第5話
「姫様、あり得ませんわ!」
テティが大きな声で叫ぶ。
「今度はなぁに、テティ。私正直に言ってこの国にはライラの意趣返しをしてやろうと思ってきたのに、私が策を巡らすまでもなく、自殺願望でもあるのかとばかり、彼方から馬脚を現してばかりで、疲れているのよ。
今度は何があったの?」
「今日は姫様の歓迎パーティーなのにも拘らず、あの男、ドレスの1着も贈ってきやしません。婚約者の義務です!」
「えぇ、わかってたわ。きっとそうだろうと思っていたもの。大丈夫よこんな事もあろうかと、あちらで作ったドレスを転送機で送ってもらっているわ。」
わかってましたけど、この国って本当にあり得ませんね、とテティはぷりぷりと怒りながら、私の部屋の転送機に行き、ドレスを取ってくる。
「まぁ、姫様とても素敵!きっとお似合いになります。まぁ、あんな男が贈ってくるドレスよりもきっと姫様がご自分で見立てた方がお似合いになるでしょうけど、でもなんだか悔しいですね。」
そしてもちろん、アレンからはエスコートについて何の打診もなく、そろそろ会場に行かないと間に合わなくなる時間になってもやってこなかった。
「姫様......。」
「大丈夫よ、テティ。きちんと手は打ってあるの。」
私の言葉と同時にドアがノックされる。そこには、私の大切な従兄で、ライラの兄のトリスタンが立っていた。
「やぁ、レティ、久しぶり。君が来てくれて嬉しいよ。なにせこの国は腐りきっててね。汚臭ばかりで生きていくのが辛いところだった。」
「久しぶりね、スタン。私も会いたかったわ、何より貴方がいてくれてよかった。あの男の手を取らずに済んだもの。
けれどこれを黙認している国王もこの国ももうダメね。」
「もちろん、僕にできることは何でもするよ、レティ。」
「あらまぁ。いつも優しいことを言ってくれるのね、スタンは。でも今日は簡単なことよ。周り中敵だらけの私の隣に立っていて。それだけでいいの。」
そう言って私は彼にエスコートを任せ、王宮へ向かった。もちろん、今日の私の化粧法はライラ仕様である。スタンには辛いことかもしれないが、彼は問題ないと言ってくれた。
もう少し長くかかるかと思ったが、元から腐った果実、落ちるのは早かった。私が手を下すまでもなく落ちた可能性がとても高いけれど、ライラへの復讐を済まさずに終わらせるなど許せるはずがない。
「レティシア・クレメンデル様、トリスタン・エルムント様。」
名前を呼ばれて会場に入る。ギリギリの時間まで待っていたせいか、私が最後の入場者だった。先に入っていたアレンは隣にリラ嬢を置いていた。国王夫妻はまだ入場していない。
「レティシア姫、遅いお越しですね。主賓が遅れてお越しなどマナー違反ではありませんか?」
アレンが嫌味たらしく笑いながら告げる。
「えぇ、そうですわね。婚約者がドレスも贈らず、エスコートも申し込まなかったものですから。本当に常識のない方には困ってしまいますわね、お互い。」
「いえいえ、貴女がよく『ライラがそうだった様に』と仰るので、同じ待遇をしたまでです。同じが宜しかったのでしょう?」
「まぁ。ではライラにもエスコートせず、ドレスを1着も贈ったことがなかったのですか?」
「えぇ、ライラは公爵家の娘です。それなら私が贈らずともたくさんドレスも宝石も持っているでしょう、隣国の王女である貴女も。
それに、僕などのエスコートではお手が汚れてしまうかもしれませんからね。」
「つまり、あなたは婚約者にはドレスも贈らず、エスコートもしない。にも拘わらず、公娼にはドレスをプレゼントし、宝石を与え、エスコートするのですね。」
「えぇ、そうです。彼女は公娼ですが、真実の愛の相手ですからね。」
彼がそう言った瞬間に、国王夫妻が入場する旨が叫ばれ、ラッパが鳴った後に国王と王妃が入場してくる。公娼の件で喧嘩しているはずの二人だが、今はにこやかに取り繕っているのがおかしい。
そして、私たちを見るなりため息をついた。
「アレン、今日はお前とレティシア姫のお披露目である。にも拘わらず、なぜお前はドルセン男爵令嬢をエスコートしておる、場を弁えよ。」
「父上、私は確かに国のためにレティシア姫と結婚することに同意しましたが、心まで売り渡す気はありません。私が真実愛する女性はリラ一人なのです。」
アレンのその発言に周り中がざわめく。子女の中には「真実の愛!なんて素敵!」などと言っている声も聞こえた。
ほほほほほ、とつい私は笑ってしまった。
「あぁ、おかしい。真実の愛ですか、それを貫くのが素敵と貴族の女性まで言うのですね。
もう何度口にしたかはわかりませんがこの国は政略結婚を軽視しすぎです。王族が国土を、貴族が自分の領土を富ませるためにする結婚の何が悪いのです?
まぁ何が真実で何が虚偽かはわかりかねますけど、アレンは真実の愛を貫くために、そのお相手を公娼になさいましたが、それでも真実の愛なのですか?」
私の問いに周りは静まる。
「政略結婚では埋まらない寂しさをよそで見つける?なんて愚かなことを。どこの国のでもよろしいですわ、歴史書を紐解いてご覧くださいませ。爵位の上下を問わず、後継問題はいつの世でも醜聞と憎しみと悲劇しか齎しませんわ。
これ以上は私・が・気・に・す・る・必・要・が・あ・り・ま・す・わ・ね・。
ねぇ、皆さま。私嫁いできてからずっと『アレンの政略結婚の相手』と言われて侮られてきましたわ。そして周りもアレンも『真実の愛の相手は特別、王太子と同じと思って接しろ』と何度も私に言ってきましたの。
婚約者がいながら、他の女に目移りし、それを『真実の愛』と言う一見、美しげに見せかけた言葉を使い、浮気をしたのです。でもよく考えてご覧なさい。一度浮気した男はまた浮気しますわよ?」
私が言うと会場にいる70%くらいの女性がじろりと男性を睨んだ。男性は居心地悪そうに明後日の方向を向く。
「そうですわね、ねぇ、そこの貴女、ミルドレッド伯爵家のエリザベス様、貴女はリグレット伯爵家のディアンナ様と仲がお悪いですよね?」
私にいきなり指名され驚きながらもエリザベス様は頷く。
「そうですわね、それではそのディアンナ様が明日アレンの真実の愛のお相手になったらどうなりますか?
そう、ライラのことでもわかる様に『未来の王太子妃を虐めた』として不敬罪で処刑されるかもしれませんわねぇ。ディアンナ様も同じ。もしエリザベス様が真実の愛のお相手になったら......、ねぇ?」
青くなるエリザベス嬢やディアンナ嬢とその周りを尻目に今度は違う女性を指名する。
「ねぇ、貴女、王宮で働いている侍女のお一人のイベット・チアリー様でしたかしら?
貴女はお茶をお出しするときに、王妃様と男爵令嬢、同じお茶の葉を使うかしら?もちろん同席している時は同じでしょうけど、それぞれ個別にお茶を淹れるときに同じものを使うかしら?」
「いいえ、違う茶葉を使います。王妃様や王族の方と同じお茶を出す様な不敬な真似は...。」
そこまで言って彼女は気づいた様で、青くなった後、言葉を紡げなくなった。
「そう、よくお分かりになりましたわね。男爵令嬢に相応しいお茶を入れていたら、急にその男爵令嬢が『真実の愛のお相手』になるかもしれません。でしたら、貴女も『未来の王太子妃に対する不敬罪』で死刑かもしれませんわね?
お分かりになりました?『真・実・の・愛・に・目・覚・め・る・』って恐ろしいものですわね。それでも皆さま、憧れになりますの?そもそも爵位とは何のためにあるとお思いかしら?
『王太子の婚約者』は準王族として敬わねばならない相手かもしれません。けれど、王太子の婚約者になる前までの行動をカウントして不敬罪を適用し続けていけば、政敵も邪魔者も潰したい放題です。最後はこの国には誰も残らないのではなくて?」
「貴様、僕がリラ以外を愛すると言うのか?」
「さぁ、存じ上げませんわ。ただ、アレンの『真実の愛の相手』は『未来の王太子妃』にはなれませんでしたわね。
私のライラは冤罪ではありましたけど『不敬罪』で処刑されました。あの子はもう帰ってきませんけど、皆さまの大切な誰かは帰ってこられる方がいるのではなくて?」
私がそう言うなり、国王の近くに立っていた騎士が、自らの騎士章を捨てて私の足元に額ずいた。
「発言の許可をくださいますか。」
「許します。」
「私の婚約者はライラ様の友人でした。ライラ様の無実をずっと訴え続けた結果、殿下に『悪女に加担する愚か者』だと判断されて王都を追放処分となりました。どうか彼女のことを...。」
「そうですか、ライラの友人ですか。私の手がまだそこまで回っておらず、申し訳ないことをしましたわね。もちろんです、ライラの名誉は回復されています。あの子の味方になってくれた方がいらしたのね。是非お会いしたいわ。」
その彼を皮切りに我も我もと私の周りに何人もの人が詰めかけた。
「陛下、これはどう言うことですか?ライラの名誉は回復したと仰せになったのは嘘ですか。」
「いや、嘘ではない。本当に回復したのだ。墓に入れることも、弔うことも許している。」
「それだけで、それ以外の処置はなさらなかったんですね?
私はずっと違和感を覚えておりました。陛下は私がこの国に来たときから、私の言いなりでしたわね?
申し訳ないと思ってるからかと思いましたが、自国の騎士団長や自国の民をほとんど庇うことなく、私の処刑の命令に従いましたわね?
いくら、私が宗主国の姫でも少しいき過ぎなくらい私の意見を尊重しようとしていましたわ。反面、いつも私を騙そうとしていましたわね。アレンに公娼についての誤魔化し方を教えたのもあなたでしょう?
アレンが本日私をエスコートしない様に裏でこっそり誘導したのもあなたですね?それどころかリラ嬢に関してもあなたがアレンに引き合わせ、ライラが処刑される様にわざと外遊に出られましたね?」
国王の顔色がどんどん悪くなる。そう、この国に来るまではただの馬鹿な王太子の馬鹿な騒動としか思ってなかった。
けれどリラは見れば見るほどただの馬鹿にしか見えない。そんなリラが王太子やナーダ、ディラックを手玉に取れるはずがない。誰かが裏にいる。それは誰か、と言われたら王太子よりも偉い人間など国王か王妃だけである。他の貴族の線も考えたが、どうも皆今ひとつしっくりこなかった。
それに周りの口・の・軽・い・馬・鹿・が国王も知っていると言っていたから、疑う余地などどこにもない。
「調べましたわよ、陛下。貴方は次代にはアレンではなくて、公娼が生んだ息子を王位につけたいのでしょう?
だから馬鹿な男爵令嬢を誑かしてあちこちに媚を売らせましたわね。その上で、アレンを断罪できる婚約者として、私をこの国に呼んで、彼を断罪させた後、クレメンデルに帰すつもりでしたわね?
そしてそのあとはリチャード様でしたかしら、その方に王位を継がせるおつもりだったんでしょう?
唯一残念だったのは王位継承権を持つトリスタンをリラが籠絡できなかったこと。だから、ライラを殺すことによってエルムント公爵家の気持ちをこの国から離して我が国にでも移住させる気でしたでしょう?」
「何を言いたいか、わからぬ。王妃よ、レティシア姫の言うことは...。」
「えぇ、わかっております、彼女の言う通りでしょう。彼女が私にあなたの公娼を調べる様に言いましたからきちんと最初の一人から最後の一人まで調べました。どなたも皆、子供ができなくなる処置なんてされていませんでしたわ。
そしてリチャード・フントという名の子供が最近侯爵家に引き取られたことも知っております!
えぇ、えぇ、もう愛想がつきました。アレンに関しても、どう導こうとしてもあなたが邪魔するばかり!これ以上は私には無理です。あなたとは離縁します。王族から籍を抜いてくださいませ!」
王妃は、白い顔かんばせを真っ赤にしながら陛下に言うと、頭のティアラを床に投げつけた。
「貴様、よくもよくも。」
そう言って睨みつける陛下はいつもの気が弱く、ぺこぺこしている陛下ではなかった。
「もう少し愚鈍でただただ目の前のアレンを断罪するだけで国に帰ればよかったものを、変に賢しらぶった女め!
どうせ帰ったらこの国のことを父親に話すだろう!ならば、もうわしもこの国も終わりだ!それならばせめてレティシア姫、わしの破滅を呼んだ其方だけでも殺してくれる。
転送機があったのだな、逃げても構わんぞ。そのかわりここに取り残されたお前の周りの人間や侍女たちは全て殺してやる!騎士たちよ、かかれ!」
隣に立っていたスタンが、すかさず、私の前に立ち、私を守ろうと動いてくれる。
彼に心で感謝しながら、こうなるだろうと予測していた私は躊躇なく手につけていた転送機を操った。
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