丁寧にエスコートをしてくれた。
王宮では陛下にも妃殿下にも、それはもう大切に扱われた。なぜか謁見の間に私専用の椅子が置かれている。そして座ったままの私にわざわざ陛下が歩み寄ってこられ、『王家の秘宝』と言われる本来なら国王陛下が持つ一度だけ自分の身体を守るお守りを下賜された。
正直、私が持つものではないと辞退したかったが、再婚約する際の条件らしいので受け取らざるをえなかった。陛下や妃殿下のご不興を買っていないかとても心配したが、お二人は全く気にしていないどころか、ものすごく好意的だった。
「ディアーナ嬢、君の体調が一番だが、整ったらでいいから、早くリアムと結婚してくれないだろうか?」
「お願いだから妃殿下でなくお義母様と呼んでちょうだい、ディアーナちゃん。」
正直国王夫妻の掌返しが極端すぎて怖いほどだったが、リアム様は「当然のことだから気にしなくていいよ」と笑った。
彼が笑っているなら私には何も問題がない。
Bạn đang đọc truyện trên: AzTruyen.Top