他国で生まれ変わり、前世の国を訪問する機会を得ました


私は王城内にある自室で目を開けた。

今日は、久しぶりにあの日の夢を見ていたようだ。

ここ数年はほとんど見ることはなかったのに、やはり気持ちが高ぶっているのかもしれない。

あれから十八年、もうすぐ死んだ歳と同じ十七歳になる。

死んでからすぐに転生したらしい私は、前世のグレイシア王国とは別の国、ランベルト王国の子爵家の三女『スーザン・バンデラス』として生まれ変わっていた。

私が前世の記憶を取り戻したのは、七歳のとき。

他国で数年前に起きた魔物の異常発生の話を本で読んだあと、自分でもびっくりするほどの膨大な量の情報が、頭の中に流れ込んできたのだ。

前世では『セリーヌ・ログエル』という名の伯爵家令嬢だったこと。

両親を早くに亡くし、家族は歳の離れた兄だけだったこと。

グレイシアという国で、第三王子殿下の護衛騎士をしていたこと。

件くだんの出来事により、十七歳で命を落としたこと...

記憶を取り戻してからの私は、人が変わったように活発になった。

内気でおとなしかった性格が一変、「大きくなったら、お嫁さんになる」と言っていた夢を即撤回し、女騎士を目指すと宣言したのだ。

それからの行動は早かった。

周囲の反対を押し切り騎士学校へ入学すると、前世の経験値もあり騎士としてすぐに頭角を現した。

しかも、現世では魔法の才能も開花、前世での師匠の教え「勝利のために、使えるものは何でも使え!」の言葉通り、剣と魔法を両用できる女騎士になったのだ。

もちろん、前世での苦い経験も踏まえ、両手ともに剣を振れるよう鍛えたのは言うまでもない。

身支度を整え手早く朝食を済ませると、すぐに主のもとへ向かう。

扉の前に立つ同僚たちと挨拶を交わし、部屋へと入った。

「おはようございます。今日は、キャサリン殿下のハレの日に相応しい晴天でございますね!」

「おはよう、スーザン。あなたは今日も元気いっぱいね」

侍女のナンシーに髪を整えられているのは、現世で私がお仕えする可愛らしい主。ランベルト王国の第一王女であるキャサリン・ランベルト殿下だ。

十五歳の成人を過ぎた彼女は、今日、姿絵でしか見たことのない婚約者のもとへ向かう。お相手は、グレイシア王国の第一王子殿下...私がセリーヌとして生きた国へ輿入れされるのだ。

その道中を護衛する騎士として、私も選ばれた。

護衛騎士として申し分ない実力を持っていることも私が選ばれた理由の一つなのだが、前世の記憶を持つ私は、グレイシア王国の言葉を難なく操れる優秀な人材として選出されたのだ。

キャサリン殿下の婚約が決まり、必死になって語学の勉強をしている侍女のナンシーに申し訳なく思いつつも、「使えるものは何でも使え!」の精神で、前世・現世で身につけた技能を惜しむことなく発揮していた。

グレイシア王国へ行くには、途中他国を経由しなければならず、到着までに半月ほどかかる長旅となった。

私はずっと望んでいた。

自分セリーヌの死後、現在のグレイシア王国がどうなっているのか、伝聞ではなく自身の目で確かめたかったのだ。

唯一の肉親であった兄ピーターは健在だろうか。

共に死んだ同僚の遺族たちは、その後どうしているのか。

そして、主だったノヴァ殿下ことノアルヴァーナ・グレイシア殿下は今...

キャサリン殿下の向かい側で馬車に揺られながら、私の胸は期待と不安でいっぱいだった。

ランベルト王国一行が国境を越えグレイシア王国へ入ると、馬に騎乗した数名の騎士たちが待っていた。

「遠路はるばる、グレイシア王国へようこそ。私は王立騎士団、第三騎士団副団長のライアン・マルディーニと申します」

代表で挨拶をしたのは、精悍な顔つきをした騎士だ。

私セリーヌの記憶の中にある、焦げ茶色の髪に琥珀色の瞳。

名も同じ......間違いない。

 ――ライアン!! 大きくなったね...

思いがけず、前世の知り合いに出会ってしまった。

ライアンの父親はセリーヌと同じくノヴァ殿下の護衛騎士で、共に殉職したリーダー格の人物。

当時十一歳だった彼は、父と同じ騎士を目指すべくノヴァ殿下と同じ騎士学校に通っており、私はよく彼らの剣の相手を務めていた。

私にとってライアンは、教え子のような弟のような存在だ。

「出迎え、ありがとうございます。私はキャサリン殿下の護衛騎士を務めます、スーザン・バンデラスと申します。以後、お見知りおきを」

グレイシア語が堪能な私が馬車を降りてライアンへ挨拶をすると、彼は驚いたような表情を見せた。

「セリ...」

「えっ?」

「あっ、申し訳ない。昔の知り合いに似ておりましたので、つい...」

ライアンは、気まずそうに目を伏せた。

スーザンに生まれ変わった私だが、なぜか髪と瞳の色は前世のセリーヌと同じ鮮やかな青色に赤紫色だ。

よく見れば顔立ちは全然違うのだが、自分自身も鏡を見て、どことなく雰囲気が似ているな...と思うことがある。

 ――まさか、ライアンがまだ私セリーヌを覚えていてくれたなんて...

十八年も前のこと、しかも当時子供だった彼と接したのは、ノヴァ殿下が入学してからの一年くらいだ。

それでも、自分を覚えていてくれたことに嬉しさがこみあげる。

「では、王都までご案内いたします」

「よろしくお願いします」

ニヤニヤとだらしなく緩みそうになる顔を、気合を入れて引き締めた。

王都までの道順はもちろん私にも分かる。しかし、そんなことは口にできないので、おとなしくライアンの指示に従う。

ここで、私とキャサリン殿下・侍女のナンシー以外の者は、再び来た道を戻り帰国の途につく。

私は王都までは同行することが許されているが、それは王城の手前まで。

城内に入れる従者は侍女のナンシーだけで、騎士である私は立ち入ることができないのだ。

ここまで同行していた同僚や従者たちに別れの挨拶をし、私たちを乗せた馬車はグレイシア王国の騎士たちに守られて王都へと向かった。

途中で何泊かしながら、徐々に王都へと近づいていく。

見慣れた景色がどんどん増えてくると同時に、私の緊張感も高まる。

ついに一行は、王都近郊の静かな森に差し掛かった。

馬車に乗っている私は身を乗り出し、窓の外の景色を食い入るように見つめる。

木漏れ日が差し込み今は穏やかな時間が流れているが、十八年前、木々を抜けた先で仲間と共に戦い命を落とした場所だ。

 ――もう一度来よう...

そっと目を閉じ仲間たちへ黙とうを捧げると、私はこれからのことに思いをはせた。

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