P8
258ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
こら
ほりきた
涙を溢れさせ、だけどそれでも堪えようとする堀北。
もしもこの学校じゃなければ、堀北はどこへでも兄を追いかけられただろう。
会いたい時に会え、話したい時に話せる。
「今、ここで枯れるくらい泣いてしまえばいい。それから、もう一回り成長したおまえを
兄貴に見せてやればいい。おまえは、今この瞬間に変わり始めたんだ」
焦る必要はない。2年ある。2年あるなら、きっと堀北はもっと大きく成長できる。
それを兄貴も楽しみにしているに違いない。
「そうだよな……学」
もはや届くことのないオレの声が、春を迎える青空に吸い込まれていく。
幸才だ
259 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
感情が溢れ出した後、程なくして泣きゃんだ堀北。
がまだ気力は戻ってこないのか座り込んだままだ。
レは隣に立ち、静かにその時を待っていた。
幸いとも言えるべきはこの辺りに誰もいなかったことだろう。
他の生徒に見られることはなかった。
「良かったな」
「何が良かったな、よ。あなたに見られたのは、とても屈辱的だわ……」
ちょっと慰めを入れたつもりだったが、そう甘くはなかった。
あんど、
ついに
「ま、そうだろうな」
だからこそ1人になろうとしたわけで。オレがいなければ泣いている姿を見られること
はなかった。
「でも、見られたものは仕方ないわ。前向きに考えることにする」
「前向きに?」
「……見られたのがあなたで良かった。そう思うことにしたの」
そう、 堀北は心から安堵したように息を吐く。
確かに他の生徒なら余計に見られたい顔じゃなかったことだけは確かだろう。
「さて。今日のこの状況を啓誠たちと共有するか」
携帯を取り出してカメラのレンズを向ける。
「あなた殺されたいの?」
真っ赤な目がオレを睨みつけ、即座に携帯を仕舞う。
「冗談だ」
「あなたのつまらない冗談には、TPOの何たるかを教えてあげたいわね」
それだけの減らず口を叩けるなら、もう大丈夫だろう。
「……なんだか、1年前と構図が少し似ているわね」
「そうかもな」
260ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ほりきた
さら
さかやなぎ
場所こそ少し違えど、夜中にこうして2人で話したことを思い出す。
兄貴と再会した堀北は、随分と失意の中にいた。
今は真逆のはずなのに、デジャヴを感じるから不思議なものだ。
「どうしてあなたの前ではこうも失態を晒してしまうのかしら。席も隣だし」
言われてみれば、入学当初から堀北とは奇妙な縁が続いているな。
それがどうにも堀北にしてみれば気に入らないらしい。
「たまにはあなたの失態を私にも見せてくれない?」
不公平だと堀北が嘆く。
「失態ね。最近見せただ 坂柳とのチェス対決でオレは負けた」
「それは失態とは呼ばないわ。単なる敗北よ」
それでは納得できないらしい。
「じゃあ、この先2年生になった後で期待するんだな」
「そうするしかないようね。私の今後の楽しみに、しっかりと入れておくわ」
何としてでも今日泣き顔を見られたことに対する復讐がしたいようだ。
にしても、まだ堀北が髪を切ったことが衝撃的でインパクトが強い。
「それ見たら、大勢が驚くだろうな」
クラスメイトの中には少しずつイメチェンを図る者も当然いるが、中々ないことだ。
261 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
うわさ
さくそう
「別に驚かれてもいいわ。そんなことはどうでもいいもの」
周囲の目は関係ないと、気にしないことを宣言する。
須藤なんかは真っ先にこのことに突っ込みを入れるだろう。
春休みはあと数日ある、その間に噂は広がるかも知れないが……。
いや、既に目撃者がいれば情報が錯綜しているかも知れない。
「こんな時になんだが先日の勝負のことは覚えてるか?」
「もちろんよ」
「オレが勝った時の願いを1つ叶えてもらうって話、その内容を思いついた」
「へえ……。てっきりもっと後にされると思っていたわ。精神的揺さぶりのために」
「いや、そんな姑息なことは考えてなかった。単に思いついてなかっただけだ」
やや怪しみながらも、堀北はその願いを言うように催促する。
「オレが勝ったら、その時はおまえに生徒会に入ってもらう」
「……前に言ってたわねそんなこと」
以前、生徒会に興味があるかを堀北に問いかけたことがある。
兄貴に電話を繋いだが、結局自分の意思で判断しろと言われ堀北は拒否した一件。
「ああ。その条件で飲めるか?」
「生徒会にはまったく興味はないけれど……いいわ。私が勝てばいいだけだもの」
さいそく
262ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ほりきた
勝てば問題ないと堀北が許諾する。
「でも生徒会に入れる保証はないわよ?」
「その辺は心配ないだろ。南雲は基本的に誰でもウェルカムなタイプだ」
大勢を跳ねのけた学とは大きく違う。
何より学の妹である堀北なら、南雲も無下に拒絶したりはしないだろう。
「一応、生徒会に入れたい理由を聞いてもいいかしら」
「それは秘密だ。おまえが負けたら聞かせてやる」
「気に入らないわね。それくらい聞かせてくれてもいいでしょう?」
「また負けた時のことを考えてるのか?」
「……そうじゃないわ。私が勝つから、先に理由だけ聞いておこうと思ったのよ。あなた
が負けたらそのまま理由を話さないって意味合いにもとれるもの」
「確かに勝ち負けが決まった後だと、オレが理由を話す意味すらなくなってしまうから
みやび
263ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「おまえの兄貴は、ずっと南雲雅のことを気にかけてた。その流れだ」
「つまり、私を生徒会長の見張りに立てようってこと?」
「そうなるな」
「兄さんはあなたにそんなことを頼んでいたのね」
ほりきた
勝てば問題ないと堀北が許諾する。
「でも生徒会に入れる保証はないわよ?」
「その辺は心配ないだろ。南雲は基本的に誰でもウェルカムなタイプだ」
大勢を跳ねのけた学とは大きく違う。
何より学の妹である堀北なら、南雲も無下に拒絶したりはしないだろう。
「一応、生徒会に入れたい理由を聞いてもいいかしら」
「それは秘密だ。おまえが負けたら聞かせてやる」
「気に入らないわね。それくらい聞かせてくれてもいいでしょう?」
「また負けた時のことを考えてるのか?」
「……そうじゃないわ。私が勝つから、先に理由だけ聞いておこうと思ったのよ。あなた
が負けたらそのまま理由を話さないって意味合いにもとれるもの」
「確かに勝ち負けが決まった後だと、オレが理由を話す意味すらなくなってしまうから
みやび
263ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「おまえの兄貴は、ずっと南雲雅のことを気にかけてた。その流れだ」
「つまり、私を生徒会長の見張りに立てようってこと?」
「そうなるな」
「兄さんはあなたにそんなことを頼んでいたのね」
けんそん
からだ
あき
やや不満そうに、オレに視線を向ける。
「おまえと友好的な関係を築けてなかったから、仕方なしにだろ」
打ち解け合っていたなら、この話は最初から堀北の方にいっていたかも知れない。
「謙遜はやめて。この学校で兄さんは誰よりもあなたを気にかけていた。そうでなければ
旅立ちの日にあなたを招待したりしない。全く……どうしてあなたなんかを」
そう文句を言いながら、堀北はゆっくりと立ち上がった。
「もうやめね。一度あなたのことを頭から除外するわ」
そうしなければ身体が持たないと、呆れるように振り払った。
「最後に堀北、ひとつおまえに確認しておきたいことがある」
「何かしら。まだ何か変なことを言い出すつもり?」
「櫛田についてだ。オレが考えていることと、今の状況を簡単に説明しておく」
よく分からない話の切り出し方に、堀北は怪訝そうに眉間にしわを寄せた。
今の状況?」
櫛田の暴走を抑えるため、オレが櫛田と契約を結んだこと。
その契約とは、自分の身を守るために入手したプライベートポイントの半分を毎月差し
出すこと。こうすることで、櫛田のターゲットから外れることが出来るというもの。
「あなた……バカなの? そんな無茶な契約をしていたなんて」
けげん
264ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ちや
「櫛田から信頼を得るためにやったことだ」
「それにしてはあまりに迂闊だったんじゃないかしら。毎月半分はやりすぎょ」
「それくらいでなければ櫛田の感情は動かせないからな。とはいえ、おまえからの公開説
教を食らって信頼なんて消し飛んだだろうけどな」
オレに対する不満というよりは、疑念が再び渦巻いている段階だろうが。
「全く……。あなたが優秀なのかどうか、また疑問を持ち始めそうだわ」
呆れたくなる気持ちも分かるが、本題はまだ済ませていない。
「それで、この話を私にした理由は?」
「オレがこの無茶な契約を結んだのは、後にたいした障害にならないと判断したからだ」
「半分もポイントを提供し続けることが、障害にならないとでも?」
「契約者の櫛田が退学してしまえば、そのリスクは0になるからな」
その発言を聞き、堀北の手が止まる。
そしてまだ少し赤い目を、オレに向けてくる。
「今、しれっととんでもないことを言ったわね、あなた。何の冗談?」
「オレは櫛田を退学させるつもりだった。いや、今も退学するべきだと考えてる」
「冗談……じゃないのね?」
「ああ。夏の段階で、櫛田を切ることは頭の中で想定してた」
ほりきた
265 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ちや
「櫛田から信頼を得るためにやったことだ」
「それにしてはあまりに迂闊だったんじゃないかしら。毎月半分はやりすぎょ」
「それくらいでなければ櫛田の感情は動かせないからな。とはいえ、おまえからの公開説
教を食らって信頼なんて消し飛んだだろうけどな」
オレに対する不満というよりは、疑念が再び渦巻いている段階だろうが。
「全く……。あなたが優秀なのかどうか、また疑問を持ち始めそうだわ」
呆れたくなる気持ちも分かるが、本題はまだ済ませていない。
「それで、この話を私にした理由は?」
「オレがこの無茶な契約を結んだのは、後にたいした障害にならないと判断したからだ」
「半分もポイントを提供し続けることが、障害にならないとでも?」
「契約者の櫛田が退学してしまえば、そのリスクは0になるからな」
その発言を聞き、堀北の手が止まる。
そしてまだ少し赤い目を、オレに向けてくる。
「今、しれっととんでもないことを言ったわね、あなた。何の冗談?」
「オレは櫛田を退学させるつもりだった。いや、今も退学するべきだと考えてる」
「冗談……じゃないのね?」
「ああ。夏の段階で、櫛田を切ることは頭の中で想定してた」
ほりきた
265 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ゆだ
実際、排除できるタイミングもなかったわけじゃない。
「でも私に話したからには状況は変わっているのよね?」
「ああ。その判断をおまえに委ねたい」
オレがジャッジを下すのではなく、堀北に櫛田をどうするか任せる。
そのために、今オレはこの話を聞かせている。
「分かりきった話じゃないかしら。私は櫛田さんを退学させるつもりはない。いいえ、ク
ラスメイトの誰一人、不用意に欠けさせるつもりはないわ」
やっぱり、その意思は日増しに固くなっているようだな。
「でも平田くんのように甘い考えを持つつもりもない。常に犠牲ラインに立ってもらって
いる生徒はいる。もちろん、これからの貢献度で入れ替わっていくものとしてね」
クラス内投票のように退学者を出さなければならなくなれば、決断をするということ。
「その貢献度で櫛田が最下層に来たら?」
「もちろん、その時は彼女が退学の筆頭候補になる」
その言葉に嘘や偽りはなさそうだ。
「けれど彼女がクラスの中で最下層に来る可能性は今のところ低いわよ」
「分かってる。目に見えてる櫛田の貢献度は高い方だからな」
勉強もスポーツもそれなりに出来るうえ、クラスに必要不可欠なポジションに立ってい
こうけん」
うそいつわ
266ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
やまうち
る。山内退学の件で多少ケチはついたが、致命的なほどではない。
「おまえなら、任せられると思ったから話したんだ。だが、堀北が成長してクラスメイト
の中心になっていくほど、櫛田は厄介な存在になるぞ」
櫛田の過去を知る人物。それは何があっても消せない事実だ。
「あなたはそれを事前に取り除こうとしてくれたわけね」
「ま、そういうことだな。安易な説得で味方になるほど甘くはないだろ?」
「その点は認めなくもない。彼女に中途半端な說得や話し合いは無意味だと痛感してる
わ」
それを分かっていながら、梅田を受け入れるつもりか。
以前なら単なる甘さとしか認識しなかったが、今は少し違う。
「それならオレが言うことは何もないな」
「あなた……まさかクラス内投票で櫛田さんを降ろすことを狙っていたの?」
「それは無茶だろ。山内に協力したとはいえ、クラスメイトからの信頼は厚い」
「そう、そうね。あなたにもそんな動きは見られなかったし……。でも私に話した以上、
今後櫛田さんの件は完全に一任してくれると思っていいのよね?」
「ああ。オレからは何もしないと約束する」
この先どんな選択肢を取るのか、堀北が決めていけばいい。
やまうち
267 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ほりきた
やまうち
る。山内退学の件で多少ケチはついたが、致命的なほどではない。
「おまえなら、任せられると思ったから話したんだ。だが、堀北が成長してクラスメイト
の中心になっていくほど、櫛田は厄介な存在になるぞ」
櫛田の過去を知る人物。それは何があっても消せない事実だ。」
やまうち
る。山内退学の件で多少ケチはついたが、致命的なほどではない。
「おまえなら、任せられると思ったから話したんだ。だが、堀北が成長してクラスメイト
の中心になっていくほど、櫛田は厄介な存在になるぞ」
櫛田の過去を知る人物。それは何があっても消せない事実だ。
「あなたはそれを事前に取り除こうとしてくれたわけね」
「ま、そういうことだな。安易な説得で味方になるほど甘くはないだろ?」
「その点は認めなくもない。彼女に中途半端な說得や話し合いは無意味だと痛感してる
わ」
それを分かっていながら、梅田を受け入れるつもりか。
以前なら単なる甘さとしか認識しなかったが、今は少し違う。
「それならオレが言うことは何もないな」
「あなた……まさかクラス内投票で櫛田さんを降ろすことを狙っていたの?」
「それは無茶だろ。山内に協力したとはいえ、クラスメイトからの信頼は厚い」
「そう、そうね。あなたにもそんな動きは見られなかったし……。でも私に話した以上、
今後櫛田さんの件は完全に一任してくれると思っていいのよね?」
「ああ。オレからは何もしないと約束する」
この先どんな選択肢を取るのか、堀北が決めていけばいい。
やまうち
267 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ほりきた」
いだ
「あなたが私に話したのは、その障害を乗り越えられると判断したから?」
「生憎とそこまで楽観的じゃない。今でも櫛田排除の方向性は一貫してるからな」
「そうよね。ならどうして?」
理由を問われて初めて、考えさせられる。
「考えてなかったの?」
「そうだな……。効率的じゃないことを、今オレはしている」
黙って櫛田を退学させてしまう方が、絶対にこの先を考えれば正しい判断だ。
なのに、そうしなかった。
堀北に委ねようとしている。
その理由。
その理由か。
「おまえが、その障害にどう立ち向かっていくのかを見たくなった……んだろうな」
ひねり出した答えに自信はなかったが、それ以外にはなかった。
「多分な」
「そういうことにしておくわ。あなたの言うことは話半分で聞いておいたほうが良さそう
だし」
完全に立ち直ったであろう堀北が歩き出す。
「私はもう帰るわ。あなたは?」
268ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さかやなぎ
「オレはもう少しここに残る」
軽く別れの言葉を残し堀北は寮へと戻って行った。
また夜中に思い出して泣くかもしれないが、ひとまずこれで大丈夫だろう。
オレは一之瀬との先日の会話を思い出す。
坂柳の存在や、龍園、堀北の成長。
楽しみな、4クラスの戦い。
更に1年の時を経て、どこまで変わっていけるのか。
色々と成長させる要素は盛り沢山だ。
学から贈られた言葉が、ずっと引っかかり続けている。
生徒たちの記憶に残る生徒になれ。
「とんでもない置き土産をされたもんだ……」
オレが記憶に残る生徒になるために、出来ること。
れは生徒たちを育成し、成長させることにあるんじゃないだろうか。
成長させた生徒同士で競わせ、より高みを目指させる。
自分がその立場になることを想像すると……そう、ワクワクするとでも表現すればいい
だろうか。どこか楽しそうだなと思えてくる。
無意識のうちに脳内で弾きだされていくクラスの戦力分析。
269ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
の
1年後に見えてくる結果。
まだ、どのクラスも成長を求められる。
あまりに虚弱な強さ。それらも踏まえての心躍る感情。
だがその一方で、オレは心が急速に冷えていくのを感じていた。
「オレが求めていたのは平穏な日常……そのはずだよな」
今、初めて自分の心にフィルターがかかっているのを感じる。
心という存在は、確かにこの1年で見違えるほど成長した。
いや、今も成長している。
心の成長を、確かにしているはず。
そう自分に言い聞かせようとする。
だが効かない。
まるで、思い込みが自分に通
内側に封印してきたメッキ 落ちただけじゃないだろうか。
そんな不安に似た黒いものを覚えずにはいられない。
が通
剥はじ
れい
落おし
270 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
オレは
オレは来年の今頃、まだこの学校に残り続けているのだろうか-
271 ようこそ実力至上主義の教室へ11.5
そんな言い知れぬ暗い闇が
「オレを包み込む。
○松下の疑念
ちあき
あやのこうじきよたか
春休みも終盤になった4月3日、私――松下千秋はある決意を固めていた。
「やっぱり気になる、よね」
学年末試験の前後から今日に至るまで、心の中にくすぶり続けるある感情。
それは、綾小路清隆というクラスメイトの存在だ。
ここ最近は、彼のことが気がかりで仕方なかった。
こんなことを誰かに言えば、恋だの愛だのとはやしたてるかも知れない。
でもそうじゃない。断じて恋愛感情などではないことを、ここに宣言してもいい。
私は綾小路くんに対して、強い警戒心を覚え始めていたのだ。
他の生徒にそんな話をしても、首を傾げられるだろう。
だけど私なりに1つの答えを手に入れつつある。
この気持ちを理解してもらうためには、まず初めに、私という人物についてを知っても
わなければならないだろう。
「私の生まれはそこそこ裕福で、優しい両親に恵まれ何不自由なくここまで育ててもらっ
欲しいモノは何でも買ってもらったし、その分習い事や塾も上位の成績で学んでき
272ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
た。
親は子供の優秀さに感謝し、子供は親の優秀さに感謝する。
そんな非常に良好な関係を築いていた。
更に、自分で言うのも何だけど容姿も恵まれた方だと思っている。
この事実を知れば多くの人が、そんな私を羨むだろう。
大人になって、恋愛を重ねて、やがて経済力のある男性と結婚する。
私の人生には多分、一番ではないけど恵まれた人生のレールが敷かれている。
そして、そんな私は将来に対する展望も幅広く持っている。
幾つか候補はあるけど、国際線のCAや大手一流企業への就職も悪くないと考えてい
た。
だけどこの学校に入ったからには、もう少し大きな夢を抱くようにもなった。
海外の一流大学に進み、将来は大使館に勤めそこから国連へ……そんな道も見えてき
mた。
じゅんぷうまんばん
つまず
273ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
順風満帆な私の、沿うだけのレール。
一度も躓いたことのなかった人生。
ただ、私の最初の誤算はこの学校に入学した後にあった。
それはAクラスで卒業することでしか、希望の進学先や就職先を叶えられないこと。
かな。
それはつまり、Bクラス以下のクラスに価値が見いだせないこと。
もちろん、私はある程度自力で希望する進路を勝ち取る自信はある。
でも……Bクラス以下での卒業は足かせになるだろう。
『Aクラスで卒業できなかった生徒』という厄介なレッテルを貼られかねない。
成し得た時のメリットとデメリットの大きさは、安定を望む私にはマイナス要素だ。
そしてAクラスではなくDクラスに配属されてしまったこと。
これは、とても痛いハンデを背負ったことを意味している。
けど入学当初の私には、まだ焦りが少なかった。その油断が運のツキ。
1か月であっという間にクラスポイントを使い果たし、圧倒的最下位に沈んでしまっ
た。
「冷静に考えたら……勝ち目はあったんだよね……」
そう。私たちはDクラスでスタートだったけれど、スタートは横並びだった。
最初の1か月にしっかりと状況を理解していたら、結果的に上位クラスにも上がれた。
そんな最悪のスタートだったけど、1年間を終えてそこそこクラスポイントは上昇。
一度はCクラスにも上がった。この先も、まだ上位のクラスを狙える……。
「ううん、無理、か」
早期に気付いていたとしても、他クラスとの基礎能力の差は想像より大きい。遅かれ早
れ引き離されていただろう。たまたま今年が上手くいっただけで、生徒一人一人の実力
274 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
は大きく劣っている。この事実関係を覆さない限り私のAクラス行きは限りなく0に近
い。
あまりこんなことを口にして言いたくはないけれど、私は学年の中でも優秀な方だと自
負している。上位10%の枠内であれば、ほぼ間違いなく手中に収めているはずだ。
それでもDクラス内で頭角を現さずカーストの中盤に位置しているのは、私が手を抜い
ているからだ。もちろん要所では足を引っ張らないようにしているけど、目立ちすぎるの
は好きじゃない。それに私が仲良くなったグループは、どうにもレベルが低い子ばかり。
Dクラスの半数が、学年の下位10~8%を占めている。
そんな中で中途半端に実力を発揮させてしまうと色々とやっかみを買うか、極端に頼ら
れてしまって面倒事に巻き込まれる。それは避けたかった。
それに、もし私が本気を出していても、状況は大きく変化しなかっただろう。
良くも悪くも、私は優秀止まりであって、天才なわけじゃない。
何より率先して物事を動かすタイプでもない。
はつき
叶他た何良
だ
…
。
他力本願じゃないけれど、私だってAクラスで卒業したい。
275 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
叶うなら、楽なルートで未来を安定させる方向に導きたいとは思っている。
そのためにはクラス全体に頑張ってもらわなければいけないわけだけど……。
この1年間を見てきて、それは無理だと半ば諦めていた。
北
確かにある程度の人材はいる。
ゆきむら
んに平田くん、櫛田 さん。幸村くんや王さんのように頭の良い生徒もいる。
だけどピースはまだ足らない。大勢が足を引っ張っている実情。
それらと差し引きすれば、まだマイナスだ。
あと2人か3人、今挙げた人材に並ぶ存在がいれば……。そんな歯がゆい思い。
そう
あやのこうに
綾小路くんが、私の目に留まるまではその思いに苦しめられていた。
これは一方的な推測だけど、綾小路くんは私と同じタイプなんじゃないかと思ってい
る。
276 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
何となく自分だけの生活がしてみたくて、この学校に入った口。
私よりも一層出世欲はなくて、AクラスやDクラスへのこだわりは薄いタイプ。
それでいて、しっかりとした実力を持っている。
もしもこの読みが当たっているのなら。
私と合わせて2枚のカードがDクラスに加わる。
そうなれば、活躍次第では上のクラスを狙えるんじゃないか。
ひらた一
そんな考えが最近、ちらついて仕方がなかった。
どうしてそんなタイプだと彼を思うようになったのか。
根拠というか、気になる点はこれまでにあった。
井沢さんの時折綾小路くんを追う視線。そしてちょっとした距離感。
最初は勘違いかと思ったけど、平田くんと別れたことで私の中では確信に変わった。
彼女は綾小路くんに惹かれている。
良い男と付き合うことをステータスと感じている軽井沢さんが、綾小路くんを選んだ。
どうして? 外見が格好いいから? ううん、それだけとは思えない。
それなら人気も高い平田くんをキープし続ける方が彼女にとって都合がいいはず。
ならその人気を捨てるほどの『実力』を綾小路くんが持っているからじゃない
か。
「私はそう結論付けた。
ほりきた
いちのせ
そうすると、恐ろしいほど様々なことが重なってくる。クラスでリーダー的活躍を見せ
蠍 だした堀北さんのかかわりかた、平田くんのかかわりかた。どちらも綾小路くんに対して
一目置いていることは間違いない。一之瀬さんとも、近い距離にいる。
体育祭で堀北元生徒会長と熱戦を繰り広げたことも、今にして思えばおかしなことだ。
※更に付け加えれば、坂柳さんがAクラスを総動員してプロテクトポイントを与えたこ
277ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
やまうち
- 山内くんを退学させるための、偶然選ばれた生徒だとしていたけど、司令塔で戦うこと
になったことからも、単なる偶然で片づけるにはお気楽すぎる。
こうなると如何に綾小路くんが不可思議な存在であるかは誰にでも分かるだろう。
でも、ほとんどの生徒は気づかない。
それはそうだ。彼は公の場ではほとんど活躍するさまを見せていないのだから。足の速
さは突出した能力であるものの、それだけでカーストの上位になれるのは精々小学生ま
で。高校生……いや、大人に近づくほどコミュニケーション能力も問われてくる。
カースト上位に君臨する生徒たちの多くは、突出した能力と同時にコミュニケーション
能力も身に着けているもの。1つ欠けるだけで受ける印象は段違いだ。
足が速いけど影の薄い生徒止まり。それが綾小路くんに対して大勢が抱いている印象。
もしこれでコミュニケーション能力があれば、綾小路くんのカーストは相当上だった。
性格にもよるけど、平田くんと双璧を成す立ち位置にいたかも知れない。
でもこれは机上の空論というか、無いものねだり。須藤くんの頭が良くて社交性が高
かったらとか、幸村くんがスポーツも出来たらとか、そういうあり得ない次元の話。
今私たちのクラスに求められている最優先事項は「学力』次いで 『身体能力』だ。
そして綾小路くんはこの2つを満たしている可能性が高い。
あやのこうじ
ひらた
ゆきむら
278ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
しかも、2つに限っては平田くんを上回っているかも知れない。掘り出し物だ。
もちろんこれは、ちょっとした願望が含まれている。
そうであってくれるなら、クラス向上のための大きな力になるからだ。
実際のところ同じくらい有してくれていれば、不満はない。
そんな綾小路くんだが、私がここまで注目するようになったのは学年末試験の影響だ。
フラッシュ暗算でとても解けるはずのない問題を、綾小路くんは適切に解答した。
それが私に与えられた数少ない決定打。
未知数の彼の実力。
それを知りたい。
そして、それがもしも本物であるなら利用しない手はない。
学力でも身体能力でも私にかなり近いことは、ほぼ間違いない。1年間水面下で生活を
してきたところからも、一筋縄では篭絡出来ない相手だろう。
mだけど読み合いには自信がある。心理戦には自信がある。その点ではこちらが上。
単なる好奇心での接触と思わせ、彼の本性を引き出し協力させる。
それが来年からの反撃の狼煙になる。
.……なんてね」
確かにAクラスに上がることは魅力的だ。
でも今私を衝き動かしている原動力はそれだけじゃない。退屈さだ。
スうらく
279ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
手堅い人生のレールを歩くだけじゃなく、スリルを求めている。
他のクラスメイトには無い、ミステリアスな部分を追求したいと思っている。
それが、綾小路くんに接触したい一番の理由だ。
着替えを終えた私は、今日も友達との約束でケヤキモールに出かける。
その中で、視線を雑多に向け綾小路くんを探す日々。
だけど偶然に出会う確率なんて、幾ら学校の敷地内とはいえそう高いものじゃない。
春休み前半は一度も会うことなく、勿体ない時間を過ごしていた。
何か手掛かりを得たい。
好奇心と願望が、日々私の視線を勝手に衝き動かしていた。
280ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
まっした。
「松下さんこっちこっちー
「おはよ~」
前11時過ぎ。
しのはら
私は篠原さんや佐藤さんたち、いつものメンバーと合流した。
春休み中の私たちは毎日のように意味もなく集まって、他愛もない話に華を咲かせる
さとう
たあい
ささい
どうよう
日々。これはこれで嫌いじゃないけど、やっぱりどこか退屈だ。
1年間良い子ちゃんを演じてきたけど、今は刺激を求めてしまっている。
そこで私は、少しだけクラスメイトたちに突っ込んで話をすることにした。
「篠原さん、池くんとは進展あったの?」
得られるであろう些細な刺激で、退屈を凌ごうとする。
「ちょ、え? なんでなんで、あるわけないって?」
慌てて否定する篠原さんだけど、その態度は見るからに動揺を隠せていない。
佐藤さんの『マジでその話しちゃう?』という驚きとわくわくを含んだ日が面白い。
ここ数か月池くんと篠原さんが急接近していることなど、とっくに知れ渡っている。
本人たちは隠しているつもりだろうけど、ここは狭い学校。
どうやったって男女でデートしていれば目についてしまう。
「そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないかなーって思ったんだけど?」
「だ、だから私そんなんじゃ……だって、あの池だよー? ダメダメ男の典型じゃない」
そう否定する篠原さんの表現は適切だ。確かにスペックだけ見ると、下位も下位。
身長も低いし、勉強も出来ないし、お喋りだって上手じゃない。私からすればきりのな
い突っ込みどころを持った相手だけど、恋愛はそれだけじゃ計れない。
時にはそんなダメンズに惹かれることだってある。不意の交通事故みたいなものだ。
しやべ
281 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
それに篠原さんのレベルなら、お似合いとも取れる。けして不釣り合いじゃない。
「いいじゃない。誰が誰を好きになるかなんて、分からないんだから」
何だかんだ佐藤さんは恋愛話に目を輝かせ、篠原さんにスマイルを向ける。
「だから、違うってばぁ」
「否定しなくてもいいって。私としては本音を聞かせてもらいたいかな。ねえ?」
認めようとしない篠原さんに、私は佐藤さんを更にけしかける。
「うんうん。私も気になってるし! 教えて教えて!」
こんな時、ちょっとした指示で従順に行動してくれる佐藤さんは楽でいい。深く考えら
れないタイプというか、その辺が学力にもしっかりと悪い方向で出ているのは仕方ない。
こんな風に辛辣な評価を下しているけど、けして人間としては嫌いじゃない。
篠原さんも佐藤さんも、気の許せる友人。プライ ベートで欠かせない女子仲間だ。
困っていることがあれば相談に乗るし助けてあげたいとも思う。
後は実力さえついてきてくれれば、言うことはないんだけど。
そんな風に私が考えているなどとは露程も思わない篠原さんが、池くんとの関係を話
す。
しのはら
282 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「最近もさ、無意味な喧嘩ばっかりしてるし。ホント、別に進展なんてないんだって」
ため息をついて首を振る篠原さん。
だけどそれは、けして進展することがないと否定しているわけじゃない。
まつした」
さとう
「お互いに素直になれない性格っぽいしねー。ちょっとしたことで変わりそうだけど」
お似合いではあるものの、変なところで反発しあっている印象。
キッカケがあれば、グッと距離が縮まりそうな感触だ。
「私なんかのことよりさ、松下さんとかどうなの? 誰が好きな人できた?」
「私?」
そんな風に篠原さんに返されることは想定内。
むしろ、そうなるように誘導した。
「前に言ってたよね。付き合うなら上級生だって」
思い出したように佐藤さんも、篠原さんの話に同調する。誰の恋愛話でも盛り上がれる
なら歓迎なのよね。女子とはそんなものである。
「そうだね。でも特定条件を満たすならその限りじゃない、かなー」
2人の意識をコントロールして、ゆっくりと話を私の望む方向へ誘導していく。なんて
偉そうに語る程でもない。誰だって何気ない日常の中で行っていることだ。それを意識し
ているかしていないかの違いだけ。
「ヘー。考え方変わってきたんだ?」
この話に佐藤さんも当たり前のように食いついてくる。
「男はスペック、これは譲れないよね。外見も中身も一流がいいし。それから……家柄も
283ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
必要だよね。相手の両親には教養や素養も持っててもらいたいし」
いくら子供の出来が奇跡的に良くても、親がダメなら合格ラインから外れてしまう。
「スペックが良くて家柄も良いってことは……もしかして高円寺くん、とかぁ?」
やや半信半疑に篠原さんが聞いてくる。
「えぇ~。そりゃ外から見てる分にはいいかもしれないけど、アレじゃない?」
高円寺くんの名前を聞いて佐藤さんが少し引く。クラス内での高円寺くんの評価は、想
像を絶するほど低い。理由は単純明快、クラスに迷惑をかけ続けるだけの奇怪な存在だか
らだ。ただ、内外での温度差は一番あると言えるだろう。
外から見る分には外見、家柄など申し分はないし、女性には紳士的な面もある。
だから学年を飛び越えた女子たちからは一目置かれているのも納得できる。
学力に関しても、普段全力を出さないだけで底知れない実力を秘めていると見ている。
まさに私が挙げた男性に求めるスペックの殆どを満たしていると言える希少種。
実力だけなら、クラスナンバーワンは高円寺くんだろうと私は思っている。
でも、何もせずとも分かることもある。
彼はまともな人間が動かそうとして、動くような代物じゃない。
想像を絶する変人。
のれん
暖簾に腕押し、やるだけ無駄だと最初から分かる。
284ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
はどう
こうえんじ
からた
しのはら
さとう
あやのこうじ
そういう意味では須藤くんや池くんよりも、いや……クラス1のお荷物とも言える。
「高円寺くんはないかな。って言うか、アレはもう人じゃないよね」
そんな私の評価に2人がドッと沸いて笑う。
「真面目になったら間違いなく平田くんよりモテるけど、絶対真面目にならないでしょ」
それが私の評価。
そして、それは篠原さんや佐藤さんたちも激しく同意した。
人間が欠点ひとつで100点にも0点にもなると教えてくれるありがたい人物だ。
池くんと篠原さんの恋愛話から、私の理想像。そして、次の段階へ。
「そう言えば佐藤さん。綾 小路くんとはどうなったの?」
「え……? な、なんで?」
私の不意の一言に、硬直する佐藤さん。
思い出したかのように篠原さんも、佐藤さんを見る。それは冬休みの時だ。佐藤さんが
私たちに話してくれたこと。綾小路くんのことが気になっていて告白するか悩んでいると
打ち明けてくれたことがあった。あの時は今日の池くんと篠原さんのように、遠目に応援
しながらその様子を見て楽しむだけのつもりだった。
「べ、別に私は……」
否定しかけた佐藤さんだが、言葉が詰まる。
けど気がついた時、佐藤さんから綾小路くんの話題はピタリと止まった。
もちろん、それが何を意味するのか私の篠原さんも理解しつつ触れたりはしなかった。
告白して振られたのか、それとも心変わりしたのか。とにかく佐藤さんから話してこな
い限りは触れないように配慮した。
でも、今の私には綾小路くんを詳しく知るうえで避けて通れない道だ。
「……ひ、秘密にしてくれる?」
そんな切り出し。
私と篠原さんはとても面白い話が聞けると確信し、佐藤さんの肩をそれぞれ叩いた。
「当たり前じゃない」
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こうして、私たちは佐藤さんの悩みを聞くためにカフェに移動した。
これから持ち込まれる悩みを聞き、同意を繰り返す作業が始まる。
女子による女子のための時間。
解決を先に求める男子と違い、私たち女子は肯定から始まる。
それは悪いことばかりじゃない。
こうて
でな
あやのこう
「実は私ね……あ、綾 小路くんに告白したんだ……」
開幕と同時に切り出した言葉に、私と篠原さんは紅茶を噴き出しそうになった。
「え? え? ま、マジ? いつの間に」
異性との関係が一番進んでいると思っていた篠原さんは、思わず前のめりに。
私も2人の間に多少何かあったとは思っていたけどそこまで進んでたなんて。
だけど、裏を返せば結果は見えている。
もし付き合うことに至っていたなら私たちに報告しているだろう。
恥ずかしくて隠しているだけだったとしても、私は必ず気付く。
そうじゃなかったということは……。
「フラれちゃった」
告白してからそれなりに時間が経っているんだろう。言葉に動揺や焦りは見えない。
何度も泣いて、そして前に進もうとしている状態。
そこから考えてみれば冬休みの内に告白していたのかも知れない。
私たちに触発されて早まったのであれば、それは申し訳ないことをしたかも。
「うっそ!! 綾小路くん、バッカじゃないの?」
女子からの告白。しかも外見は文句のない佐藤さんからのもの。
それを断ったことに対して、驚きと怒りを覚えているようだ。
どうよう
287ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さとう
ほりきた一
うわさ
「なんで? え、なんでフられるわけ?」
「……純粋に気持ちの問題だ、って。好きじゃないから付き合えないって言われた」
篠原が額に手を当てながら何それ、と不服を漏らす。
「単純に好きな人がいるんじゃない? 堀北さんとかさ」
私がそう佐藤さんに確認をすると、首を左右に振る。綾小路くんと言えば、確かに堀北
さんの影がチラつく。今、私たちのクラスでどんどんと存在感を増している存在。綾小路
くんと堀北さんがくっついているかも、という噂話は少しだけど立ったことがある。
でも、結局その線は無いってことでいつしか話にも上らなくなったっけ。
「堀北さんや櫛田さん相手でも同じだって」
案の定、あの2人がくっついているということはなさそうだ。
「いやいやいやいや、えー!」
堀北さんの名前はともかく、櫛田さんの方には篠原さんのテンションもマックスだ。
「それもう、恋愛に興味ない朴念仁じゃない。ちょっと引いてキモッ」
そう結論づけたくなる気持ちは分かる。
肝心の佐藤さんはそう思っていないようだけど。
「可愛い子も相手にする気が無いってさ……それって本命がいるってことじゃない?」
私がそう切り出し佐藤さんの方を見ると、視線を逸らしながらも頷いた。
かんじん
288ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
かわい
さとう
あやのこうじ
かるいざわ
しのはら」
好きな相手のことは、誰よりもよく観察するもの。綾小路くんが誰に好意を向けている
かを一番感じ取れるであろう人物は佐藤さんだ。
「多分綾小路くんは……軽井沢さんが好きなんだと思う」
どこか視線を他所にやりながら、佐藤さんがそう口にした。
「嘘、ちょっと待って。本当に? え、え? ええ?マジのマジで軽井沢さん?:」
またも私は篠原さんと顔を見合わせる。
知らない人が知れば、意外過ぎる組み合わせ。
だけど私は驚いたフリをするだけで、心の中では深く納得していた。
自分の読みと、そして綾小路くんを好きだった佐藤さんの意見が完全に一致したから。
「うん。それから……多分軽井沢さんも、綾小路くんのこと……好きだと思う」
「もしかして 平田くんと別れたのって、そういうこと関係してたりする?」
私の問いかけに、佐藤さんは半信半疑そうではあったが、頷いた。
要は個人的にはそうだと思っている、ということだ。
「平田くんから綾小路くんに乗り換え?いやー、ごめんけど私には理解不能」
それは池くんを選ぼうとしている篠原さんが言うべきことじゃないけどね。
「そんなことないって。私も……私だって、綾小路くんの方がイイと思うし」
「まだ好きなんだ……?」
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「忘れようとはしてるんだけどさ、どうしても目が行っちゃって……」
それで日々、綾小路くんを目で追ううちに真実に気づいてしまったわけだ。
佐藤さんには申し訳ないけれど、とても参考になった。
「それにしても……なんかここ最近綾小路くんの名前を良く耳にするよねー」
篠原さんに浮かんだ何気ない疑問。
「司令塔の件とか? あ、あと坂柳さんがプロテクトポイントあげた件とか?」
同じことを感じている佐藤さんも、綾小路くんが中心となった件を口にする。
「不思議だよね。なんで綾小路くんだったんだろうって。堀北さんが言うには偶然って話
だったけどさ」
その件は私も不思議に思っていた。でも、この2人相手に真剣な議論をしても仕方な
はりきた
上う
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「アレって、今にして思えば 手い手なんだよね。プロテクトポイントを与えておけば
学年末試験みたいな場所で人柱にならなきゃいけないわけでしょ? 坂柳さんが最初から
線 そこまで考えてたって思えば繋がってくる」
「ある程度納得できる材料を放り込んで、話題を終わらせることにした。
「あ、そっか……!」
もし綾小路くんじゃなく池くんだったなら、もっと楽に坂柳さんは勝てただろう。
もちろん、不意の相手を選ぶ意味で綾小路くんだったのかも知れないけど。
ともかく今の私にとってそれは後回しだ。
軽井沢さんが綾小路くんを好きで、そしてその逆もそうかも知れないこと。
それが分かっただけで今日は大収穫だったと言える。
これを切り口に、接触することも出来るだろう。
「私と同じでスペック重視だと思ってたけどな、軽井沢さん」
「だからそれは、綾小路くんも、その、凄いんだって」
「足が速いくらいでしょ?」
「でもさ、賢いって言うか、何でも分かってるような感じしない?」
佐藤さんがそんなことを私たちに聞く。
かるいざわ
あやのこうじ
すご
さとう
291 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「しないしない」
しのはら
即、篠原さんは否定したが私は佐藤さん寄りだ。
「確かに変な男子よりは、しっかりしてる印象あるかも」
全く篠原さんが同調しないので、私が合わせておくことにした。
「だよね!」
フラれたのに、綾小路くんが褒められて随分嬉しそうに目を輝かせる。
まだまだ恋心は残ってるってことか。
「単に口数が少ないからそう見えるだけじゃないの?」
「池くんなんか真逆で、いつも喋ってるもんね」
「そうそう。静かにしてって言ってもしゃべり続けるんだから」
不服そうにしながらもまんざらでもなさそうな篠原さん。
「それでね、私――」
佐藤さんが続けようとした時、私は視線の先に綾小路くんを見つける。
他の子たちは話に夢中で気がついていない。
「あ、ごめ。私ちょっと電話してきてもいいかな?」
そう確認を取ると、2人は快く送り出してくれる。
「少し長くなるかも知れないから、何かあったら連絡してきて」
そう言い残し、私は電話をしてくるフリをして席を立った。
追いかけてすぐ、綾小路くんの背中を視線に捉える。
鉄は熱いうちに打てって言うしね。
篠原さんと佐藤さんから視線が外れるまで、慌てないこと。電話するフリをしながら綾
小路くんの後を追う。気づかれないように尾行するってことには一抹の不安はある。
どれだけ距離を開けておけば安全か、そうじゃないか。
下手に追いかけてることがバレたら警戒される。だから偶然を装いたい。
この春休みを逃すと、次は多分2年生になってからしか会えない。
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あやのこうじ
ずいぶん
その前に、接触できるなら済ませておきたいところね。
しかも幸いなことに綾小路くんの周囲には連れ添いもいない。
声をかけるタイミングは今だろう。そう思ったけど……私はすぐに身を隠した。綾小路
くんに近づいてくる存在が目に留まったからだ。
「確かあの人って……新しい理事長……よね」
何故か、綾小路くんが話しかけられている、面白い組み合わせ。
新しい情報が拾えるかも知れない。
もし『実力』に関する部分なら、向こうの言質を取れればこちらのものだ。
「随分と長い間、理事長と話し込んでる……」
時間にして10分近く。
単に声をかけられて、話すにしては長すぎるんじゃないだろうか。
もしかして、綾小路くんはあの理事長と以前から面識がある?
親しそうに話しかけている理事長だが、対して綾小路くんはいつもと変わらない無表
情。
……分からない」
以前から面識があるようにも、初対面で色々聞かれているだけのようにも見える。
2人の動作からは、バックグラウンドが何も見えてこない。
293 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
もう少し距離を詰めれば会話を聞き取れそうだけど、それは危険だ。
通行人のフリをして見る手もあるけど、それだと隠れる場所がなくなってしまう。
ここにとどまって、もう少し観察を続けるべきよね……。
やがて長い会話が突然終わりを告げる。
理事長は、離れた薬局の入り口辺りで待つ大人たちと合流しにいったようだ。
綾小路くんはどうするだろうか……動き出した。
何事もなかったかのように、どこかへと歩き出す。
294ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
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