王都を散策してみました

国境を越えてから数日後、私たちは無事に王都へと到着した。

これから結婚式までの半年間、キャサリン殿下は離宮で生活をし、結婚後に王宮へ移り住む予定となっている。

「スーザン、あなたは真っすぐ国へ帰るのかしら?」

別れの挨拶を終え馬車を降りようとした私に、キャサリン殿下が声をかけた。

「いいえ。せっかくですから、少しこちらの国を観光してから帰国しようかと思っております。一か月ほど長期休暇もいただきましたし」

もともと私はこの貴重な機会を活かして、前世でかかわりの深かった人たちの現在の様子を見に行くつもりだった。そのため、事前に休暇を申請し許可も貰っている。

両親は、私がひと月もの間たった一人で他国に残ることに難色を示したが、「この機会に、ぜひ見聞を広めたい!」と強引に押し切ってきた。

新しい主や配属先が決まっていない今が、長期休暇を取る絶好の機会なのだ。

これを逃せば、もう二度とグレイシア王国へ来ることは叶わないだろう。

「できましたら、キャサリン殿下の結婚式までは滞在したかったのですが...」

「ふふふ、本当は帰国したくないのでしょう? 帰ったら、アレが待っているものね」

「.........」

黙り込んだ私を眺めながら、キャサリン殿下が楽しそうに微笑んでいる。

やはり聡明な主は、私の浅はかな考えなど全てお見通しだったようだ。

「私も貴族に生まれた以上は、課せられた義務は果たす所存です。でも...」

自分に婚約話が持ち上がっていることは、両親の態度から薄々と感じていた。

おそらく、帰国したら強制的にお見合いをさせられ、結婚させられるのだろう。

周囲の反対を押し切って『騎士』という職に就けたのは、「結婚が決まるまでなら...」と両親が譲歩してくれたからだ。

結婚が決まれば、約束通り騎士を辞めなければならない。

その変えられない未来を、私はなるべく先送りしたいのだ。

ナンシーに「キャサリン殿下を頼む」と伝え、城門前で私は馬車を降りた。

ライアンから「これから、どうされるのか?」と聞かれたので、「一か月ほど滞在し、観光をしてから帰国するつもりだ」と答えたら、「よければ、宿屋を紹介するが?」と返されたので、有り難くその申し出を受けることにした。

ライアンから渡された地図を頼りに向かった先にあったのは、王都の大通りからは一本外れた静かな場所にある落ち着いた佇まいの建物。清潔感があり女性一人でも安心して宿泊ができる、防犯面にも行き届いた宿だった。

 ――あのライアンが、気配りのできる男性になったのね...

わんぱく小僧で、年上の私に対していつも友人感覚の気安い態度だった彼の成長が、自分のことのように嬉しい。

言われた通り宿屋の主人へ「ライアンからの紹介だ」と伝えると、宿代を少し安くしてくれた。

聞けば、客の中には『部屋の備品を壊す』『(必要以上に)汚す』『宿代を踏み倒す』等々、歓迎できない者も少なからずいるそうで、信用のおける人物からの紹介客は、それだけで安心感が違うのだそうだ。

宿泊予定の半分、半月分の宿代を前払いした私は、部屋に入ると夕食も取らずすぐに就寝した。

さすがに、長旅の疲れが溜まっていたようだ。

この日は、あの夢を見ることもなかった。

翌朝、私が目を覚ますと、もうすでに日が高かった。

よく寝たので気分はすっきりしている。

すこぶる体の調子がよいので、さっそく出かける準備を始めようと思う。

今日は街歩きをする予定なのだが、昨日と同じランベルト王国の騎士服のままでは目立ってしまうだろう。

国から持参した冒険者のように見える出で立ちに着替え、腰に剣帯を巻き、長い髪を無造作に一つにまとめると外へ出た。

今は午後の時刻を少し回ったところなので、外出先で適当に昼食を取りながら、まずは街の様子を見て回るつもりだ。

十八年ぶりの王都は、特に何ら変化はないように見える。

仕事終わりに同僚たちとよく行った飲み屋は、まだ同じ場所にあった。ただ、店の主人は中年男性だったので、もしかしたら代替わりしているかもしれない。

ノヴァ殿下とお忍びで街に出た時に買った串焼きの屋台は、移転したのか廃業したのか、以前の場所にはなかった。

久しぶりに食べたかったな...と残念に思いながら、隣接している中央広場に向かう。

ここは、皆の憩いの場。休日になれば様々な屋台が立ち並び、活気あふれる場所となる。

広場の中央に、以前はなかった石碑が建立されていた。

あの日犠牲になった者たちの慰霊碑だという。

私たちが戦った魔物とは別に、国内各所へなだれ込んだ魔物によって、他にも亡くなった方が大勢いるようだ。

そんな大惨事になっていたなんて、私は全然知らなかった。

衝撃で茫然自失となっていた私は、碑銘にある一文にふと目を留めた。

『数多くの魔物を僅か五人で討伐した騎士たちの活躍により、王都での被害は最小限に...』

『五人で討伐した騎士たち』とは、おそらく私たちのことなのだろう

 ――私たちの行動は、大勢の人たちの命を救ったのね...

十八年後に知った新事実に、心が震えた。

魔物の異常発生が起こった日は『厄災の日』として、十年間は追悼式、その後は追悼集会として今でも毎年行われているのだとか。そして今年は、再来週に迫っていた。

自分セリーヌの誕生日が厄災の日になっていることには苦笑してしまったが、この時期にこの国を訪れる機会を得たのは何かの巡り合わせと、運命を感じずにはいられない。

私は、石碑に刻まれた名を上から順に追っていく。

最初に、私たち五人の名があった。

『ジョアン・マルディーニ』......『インザック・ノートン』......『マシュー・ニコルソン』......『ゼスター』......『セリーヌ・ログエル』

この国の英雄として前世の自分の名が刻まれていることが誇らしくもあり、同時に気恥ずかしくも感じてしまう。

時間をかけて全ての犠牲者の名を確認した私は、ふう...と安堵の息を吐いた。

その後、商店を回り必要な買い物をした私だが、一日中、すれ違う人たちからの視線を感じていた。

他国から来た自分がそんなに物珍しいのだろうか?と思いながら宿へ戻り夕食を終えると、明日に備え早々に床につく。

翌日、宿の主人に紹介してもらった店で馬を借りた私は、あの場所へ向かった。

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