エピローグ
ノヴァ様との婚約が決まり、国王陛下へ謁見することになった。
王太子殿下のときには何度かお目にかかったことはあるが、国王陛下となられてからは初めてのことなので、私はガチガチに緊張していた。
形式通りの挨拶を終えたあと、国王陛下は宰相様だけを残して人払いをされる。
それから、私にこう仰った。
「ま・た・、愚弟をよろしく頼む」
――もしかして、国王陛下も宰相様も、私のことをご存知なのだろうか...
宰相様にも、「よくぞ戻・っ・て・き・て・く・れ・た・!」と言われたし、ついでに言うなら、再び会った師匠は「今・度・は・魔物に後れを取らないよう、儂が鍛え直してやるぞ!」と張り切っていた。
ノヴァ様は何も仰らないが、そうでなければ他国の騎士であり身分もつり合わない私との結婚は、簡単には許可が下りなかっただろう。
私の隣で嬉しそうに微笑んでいる彼を眺めながら、ふとそう思った。
謁見を終えた私とノヴァ様は、キャサリン殿下のいらっしゃる離宮へ向かった。
王城の門の前でお別れをしてから二か月、またお会いできることが嬉しい。
「あれだけ婚約を嫌がっていたスーザンが、レンブル公爵に見初められ結婚なんて、ふふふ...運命の出会いだったのね」
騎士団へ親善試合に訪れた私を、ノヴァ様が見初められた...ということになっているのだ。
楽しげに笑っているキャサリン殿下へ、ノヴァ様が「私の一目惚れだったのです」と惚気ている。
キャサリン殿下からの「スーザンのどこに惹かれたのか?」との質問に、大真面目な顔で答えるノヴァ様。
傍に控えているナンシーも、興味津々の様子。
隣に座る私は恥ずかしさで居たたまれず、部屋を飛び出したい気分にずっと駆られていたのだった。
◇
「スーザン殿、おはようございます!」
「おはようございます、カルボン義兄にいさま。あの...何度も申し上げておりますが、私のことは『スーザン』と呼んでください...義妹いもうとですので」
正式にピーターの養女となった私は、ログエル家に住んでいる。
兄がそのままにしておいてくれた元自分の部屋で、久しぶりの実家生活を満喫していた。
一応本人なのだが、対外的にはセリーヌの部屋を借りていることになるので、部屋の中の物はあまり触らないようにしている。
ピーターにこっそりとイヤリングのことを聞いたら、「この家にはない」と言われた。
やはり一緒に埋葬してくれたのだと思っていたら、ノヴァ様にどうしてもと乞われて形見分けをしたとのこと。「代わりに、このペンダントを...」と言われたが、さすがにそれは受け取れませんと辞退したそうだ。
私がノヴァ様から頂いたとペンダントを見せたときにピーターが目に涙を浮かべていたのは、そんな理由があったのだと納得してしまった。
モリーの計らいで私の部屋付の侍女になったモネとは、以前のような友人関係には戻れないが、これから新たな関係を築いていきたいと思っている。
「いえいえ、たしかにあなたとは兄妹の関係ですが、レンブル団長の婚約者を呼び捨てになど...」
ピーターの次男でセリーヌの甥にあたるカルボンは、長年の夢だった騎士となり、騎士学校の教官を務めている。
真面目で勉強熱心で生徒の指導に一生懸命に取り組んでいる彼は、私の自慢の兄であり甥であり、そして......同僚だ。
そう、私は自分セリーヌの母校である騎士学校の教官となったのだ。
本当は可愛い甥っ子ともっと仲良くなりたいのだが、ピーターの養女となった私を妹ではなくノヴァ様の婚約者として扱ってくれるので、決して態度を崩してくれない。
元叔母としては悲しい限りだが、仕方ないと半分諦めている。
それに引きかえ、いま武道場に入ってきた彼は...
「お~い、スーザン! 今日こそはおまえに勝つからな、首を洗って待っていろよ!!」
どこかで聞き覚えのある言葉を吐き、指導官の私に対してこの言葉遣い。
父親と同じ琥珀色の瞳を挑戦的に向けてくる彼は、ジョシュア・マルディーニ......ライアンの息子だ。
私が騎士学校へ配属された初日、ジョシュアから言われた言葉は未だに覚えている。
皆に着任の挨拶を終えた私に、彼はこう言い放った。
「...おまえか、父上の浮気相手だと言われていた女は」
「はい? 浮気...相手?」
「ああ...父上が他国の若い女とやけに親しくしていると母上が怒ってな、一時期離婚の危機になっていたくらいなんだぞ!」
「噓...」
――まさか、親子二代にわたってそんな迷惑をかけていたなんて...
お互い前世のころの延長で気安い付き合いをしていたが、傍からみれば親しい男女のやり取りに見えてしまったのだろう。
私が正式にノヴァ様の婚約者と周知されたことで、奥様の誤解はすぐに解けたようで何より。
今後はあらぬ疑いをかけられないよう、言動には十分注意しようと心に誓った私だった。
「ジョシュア、スーザン先生に対してそのような態度はいただけないな...ジョアン殿が、草葉の陰で泣いておられるぞ」
「そうだぞ。我々は偉大なる英雄たちの血縁者なのだから、他の者の模範となるように...」
ジョシュアに説教を始めた二人組は、ゲラニール・ノートンとラビロク・ニコルソン。
インザックとマシューの甥たちだ。
十八年前にはまだ生まれていなかった彼らだが、父や母から伯父たちの話を聞き、騎士学校への入学を決意したのだとか。
そして、そんな仲間がもう一人...
「スーザン先生、見てください! 私、こんなに体が柔らかくなりました!!」
嬉しそうに柔軟体操を披露してくれたのは、マーガレット。ゼスターの姪だ。
ただし...彼女はセリーヌわたしに憧れて騎士を目指したのだそう。
叔父様が「俺じゃないのか...」と嘆き悲しんでいるだろうか。
――まあ、女の子だし仕方ないよね...
可愛い生徒たちに囲まれて、私の教官生活は充実していた。
これは、前世の同僚たちから託された私の使命だと思っている。
誰一人として死なせたくないので、これからもビシビシ指導していくつもりだ。
これで、少しでも彼らに恩返しができれば嬉しい。
「スーザン先生、明日からしばらくお休みするんですか?」
マーガレットが、大きな目をクリッとさせて問いかけてきた。
「ええ、一度帰国して、父と母に婚約の報告を...」
「レンブル団長も一緒なのか?」
マーガレットの横から、ジョシュアが顔を出す。
「ノアルヴァーナ様が、両親へきちんと挨拶をしたいと仰ってくださったの」
「それは、良かったですね」
「ご両親も、さぞかしお喜びになるでしょう」
ゲラニールとラビロクが、自分のことのように喜んでくれた。
国を出てから四か月。
いろいろバタバタしていて、私は一度も帰国していなかった。
まあ、ノヴァ様が私一人で帰国することを許可してくれなかったという理由もあるのだけれど。
婚約や養女の話はすでにノヴァ様から両親へ伝わっているが、さすがにこのままでは申し訳ないとの話になり、休職扱いになっている私の手続きも含めて、一緒にランベルト王国へ行くことになった。
ノヴァ様は騎士団長なのに長期休暇なんて取れるのだろうか...なんて思っていたら、知らないうちに話の規模が大きくなっていて、気づいたら、ノヴァ様が親善大使としてランベルト王国を訪問することになっていた。
なぜ、そんなことに?と思ったが、もしかしたら、ノヴァ様がきちんと私の両親へ挨拶できるよう国王陛下が取り計らってくださったのかもしれない......私の勝手な推測だけど。
ピーターも随行員に選ばれたので、一緒に挨拶をするらしい。
王弟で公爵のノヴァ様と、伯爵のピーターから挨拶を受ける両親の心境を考えると、こんなことになって本当にごめんなさい!としか言いようがない。
「私がいない間は、カルボン先生やメントン先生にもご指導をお願いしてあるから。ちゃんと、先生方の言うことを聞くのよ?」
「「「はーい!」」」
「へーい」
◇
「スーザン、道中気を付けてね!」
「キャサリン殿下、行ってまいります」
皆へ挨拶を済ませると、私とノヴァ様は馬車に乗り込んだ。
これから半月ほどかかる道中で、私はノヴァ様へランベルト王国の話をしようと張り切っていたのだが...
「あの...ノヴァ様、私はずっとこのままの状態で行くのでしょうか?」
「ああ、そうだ。何か問題があるのか?」
「大有りですよ! 私が落ち着かないので、早く下ろしてください!!」
「ダメだ。こうしていないと、私が落ち着かない」
「そんな...」
馬車に乗り込んだ私は、なぜかノヴァ様の膝の上に座らされた。
しかも、顔が見えないからと横抱きにされている。
抵抗を試みる私に、ノヴァ様が大仰に悲しい顔をされた。
「スーは私に幸せになれと言ったのに、私からその幸せを奪おうとするのか...」
「.........」
また、ノヴァ様の常套句じょうとうくが炸裂した。
これを言われてしまうと、私は何も言えなくなる。
「ノヴァ様は十八年前より大人のはずなのに、今のほうが子供っぽいです...」
せめてもの仕返しにとジト目で軽く睨むと、ノヴァ様はキラキラとした笑顔を私に向けた。
「昔は子供に見られないように、精一杯背伸びをしていたんだ。本当は、いつでもこのように甘えたかった...」
私をギュッと抱きしめたノヴァ様の袖口から、私セリーヌのイヤリングを加工したカフリンクスが輝いているのが見えた。
今は隠れているが、胸元には私スーザンが贈ったペンダントもある。
もちろん、私も頂いたペンダントは肌身離さず身に着けている。
ノヴァ様のサラッとした綺麗な金髪が顔にかかって、非常にくすぐったい。
観念した私が抵抗を止めて笑い出すと、ノヴァ様も一緒に笑っている。
「では、スーから見たランベルト王国の話を聞かせてくれるか?」
「はい、かしこまりました。私が生まれたランベルト王国は...」
私が話すたびに、ノヴァ様が笑顔で頷いてくれる。
穏やかな二人だけの時間が、ゆっくりと流れていた。
--------------------
これで完結です。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
Bạn đang đọc truyện trên: AzTruyen.Top