様々な真実を知りました

着替えを済ませた私たちは、応接室に通される。

お茶の用意を終えると侍女は部屋を出て行き、中には三人だけが残された。

ライアンとピーターが着ているのは明らかにノヴァ殿下の物だとわかる服で、筋肉質のライアンは少し窮屈そうに、兄は多少余裕があるように見える。

しかし、私が借りたドレスはサイズを測ったかのようにほぼピッタリ。

過度な装飾はなく、動きやすい私好みの服だった。

自分で言うのも何だが、色もわざわざ髪と瞳の色に合わせたかのように、私によく似合っていた。

お屋敷の中はひっそりとしていて、物音一つしない。

もしかしたらノヴァ殿下のご家族に会えるかもしれないと期待していた私は、隣に座る兄へ顔を向けた。

「兄上、ノヴァ殿下のご家族の方と会われたことはありますか?」

「レンブル様は...まだ、ご結婚をされていない」

「えっ?」

驚いてライアンへ視線を向けると、彼も頷いた。

「...団長は成人された日に、『自分は、生涯独身を貫く』と国王陛下へ宣言されたんだ。それからは、見合い話をすべて断っている」

成人前に何人かとお見合いをしたが、誰一人として心を動かされる方はいなかったようだ...と、ライアンは語った。

「宰相様から頼まれて、私は一度レンブル様の説得にあたったことがあるんだ」

「説得...ですか? 何の?」

「『自分には、幸せになる権利など無い』と仰るから、そんなことはセリーヌも望んでいないとお伝えした。残念ながら、聞く耳を持ってもらえなかったが...」

「そんなことが...」

「俺も団長へ言ったんだ。『父は、あなたが幸せになることを何よりも願っている』と。そしたら...」

ライアンが言葉をつまらせる。

「『一人生き残った自分だけが幸せになることが、どうしても許せない...』って...」

「そんな...」

国を守る騎士になるという夢を叶え、騎士団長としての務めを立派に果たしているノヴァ殿下がそんなことを思っていたなんて、夢にも思わなかった。

最後にご家族仲睦まじいお姿を拝見したら、心おきなく国へ帰ろうと思っていたのに。

「団長は、追悼式が追悼集会になってからも、毎年この日は必ず休暇を取って、陰からずっと見守ってこられたんだ」

「だから、今日はあんな恰好をされていたのね...」

皆に愛され慕われていた主のために、今の自分ができることはないだろうか。

私はじっと考えていた。

「...では、理由を聞かせてもらおうか」

冒険者の服から着替えを終えたノヴァ殿下は、腕組みをし険しい表情で三人を交互に見据える。

私たちは顔を見合わせて無言のやり取りをしていたが、意を決し私が口を開いた。

「ノヴァ殿下、大変ご無沙汰をしております。私は、セリーヌ・ログエルです」

「.........」

「あの日...殿下とお別れしたあと、すぐに生まれ変わりまして、今はランベルト王国のスーザン・バンデラスとして生きております」

「...その話を、私に信じろと?」

「もちろん、すぐに信じていただけるとは思っておりません」

そう言うと、私は一度口を閉じた。

「ログエル伯爵殿とライアンは信じているようだが、その根拠は何だ?」

「恐れながら申し上げます...」

ピーターとライアンが、それぞれ説明を始めた。

セリーヌしか知り得ないことをスーザンは知っている、だから、生まれ変わりで間違いない...との話を、ノヴァ殿下は黙って聞いていた。

「君たちの言い分はわかった。それなりに根拠があることも理解した。では、私から一つ質問をさせてもらうが、いいだろうか?」

「はい」

私へ真っすぐに向き直ったノヴァ殿下は、ゆっくりと深呼吸をした。

「私と交わした、最後の約束を答えてほしい」

「ノヴァ殿下との、最後の約束......」

彼とは、いろんな約束をした。

果たせた約束も、果たせなかった約束もたくさんある。

「一緒にお忍びで街へ出て買い物をする約束は果たせました。あの時に買って皆で食べたクッキーや串焼きは、本当に美味しかったですね。果たせなかった約束は......私の瞳の色に似ているというブルーマロウの花畑を見に行くという話でしょうか? ノヴァ様が成人されたら一緒に飲みに行く約束......それとも、実地訓練のあとに、皆でささやかなお祝いをするという話ですか? そういえば、私はその『お祝い』が何か、聞かされておりませんでした」

私が思いつくままに答える度に、ノヴァ殿下の目は徐々に大きく見開かれていくが、彼は「違う」と首を振った。

「その約束は、あの日に交わしたものだ。言い方を変えれば、セリの願いを叶える...とも言えるな」

「私の願い...ですか」

う~んと唸りながらあの日の記憶を手繰っている私を、ピーターとライアンは固唾を飲んで見守っている。

 ――そういえば、私がノヴァ殿下に何か言ったような...

約束を果たす前に死ぬなと言われて、殿下が私を嫁にもらってくれるという冗談話を思い出して、それから..................................................................

............!?

「あの...一応思い出したのですが...えっと...ここで言うのでしょうか?」

「ああ、思い出したのなら答えてくれ。それが、本人であるとの証明にもなる」

たしかに、この話は二人だけしか知らないものだ。

しかし、ノヴァ殿下へはまだしも、ピーターとライアンに知られるのは非常に恥ずかしい。

「...もし...私が生まれ変わって...もう一度ノヴァ殿下にお目にかかれたら...その......」

「その...何だ? はっきりと言ってくれ」

「よ、嫁にもらってほしいと...申し上げました!」

恥ずかしさをごまかすように、最後は開き直って大きな声で言い切った。

その内容に驚いたピーターは噎せて咳き込み、可笑しさに耐えきれなかったライアンは吹き出したが、ノヴァ殿下は目を閉じたまま微動だにしない。

しばらくの間、部屋にはピーターの咳とライアンの笑い声だけが響いていた。

「...団長、納得してくれましたか?」

目を潤ませたライアンが、ノヴァ殿下へ笑顔を向ける。

「ああ...彼女がセリなのは間違いない。それだけは断言できる」

目を開けたノヴァ殿下は、黄緑色の瞳で私を見つめる。

彼がたまに見せていた何か言いたげなその表情を、私は十八年ぶりに拝見した。

私セリーヌのかなり恥ずかしい話をピーターとライアンに知られてしまったが、その甲斐あって、ノヴァ殿下には信じてもらえた。

だから、結果的には良かったのだと思う......まだ、ライアンはニヤニヤしながらこちらを見ているけど。

「やはりセリには、そのドレスがよく似合う。皆の見立てに間違いはなかったようだな...」

ノヴァ殿下が漏らした言葉に、いち早くライアンが反応した。

「じゃあ、団長は最初からわかってて...このドレスを?」

「いや、半信半疑だった。でも、容姿だけでなく、ここまで仕草が似ている者はこれまでいなかったからな、本当にセリの生まれ変わりだったら...と思っていたところに、君らのあの発言だ。確信するしかないだろう?」

団長も人が悪い!と愚痴るライアンを横目に、ノヴァ殿下が私へ優しい笑みを向ける。

「そのドレスは、セリへの贈り物として皆が用意していた物だ。あの日あんなことがなければ、十七歳を一緒に祝っていたのだが...」

「お祝い...私の...」

あの日の出来事が、鮮明に思い出された。

◆ ◆ ◆

「セリ、実地訓練が終わったら、皆でささやかなお祝いをするぞ!」

何の前置きもなく、突然ジョアンが言い出した。

「お祝いということは...美味しいものが食べられるのですか?」

お祝いと聞いてすぐに食事を連想したセリーヌを、執務用の椅子に座っているノアルヴァーナが目を細めて眺めている。

「ははは...セリはいつでも、色気より食い気だな」

「まあ、セリーヌらしいがな...」

苦笑いを浮かべたインザックとそれに同意したマシューを軽く睨むと、セリーヌはノアルヴァーナとゼスターへ顔を向けた。

「...ところで、今日は何のお祝いなのでしょう? ノヴァ殿下はご存知ですか?」

「えっと...私も、何も聞いていないな。なあ、ゼスター?」

急に話を振られたゼスターが、コクコクと頷いている。

「そ、そうですね...。私は、新作のお菓子を買ってくるように言われただけで...」

「「「「あっ! ゼスター...」」」」

「えっ...新作のお菓子!?」

新作とはどんなお菓子ですか?とゼスターへ詰め寄るセリーヌと、しまった!と口を押さえたゼスター。

そんな二人を、インザックとマシューは呆れ顔で眺めていた。

そんな中...ノアルヴァーナは執務机の引き出しを開けた。奥に隠すように置いてある長方形型の箱が見える。

中身を確認すると、彼はすぐに引き出しを閉めた。

微笑を浮かべているノアルヴァーナを、ジョアンが優しいまなざしで見つめていた。

「今の流行には合わないかもしれないが、ぜひ受け取ってほしい。きっと......彼らも喜ぶ」

「あ、ありがとう...ございま......」

最後は、言葉にならなかった。

思い浮かぶのは、彼らの笑顔だけ。

皆の優しい気持ちと、さり気ない気遣いがとても嬉しい。

でも...

 ――ジョアン殿......インザック殿......マシュー殿......ゼスター殿......

彼らへ直接お礼を伝えられないことが、本当に残念でならない。

このドレス姿を見たら、何と言ってくれたのだろうか。

涙が止めどなく溢れてくる。

大事なドレスを汚してしまいそうで慌てて手で拭うが、それでも涙は止まらない。

人目を憚はばからず、しゃくり上げて泣く私に、ノヴァ殿下はハンカチを貸してくださった。

兄は、よしよしと頭を撫でてくれる

それに対しライアンは...

「そのドレス、大事にしろよ。それのせいで、うちは離婚の危機に陥ったんだからな!」

彼いわく、ジョアン殿が代表して店とやり取りをしていたそうだが、それを奥様に見つかり「浮気をしている!」と騒動になったとのこと。

しかし、ノヴァ殿下と皆の説明で誤解はすぐにとけたそうだ。

しんみりとしてしまった雰囲気を和ませようとしたライアンなりの気遣いだとは思うのだが......彼は本当に、私の涙を引っ込めさせるのが上手だと思う。

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Tags: #異世界