追悼集会に参加しました
騎士団を訪問した翌日、私は中央広場にいた。
今日は『厄災の日』。これから追悼集会が行われるのだ。
国の行事として毎年行われていた『追悼式』が十年を一区切りとして終了となり、翌年から有志たちによる『追悼集会』が始まって、それが現在も続いているのだとか。
遺族席には、ピーターやライアンの姿が見える。
兄からは「一緒に、遺族席に座らないか?」と誘われたが、丁重にお断りしておいた。
堅苦しいことが苦手なこともあるが、ある街の噂を耳にしたのだ。
『最近、街でよく見かける青い髪の女性は、英雄セリーヌの娘なのではないか?』
髪を染めた偽物ならばすぐに騎士団が取り締まるはずだが、それをしないのは『本物』だから...という理由で、結構な数の人が噂を信じているらしい。
なぜ、『他人の空似』と思わないのだろうか?
そんな私が遺族席に座っていたら嫌でも周囲の注目を集め、また様々な憶測を生むだろう。
いつもの冒険者の出で立ちに染料で『黒髪』に変えた私は、今日は広場の隅で終始おとなしくしているつもりだ。
◇
石碑に献花をしたあと、犠牲者の名が次々と読み上げられていく。
その様子を、私は静かに見つめていた......と、その時、馬に騎乗した一人の騎士が広場に駆け込んできた。
皆がざわめく中、ライアンが慌てて騎士のもとへ走っていく姿が見えた。
「緊急連絡! 飛行する複数の生物が国境を越え、王都方面に向かっているとの情報あり。なお、『飛竜』との目撃証言もあり、現在確認中。直ちに屋内へ避難を!! 繰り返す。複数の...」
驚きの報告に、人々が我先にと広場を後にしていく。
『飛竜』がこのグレイシア王国に現れたという事例は、過去を遡ってみてもほとんどない。
セリーヌ時代にも目にしたことはないが、スーザンとして生まれ変わったランベルト王国では一度だけ目撃したことがあった。
しかし、それは群れからはぐれた幼体で、その時はすぐに騎士団が討伐し事なきを得たのだ。
――このまま、何事もなく上空を通り過ぎてくれればいいけど...
そんな私の願いも空しく、足元に大きな影が差した。
見上げた先にいたのは、緑色の二体の飛竜だった。
◇
周囲に建造物がなく、大勢の人々が集まっていたことが災いしたのだろう。飛竜たちは獲物を求めて旋回を始めた。
「兄...ログエル伯爵殿、早く屋内へ避難を!!」
私は大声で叫ぶと駆けだした。
剣を抜き、逃げ遅れた人々を襲う飛竜へ斬りかかるが、かわされ空へ逃げられる。
集結した騎士団も剣や弓矢で必死に応戦しているが、まだ広場に人がいることもあり、攻め倦あぐねているようだ。
ランベルト王国では飛竜を地面へ墜落させてから止とどめを刺していたことを思い出した私は、帽子を被った冒険者らしき若い男性と話をしているライアンに割り込んで声をかけた。
「ねえ、ライアン! 丈夫な縄を持っていない?」
「...ん? おまえ誰だ......って、この声は...えっ? あの...何をされているのでしょうか? 早く逃げてください」
チラチラと隣を気にしながら、ライアンはなぜか私へ丁寧な言葉遣いで話す。
慣れないことに「気持ち悪!」と思ったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「イヤだ、私も協力する! だって、戦える人手ならいくら居ても困らないでしょう?」
「それは、そうですが...」
困惑気味のライアンへ「だから、早く縄を」と手を出した私に、横からスッと縄が差し出された。
「こちらでよろしいですか? バンデラス殿」
ライアンと話をしていた冒険者の男性だった。
聞き覚えのある声に、帽子を目深に被った彼の顔を「誰だっけ?」と覗き込んだ私は、鍔の奥に輝くペリドットのような瞳を見つけ、「あっ!」と声を上げた。
「あ、ありがとうございます! レンブル騎士団長殿」
まさか、相手が自分と同じ冒険者の恰好をしたノヴァ殿下だったとは思わずかなり動揺したが、すぐに気を持ち直す。
「私が飛竜を地面に落としますので、ラ...マルディーニ副団長殿と騎士団の方は止とどめをお願いします。では、あとはよろしく!」
「...えっ? あっ、おい! セ...」
返事を待たずに、再び駆け出す。
途中、手ごろな棒を拾い縄に括りつけた。
飛竜は上空を旋回していたが、再び高度を下げ恐怖で動けなくなっている子供に狙いを定めた。
後肢の鋭い爪が襲い掛かる...が、その脚を目掛けて棒を投げると、ブーメランの要領で縄が上手く二脚に巻き付いた。
私はすぐに縄を引くが、このまま飛竜を地面に落とせるなどとは思っていない。
大人数で引かない限り、一緒に空を飛んでしまうのがオチだろう。
これは、ただの足止めだ......ほんの一時いっときの。
飛竜の左翼の一部が一瞬にして凍りつく。間髪入れず、私はそこを剣で叩き割った。
片翼をもがれ辺りをのたうち回る飛竜を、騎士団が攻撃している。
こちらは彼らに任せ、私はもう一体に視線を移した。
先ほどの個体よりも体が一回り大きいので、最初のがメスで番つがいだったのだろうか。
残された飛竜が明確な敵意を持って向かってきた。
騎士たちが同じように縄で足止めをしようと試みているが、飛竜も警戒しているので同じ手は二度と通用しないだろう。
私は敵の攻撃をかわしながら、どう攻めるべきかと考える。
上手く足止めできたとしても、これほどの大きさの飛竜の翼を凍結させるには相当な量の魔力が必要となるが、残念ながらスーザン私の魔力量はそれほど多くない。
最初の飛竜の翼を凍らせる時に、念には念を...と全力で魔力を叩きこんでいたため、回復するにはまだ少し時間がかかるのだ。
まさか、こんな場所で魔物と遭遇することになるとは思っていなかったので、回復ポーションは持っていない。
――この作戦しかないけど...
チラリと視線を向けた先にいるのは、兄のピーター。
屋根のある場所に避難はしているが、私が心配で仕方ないのだろう。
ハラハラしながらこちらを見ている様子が、遠くからでも見てとれた。
ピーターの目の前で、自分を囮にする作戦を実行することが非常に躊躇われる。
......その一瞬の隙を狙われた。
「セリ、後ろだ!!」
ライアンの声に反応する前に、体が何かに引きずられる。
飛竜に左肩辺りをがっちり掴まれてしまった私はすぐに剣を右手に持ち替え手当たり次第に脚を突き刺すが、飛竜は痛痒を感じていないのか離す気配は全くない。
女性とはいえ大人の私を持ったままでは飛竜といえども高度はすぐには上がらないようだが、人間の盾のようなものなので、ライアンたちも迂闊に攻撃を仕掛けることもできないようだ。
数秒で徐々に高度が上がってくる。
このままでは、ケガどころか墜落死も免れない高さになるのは時間の問題だった。
自分は巣まで連れていかれて、飛竜の餌食となってしまうのだろうか、それとも、上空から落とされて...私が二度目の死を覚悟したとき、飛竜の動きがおかしくなる。
首を左右に振り、突然暴れだしたのだ。
体を揺さぶられながらもどうにか見上げると、飛竜の頭がすっぽりと水の塊に覆われている姿が目に飛び込んできた。
「.........」
あまりにも衝撃的な光景に言葉が出ない。
ただボーっと見つめていると、ポイッと体が投げ出される。
私は地上に向かって落下していった。
――兄上、申し訳ございません!
ピーターの目の前で死ぬことだけは避けたかったが、自分ではどうにもならない。
目を閉じ衝撃に備えた私は、ザブン!と体が水に沈み込む感覚に慌てて目を開く。
水中を漂う無数の泡の間から、陽光が差し込みキラキラと輝いている。
運よく川か池に落ちたのかと思っていたが、浮かび上がり水面へ顔を出すと、そこは中央広場だった。
「セリーヌ!」
「セリ、無事か!!」
血相を変えたピーターが、水に飛び込んできた。
すぐ後ろから、ライアンも続く。
よく見ると、私の落下地点だけ水に覆われている。
「私は大丈夫ですが...」
「また...おまえと死に別れるのかと...私は...」
私を抱きしめるピーターの動悸が激しい。
普段、事務方としての仕事ばかりでろくに体を動かしていない彼が、必死にここまで走ってきてくれたのだろう。
兄の体の方が心配になった私に、彼がぽつりと呟いた。
「今のご両親も...おまえの行動に......さぞかし気を揉んでおられるのだろうな...」
「.........」
全くもってその通りなので、否定ができない。
ホホホ...と笑ってごまかした私の頭を、ライアンが横からポンと叩いてきた。
「ライアンにも、心配をかけたわね」
「まったくだ。でも...無事でよかった」
三人でジャバジャバと水から這い出ると、ノヴァ殿下が微笑んでいた。
「とにかく、ケガがなくて何よりだった」
「レンブル騎士団長、助けていただきありがとうございました」
ピーターが深々と頭を下げる。
私も慌ててペコリとしたが、頭の中は大興奮状態だ。
――魔法が上手く発動できるようになったんですね!
幼い主が一生懸命に魔法の練習をしている姿を、私は傍でずっと見てきた。
スーザンと違いセリーヌには魔法の才能はなかったため、的確な助言もできず、ただ黙って見守ることしかできないのが口惜しかった。
「私が術を発動させるのに手間取ってしまって、バンデラス殿を危険な目に合わせてしまったな」
「いいえ、水を出していただいたおかげで、ケガをせずに済みました」
「それに、多少ケガ人は出ましたが、幸いなことに死人は一人も出ておりません。団長が居合わせていなければ、もっと被害は大きくなっていたかと...」
襲われた人々は逃げる際に転ぶなどして数名がケガをしたが、全員が軽傷で済んでいるとのこと。
ちなみに、私を攫った飛竜はあの後森に墜落していたことが騎士団によって確認されたが、墜落死なのか溺死なのかは定かではない。
ライアンの言葉に、ノヴァ殿下は首を横に振った。
「今回の結果は、すべてバンデラス殿の功績だ。ぜひ礼を申し上げたいので、今から私の屋敷へ招待したいのだが......いかがでしょうか?」
帽子を取り三人の前に立った彼が、真ん中にいる私をじっと見つめる。
「恐れながら...団長、今日は後処理も残っておりますし、バンデラス殿は着替えも必要です。後日では...」
「私は今日は休みだから後処理は他の騎士団に任せるし、着替えは私の屋敷ですべて準備させる。もちろん...君たちの分も」
「我々も...ですか?」
なぜ、自分たちも?と、ピーターとライアンの二人が不思議そうに顔を見合わせている。
「ああ、君たちには尋ねたいことが山ほどあるんだ。たとえば...ライアンには、まるで昔・か・ら・の・知・り・合・い・の・よ・う・に・親しげな、バンデラス殿との関係とか...」
ノヴァ殿下の言葉にハッとする。
たしかに、いつもの調子で「ライアン!」と呼びかけたところを彼に見られていた。
「ログエル伯爵殿には...『ま・た・、死に別れる...』や、『今・の・ご両親も...』という言葉の意味を...」
表情はにこやかな笑顔だが目は全く笑っていないノヴァ殿下に、顔面蒼白のライアンがブルっと震えた。
「......何より、君たちが彼女のことを、なぜ『セリーヌ』とか『セリ』と呼んでいるのか、その理由を是・非・と・も・私に教えてくれないか?」
凄みを感じる彼の瞳は『はい』以外の返事を許さないと雄弁に語っており、蛇に睨まれた蛙のようになっている男性二人と私は、揃って首肯するしかなかった。
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