P6

いちのせ、ほりきた
りゆうえん
ひとけ
いしざき
一之瀬、堀北と別れて帰るか悩んでいたオレだったが、出会った龍園に導かれるよう
に、ケヤキモール内の人気の少ない廊下へと移動する。
距離は十分にとっているため誰かに見られれば、すぐに解散し他人を装うことも出来る
位置関係にある。
「石崎に聞いたか? オレがケヤキモールに来てること」
「ああ、わざわざ探して出向いてやったのさ」
石崎たちとの話し合いは1時間ほどで終わったのか、それとも中断してきたのか。
どちらにせよ、龍園の瞳には以前よりも気迫が戻っているようだ。
「一応連絡先は分かってるんだ。そっちで連絡してきても良かったんじゃないか?」
「そのつまんねぇ真顔を前にして話してやろうと思ったんだよ」
なら、限られた時間で話を聞いてやることにしよう。
「アレはどういう意味だ」
線アレ、とはひよりからの言伝だろう。もっと上手いやり方で安全に5勝以上出来た。そ
龍園に伝えておいてくれと頼んだこと。しっかりとその役目を果たしてくれたらしい。
ひよりから言伝を聞けば必ず接触してくると思っていた。
球 「そのままの意味だ。オレならもっとうまくやる」
189 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さかやなぎ
「どんな手を使おうが俺の勝手だ」
「それで済ませたくない。おまえが下手を打ってこの学校から去るのは寂しいからな」
自然と出た言葉ではあったが、龍園には然程伝わらなかったらしい。
「ククッ、何の冗談だそりゃ。坂柳に負けた格下の割に随分と偉そうだな」
「確かにオレたちのクラスは坂柳に負けた。司令塔を務めた以上言い訳も出来ない。坂柳
がオレより優れてるかどうか、おまえが今後直接戦って知っていけばいい」
「は――舐めるなよ?」
龍園の笑みが一度消え、オレへと距離を詰めてくる。
「一度俺を負かせたおまえが坂柳より下はない」
どうやら挑発的意味を込めて、あえて格下だと言ったらしい。
「持ち上げてくれるのはありがたいが、俺が試験で手を抜いていなかったとしてもか?」
「悪いが信じねぇな。本気でやって負けたってよりも、はなから勝負をする気もなかった
るいはどうにもならないアクシデントに巻き込まれたって話の方が信憑性が高
い。学校側がメンツのためにAクラスが勝つように仕組んだ、って方がよっぽど信じられ
るぜ」
正解ってわけじゃないが、想像以上に鋭いところを突いてきたな。
こんなとんでもない深読みをしてくるのはこの学校でも龍園くらいなものだろう。
かっ
しんびょうせい
か……あ
190ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
りゆうえん
きゆうか
「一度オレと対峙しているからこそ来る、絶対なる確信。
「それで? 復帰したおまえはこれからどうするんだ? 龍園」
「勝手に復帰を決めつけんなよ。こっちはもう少し休 暇を楽しむつもりだ」
本格的な参戦は、まだこの先だと龍園は言う。
いちのせさかやなぎつぶ
「だが.……休みに飽きたら、その時はウォーミングアップに一之瀬と坂柳を潰す」
「随分な心境の変化だな」
「ククク、確かに。俺も自分自身に驚いてるぜ。おまえに対して、こんなにも早くリベン
ジしようと心が沸き立つとは思わなかった」
「なるほど」
蛇が冬眠から覚めようとしている。
そうなればBクラスもAクラスも、龍園を無視できなくなるな。
坂柳からすれば望むところだろうが、現状はどちらが勝ってもおかしくないだろう。
「こっちとしてはありがたい。おまえが一之瀬と坂柳を先に潰してくれるなら、願ったり
部 叶ったりだ。スムーズに上を目指せる」
オレたちが上がっていくには、上がもつれてくれることも重要な部分だからな。
「おまえはクラスの状態なんかに関心はないと思ってたぜ」
「今は少し違う。あのクラスは来年の今頃、高い位置にいる。もしその時オレがいなく
191 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
けげん
いて
なっていたとしてもな」
「あ?」
いなくなっていても、という部分に龍園が怪訝な顔をする。
「オレもこれからは狙われる立場になるかも知れない。そうなれば、誰かの手で退学にさ
れていたとしてもおかしくはないからな。そうだろ?」
月城がその気になれば、こちらではどうにもならないことも多数出てくる。
強硬策を取れば防げないようなことも起こるだろう。
もちろん、それが簡単にできないようにこっちも立ち回るわけだが。
「安心しろよ。おまえを退学させられるとしたら、俺だけだ」
その強気がなんとも龍園らしい。
「ただ ―」
何かを言いかけた目の前の龍園が、一瞬視界から外れる。
急速にこちらへと距離を詰め、左腕を伸ばしオレの顔を狙ってくる。
鋭い指先は迷いなく眼球を狙っており、対処を迫られる。
あ!」
1回転からの回し蹴り。右足がオレの目の前を過ぎ去るが、それはフェイク。
回転を加えた左足こそが本命。
192ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
りゅうえん
うった
更にそれを回避し、龍園と距離を取る。
「はっ、完全な不意打ちでコレかよ。どんだけ化け物なんだ、おまえは」
「随分と派手だな」
プライベートとは言え、このケヤキモールにも監視カメラの数は多い。
もちろん生徒が問題として取り上げない限り、多少のことで注目を集めることはないだ
ろうが、龍 園ならではの大胆な仕掛けだ。
「俺の心が訴えてくるんだよ。おまえを食らえってな」
冬眠していながらも、本能で噛みついてきた。
「仕掛けてこないのか?」
「ここでおまえとやり合うリスクは避けたい。それにまだ時期じゃない」
「ハッ。強者の余裕ってヤツか。テメェが言うとリアルさがあってゾクゾクするぜ」
眼光は以前と同じ輝き、いやそれ以上か。
数か月水面下に沈んでいたとは思えない気迫。
「おまえには可能性がある。だからこそ、もっと上手く成長しろ龍園」
諭すような物言いが気に入らなかったのか、龍園 が横から壁に拳を一度打ち付けた。
「上手く成長しろだと? いつからテメェは俺の教師になったんだ?」
※ 「事実を言ってるんだ。姑息な手、卑怯な手、時には犯罪行為。勝つための戦略なら何を

193ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
いしざき
いちのせ
やってもいいとオレは思う。だが簡単に足がつく真似をするな」
「あぁ?」
「石崎たちと下剤を使ったそうだな。混入時にカラオケルームを使ったのは悪くないが、
もし飲食物の残りを保管されていたらおまえは詰んでた。問答無用で退学に値する行動
だ。そこをスルーされたとしても、試験中のおかしな行動には当然学校側も不信感を抱
く。一之瀬が訴えなかったことが、おまえにとって唯一の救いだった」
「一之瀬のお人好しも、こっちにとっちゃ計算済みなんだよ」
「だとしたらそれは甘い計算だったな。おまえはいつまでもオレを追い抜けない」
「……言うじゃねえか」
龍園は再びオレに対して距離を詰めてくる。
だがさっきのように仕掛けてくる気配はないな。
仮に完璧に気配を消しているとしても、その対処は難しくないが……。
「忠告を聞くか聞かないかは自由だ。だが今のままなら再戦すら実現しない」
敵に送られた塩を、どう受け止めるか。それで龍園の一つの才覚を計れる。
壁に打ち付けたままの拳を、龍園は心を落ち着けるように下へと降ろした。
「この場はそのクソみたいな助言を聞いておいてやる。だが、いずれ必ず潰すぜ」
「いい心意気だな園。おまえに潰されて退学するなら悪くない」
194ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
つぶ
みが
「さかやなぎ
内心で腹を立てながらも、こちらの言葉はしっかりと龍園に吸収されたようだ。
これで今後、龍園の考え出す戦略は更に磨きがかかっていくだろう。
2年からのレースは本当に想像がつかなくなってきた。
龍園が坂柳を食い、Aにまで一気にのしあがるか。あるいはそれを坂柳が防ぐか。
それとも一之瀬がここから怒涛の巻き返しを図るか。
その三つ巴に堀北がどう入り込んでいくのか。
1年前とは違う景色が、間もなく見られることだろう。
どとう
みどもえほりきた
かんざき
りゆうえん」
あやのこうじ
195 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
それがこのトイレでの出来事の前にあったこと。
神崎を横目に見送った後、龍園が言う。
※ 「復帰戦。Bクラス相手に派手にやったが、俺には確かに反省の余地があった」
それを認める。綾小路を倒すためにも、認めるべきところは認めなければならない。
「そりゃまた、随分と殊勝だな。汚い手を使ってナンボだと思ってたぜ。神崎の望む通り
正々堂々と戦ってやるつもりか?」
「ハッ。誰がそう言った」
うま
「あ?」
いちのせ
「一之瀬の甘さにつけ込んで盛大にやったが、そのことで付け入る隙を与え過ぎた。だか
らああして雑魚がイキってくることになったってことだ」
「……なるほどな」
反省すべきは卑劣な手を使ったことじゃない。
それが脇の甘いものであったことに対して。
「次はもっと派手に、そして上手くぶち壊してやるよ」
神崎がどんな発言をしようとも、この段階で龍園は鵜呑みにしない。
本当に牙を隠しているのなら、すぐに分かることだと。
「この一年でおまえも成長したってことだな龍園。パイプを繋いでおいてよかったぜ。坂
柳が食われる可能性も、真面目に視野に入れとかないとな」
虎視眈々と、橋本はBクラスにも近づいていく。
最終的にどのクラスが勝ちあがっても、自らがAクラスで卒業できるように。
こしたんたん、はしもと
196ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
昼過ぎになり、バケツをひっくり返したような3㎜を超える雨が降り出した。
うま
「あ?」
いちのせ
「一之瀬の甘さにつけ込んで盛大にやったが、そのことで付け入る隙を与え過ぎた。だか
らああして雑魚がイキってくることになったってことだ」
「……なるほどな」
反省すべきは卑劣な手を使ったことじゃない。
それが脇の甘いものであったことに対して。
「次はもっと派手に、そして上手くぶち壊してやるよ」
神崎がどんな発言をしようとも、この段階で龍園は鵜呑みにしない。
本当に牙を隠しているのなら、すぐに分かることだと。
「この一年でおまえも成長したってことだな龍園。パイプを繋いでおいてよかったぜ。坂
柳が食われる可能性も、真面目に視野に入れとかないとな」
虎視眈々と、橋本はBクラスにも近づいていく。
最終的にどのクラスが勝ちあがっても、自らがAクラスで卒業できるように。
こしたんたん、はしもと
196ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
昼過ぎになり、バケツをひっくり返したような3㎜を超える雨が降り出した。
オレは何となく帰る気になれず、1人ケヤキモールにとどまり続けていた。
学校の敷地内では便利なもので、突然の雨にも帰宅の困難を強いられることはほぼな


ようしや
手ぶらの生徒たちには、臨時の傘貸し出しが行われているからだ。
期日内に返却すれば無料のため、利用者も決して少なくない。朝から遊びに出ていた生
徒たちの中には、最初から荷物を少なくするため傘を持っていない者もいる。
とは言え、今日は少し例外に近いな。
これだけ雨が降ると、傘を差していても容赦なく濡れてしまいそうだ。
「今日は、このまま止みそうにないな」
予報通りなら、昼から明日の朝にかけて土砂降りが続くらしい。
時折携帯が鳴る度、綾小路グループでは雨の話題から、その他雑談を含めたトークが進
んでいく。今はまさに降り出した雨の話をしているようだ。
「どうするかな」
チャットに参加する気にもなれず、とりあえず既読はつけずに置いておくことに。
ぼんやりと画面を見つめながら、グループ内での会話に目を通していく。
そして思いついたように、窓の外の雨を見つめる作業を何度か繰り返した。
生産性のない時間の浪費。
あやのこうじ
197ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
たまにはこんな時間があっても良いだろう。
カフェに戻るでもなく、適当なベンチに座ってボーっとした時間を過ごす。
もっとも、それを何時間も繰り返すわけじゃない。
雨音を聞きながらの、30分くらい経ったところで帰ることにした。
オレは学生証を機械へと通し、傘のレンタルをする。
下半身、膝から下は特に濡れるだろうが、これでも差さないよりはよっぽどマシだろ
「ひざ」
う。
198ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
それから外に出て寮を目指すことにしたのだが、一足先に出口に向かう見知った生徒、
いちのせ
一之瀬を見つける。この大雨の中、手には傘を持っていない。
まだケヤキモールに残ってたんだな。
友達と遊んでいた様子もなく、1人だ。
オレたちと別れた後も色々と考え事をしていたのかも知れない。
「頭の中を整理してた、ってところか」
だが、様子からしてまだ、上手く整理できたような感じじゃないな。
傘も持たずに寮に帰れば、当然ずぶ濡れになるだろう。
一瞬外で友達が傘を持って待っているのか、とも思ったがそうでもないらしい。
放っておくことも優しさかも知れないが……今回はBクラスが徹底してやられた試験の
後だけに多少気がかりだな。オレは急ぎ引き返し、傘をもう一本レンタルする。
少し遅れて外に出ると、やはり一之瀬は濡れるのを覚悟で歩みを進めていた。
寮に向かう方角じゃない。
その反対である学校の方へと、一之瀬は歩いていく。
そして、やはり傘も持たず雨に打たれ続ける。
見送ることも出来たがー
オレは傘を手にしたまま、一之瀬を追う。
雨音が激しくこちらの足音は聞こえていないようだ。
多分普通に声を出したくらいじゃ聞こえないだろうな。
やがて一之瀬は、通学路の途中となる、校舎が見える場所に辿り着く。この大雨の中で
は、当然周囲に人の気配は全くない。そして、そこで空を見上げ始めた。
雨に濡れるのを嫌がるどころか、むしろ濡れることを望んでいるような雰囲気。
"今何を想い、何を考えているのか。
それを読み取ることは難しくない。
このまま納得するまで濡れさせてやるのも悪くはないが、間違いなく風邪をひく。
風邪をひけば、心も同時に弱ってしまうからな。
今の一之瀬には、それは多少酷だろう。
199ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
いちのせ
あやのこうじ
そば
「そんなところにずっと立ってると風邪をひくぞー」
やや声量を上げて、オレは一之瀬に声をかけながら近づいていく。
「……綾小路くん」
誰かが傍にいると思わなかったのだろう、少し驚いた後、一之瀬は一度こちらを見た。
「……うん」
しかし小さく返事をするだけで、動こうとしない。
濡れることを恐れず、再び空を見上げる。
「先に帰って。私は、少し雨に打たれていたい気分なんだ」
「声がしっかり聞こえる距離まで近づくと、そんな風に一之瀬に言われる。
「そうか」
少しというには度が過ぎる大雨だ。
このまま残しておけば、一之瀬は1時間でも2時間でも雨に打たれているだろう。
200ようこそ実力至上主義の教室へ11.5
201 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
説得を試みたところで聞き入れる状況でもないだろうしな。
なら、それを終わらせるには多少強引な手を使うしかない。
いちのせ
あやのこうじ
一之瀬には一之瀬に効く対処法がある。
オレは差していた傘を下ろし、畳む。
瞬く間にオレの髪から足先にかけて、雨水がしみこみ始める。
「あ、綾小路くん?」
「付き合おうと思ってな」
その奇怪な行動を、一之瀬は当然無視することが出来ないだろう。
「どうして……」
「意味もなく雨に打たれたくなることもある」
意味を持って雨に打たれる一之瀬とは、対照的なわけだが。
2つの傘を持ちながら、2人がずぶ濡れになっていく。
そんな不思議な体験をしていた。
「風邪ひいちゃうよ?」
「それなら一之瀬もだな」
「私はいいんだ。むしろ、ちょっと風邪くらいひけばいいと思ってるから」
なるほど。それならこの冷たい雨に長々と打たれるのが最適解かも知れないな。
「じゃあオレもそうするか」
こう答えれば当然一之瀬は困惑する。じゃあ一緒に風邪をひこう、とは絶対に言わな
202ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「ダメだよ。綾小路くん、帰った方がいいよ。傘だってあるんだから」
「今更傘を差してもほとんど意味はないけどな」
下着まで既にびしょ濡れになってしまっている。
「むぅ。意地悪だね」
「悪いな」
一之瀬が帰らないなら、オレも帰らない。その脅しに一之瀬が屈する。
「……分かった。じゃあ帰ろうかな」
「それなら―」
傘を差し出しかけて、やめる。
「どうせなら濡れて帰るか」
「ははっ、そうだね」
寮までまっすぐ帰れば数分もかからない。もはや大した違いはないだろう。
2人で雨に濡れながら、歩き出す。
沈黙のまま帰るのも悪くないと思ったが、ほどなくして一之瀬がため息をついた。
「私、綾小路くんにはダメな姿ばっかり見せてる……格好悪いなぁ……」
「ダメな姿、か。確かにそうかもな」
203 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
かっこ
さかやなぎほんろう
きぜん」
ろい
うぬは
あやのこうじ
この間は坂柳に翻弄されて、一時期自分を見失ったこともあったか。
「他の人の前じゃ、もっと毅然と出来てるつもりなのに。どうしてだろ」
「ダメな姿を見せられるのは、信頼できる人間の前だけだ。と思ってるけどなオレは」
少なくとも嫌いな人間の前で、弱みを見せたりはしないだろう。
嘘でも気丈な姿で振舞って、1人になってから弱さを露呈させるものだ。
「ちょっと自惚れだったな。今のは忘れてくれ」
「ううん……多分合ってると思う。綾小路くんは、とても信用できる人だから。だから私
も、ついこんな弱音を吐いちゃうんだと思う。だけど……私が弱ってる時、いつも綾小路
くんが傍にいる気がする」
「まあその辺は偶然だ」
「本当にごめんね」
「謝る必要はない。それどころか悪くないと思ってる。他の生徒に知られたら怒られる
な」
一之瀬は学年を通しても人気の高い女子。
普通に男子が聞けばうらやましがるような話だ。
「もしよかったら、また弱音を吐いてくれてもいい」
「それは――」
いちのせ
204ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
どこか焦ったように、一之瀬は首を左右に振る。
「だ、ダメだよ。こんな弱い姿見せるの、格好悪いんだから」
暖かくなってきたといってもまだ気温は低い。
やがて誰もいない大雨の中、寮の前に
あと少しでロビーに入れるところまで来たが、再び一之瀬は足を止めた。
「やっぱり……綾小路くんだけ先に帰って」
「一之瀬はどうするつもりだ?」
「私はもう少しだけ今、部屋に帰りたくないんだ」
そう言って、戻ることを拒否する。
先ほどよりも強い意志での拒絶だった。
「それでも帰った方がいい」
雨に打たれていれば、確かに多少気が紛れるのかも知れない。
だが根本的解決には結びつかない。
一之瀬の抵抗にもオレは引くことを良しとしなかった。
「でも……やっぱり帰りたくないかな……今はね」
「そうか。じゃあオレもここに残ることにする」
こちらが強気に出たことで、一之瀬が驚きと戸惑いを見せる。
まき
205ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「部屋で1人だと色々と考え込んで、ふさぎ込んじゃいそうで……だから帰りたくない」
このままオレが雨に打たれていても、一之瀬はもう前には進まないだろう。
それなら、他の方法で前に進めるしかない。
「だったらオレの部屋に来るか?」
「え?」
いちのせ
予期していなかったオレからの返答を受け、一之瀬が目を見つめてくる。
「話し相手がいれば、ふさぎ込むこともなくなるだろうしな」
「でも……私ずぶ濡れだし……」
「どうせオレもずぶ濡れなんだ、たいして変わらない。もし一之瀬が戻らないって言うな
ら、オレはここで何時間でも付き合うつもりだ」
「綾小路くんって意外と強引、だよね」
「かもな」
そして2人で濡れた体のまま寮へ。
たまたまこの時間帯、誰もロビーにいなかったのは救いかも知れない。
そのまま2人でエレベーターに乗り込み、4階のオレの部屋に。
「入ってくれ」
「本当にいいの?」
あやのこうじ
206ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
渡れ
「ああ」
「……ごめんね、ありがとう」
一之瀬を部屋の中に入れて、とりあえず座らせる。冷たいフローリングでは余計に体が
冷えるだろう。濡れたままの衣類を着ているのは体調に良いとは言えない。せめて、これ
以上冷えないようにとエアコンを入れる。それからオレはタオルを取り出し、一之瀬に渡
す。
「じっくり話してみたらどうだ?」
「話す、って?」
「今一之瀬が考えていること、悩んでいること、そういうことの全てを」
「それは……だ、だってダメだよ」
困惑したように一之瀬が拒否する。
「私、ここのところ綾小路くんに頼りっぱなしだよ。誰よりも沢山助けてもらったし。こ
れ以上、図々しく話すなんて……格好悪すぎて、出来ないよ」
一之瀬帆波はか弱い1人の女子。
だが、常にリーダーとしての格好良さみたいなものは持ち続けてきた。
それは、リーダーとして求められる必然のスキル。
この人にならついていっても大丈夫だと思わせるために必要なもの。
リーダーの下につくものに対して示さなければならないもの。
ずうずう
207 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
けんいん
「綾小路くんには、もう十分私のことは知ってもらったよ」
「確かに一之瀬のことには詳しくなった。だが、それは一之瀬帆波という生徒個人に限っ
たことだ。Bクラスを牽引するリーダーとしての悩みは、まだ深くは知らない」
「そんなことまでしちゃったら……」
素直になることが出来ず、一之瀬はタオルで顔を隠した。
まるで表情からオレに何かを読み解かれるのを、拒否するかのように。
「信用できないか?」
「え?」
いちのせ
顔を隠したまま、一之瀬が反応する。
「それなら無理して話さなくてもいい。むしろ他人に聞かせるのは間違いだからな」
「それはないよ。私は多分、今誰よりも綾小路くんを信頼してる……」
嘘なのか本当なのか、ここでは些細なこと。
どの道オレはこの後に続くセリフを一之瀬に向けるのだから。
「光栄な話だが、それはどうしてそう言い切れるんだ? 一之瀬の素直さを利用しようと
してるだけかも知れない。半ば分かっていつつも、坂 柳に過去のことを全て話したことが
あったよな? あんなふうに」
まだ記憶に新しい出来事。
あやのこうじ
ささい
208ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
自らが中学時代、一度犯した秘密にしておきたい過去。
妹のためとはいえ万引き行為を働いたことを、敵であるAクラスの坂柳に教えた。唯一
無二の親友にすら簡単には打ち明けないようなことを、誘導されたとはいえ口にする。
それはあまりに善人として行き過ぎている。
「まだお互いの関係がどうかも分からない状況で、普通は秘密を話したりしない」
もちろん、そこに作為的なものがあるのであれば話も変わってくる。
だが一之瀬がやったことは、本当に意味のないこと。
いや、自分が困ると分かっていながらも、それを実行していた。
「だからもしまた同じような状況になったらどうするんだ?」
「流石に私もね、同じ目に遭うのは勘弁かなぁ」
そう言って、濡れて艶やかになっている前髪の先に触れる。
「そうか。それならいいんだ。警戒心を覚えたのなら、オレが深く立ち入ることじゃな

-

209 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

おちい
「あ、違うの。確かに……もう同じようなことでピンチに陥るわけにはいかない。だけど
綾小路くんは別だよ」
「オレもクラスは違う。一之瀬の敵であることに変わりはないだろ?」
「安易に敵だなんて、言いたくないな」
ふつとう
うな
「言いたくないとしても、それが現実だ」
「……でも……」
納得がいかないのか、一之瀬は言葉を選び直す。
「味方じゃない……だけど信頼できる人」
そんな風に表現することで、敵という言葉を嫌った。
沸かしていたお湯が沸騰する。
「コーヒーとカフェオレ、ココアもあるぞ」
「じゃあ……ココア、で」
ちょっと微笑んだ一之瀬の言葉に頷き、オレはココアを入れる。
身体の中から温めてやることは出来るからな。
やがて雨が弱まり、雲間から夕焼けが を覗かせ始める。
外の景色を少しだけ見つめた一之瀬は、薄い笑顔をこちらに改めて向ける。
それからしばらくして、一之瀬は少しずつ今の気持ちを話し始めた。
「私はBクラスに配属されてクラスメイトたちと出会った時、勝ちを確信したの。自惚れ
と言われるかも知れないけれど、とても良い仲間に恵まれたと思った。その気持ちは今も
変わってない」
再確認するように、そう話し出す一之瀬。
からだ

いちのせ
うぬは
210 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ほりきた一
りゆうえん
さかやなぎ
「だけど、唯一誤算だったのはリーダーの私。私がもっとうまく立ち回っていたら、Bク
ラスは今よりもずっと沢山のポイントを持っていたと思ってる」
「どうかな。オレには一之瀬が優れた人間であることは疑いようがないと思ってるが」
首を左右に振り、その言葉を否定する。
「今日堀北さんと話して痛感したの。彼女はこの1年間で凄く成長した。それは龍園くん
や坂 柳さんだってそう。どのクラスのリーダーも、どんどん強くなってるって」
めきめきと頭角を現していく周囲と違い、自分は1年間成長が見られなかった。
そう感じ自信を失っている。
自分の失態に重ねるように、置いて行かれる印象を強く抱いてしまっている。
「私は……この先勝てるのかな?」
「この先勝てるのか、か」
「綾小路くんの意見でいいから知りたいって言ったら、素直に答えてくれる?」
「それが望みなら答えなくはない」
オレの答えが正しいわけじゃない。
だが、一之瀬は今ひとつの答えを知りたがっている。しかしそれは、今明確にできるも
のでないことも確かだ。未来はまだ未確定で、そこには無限大の可能性が広がっている。
一之瀬がここで諦めてしまうような生徒ではないことを、オレはよく知っている。
n 「もうすぐ2年になる。つまり、新しい1年が幕を開ける」
あやのこうじ
211 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「うん……」
「その1年間、どこまでもクラスメイトと共に突き進んでみるんだ。途中、嬉しいことも
悲しいことも、時にくじけそうなこともあると思う。それでも、絶対に立ち止まるな」
今、Bクラスのリーダーである一之瀬帆波に出来ること。
それは今までと変わらず、がむしゃらに日々を送ることだけ。
仲間を信じ、戦い抜くことだけしか方法はない。Bクラスにだけ許された武器。
「それで……それは……1年後……私の望む答え、になってるかな……」
今は見ることが出来ない1年後の自分。
それが、とてつもなく不安なものに感じられたのだろう。
「怖いよ。1年後の自分が……1年後に綾小路くんに聞かされる言葉が、怖いよ……」
Bクラスとしての好スタートを切った、高度育成高等学校での生活。
いちのせ
一之瀬はクラスメイトと共に1年間を乗り切り、無事その地位を守り抜いた。
・しゅんぶうまんばん
大勢の仲間に囲まれ、順 風満帆な学校生活を送ってきた。
しかし、気がつけば差が詰まっている現実。
212ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ほなみ
一之瀬帆波に浮かぶ『敗北』の文字。
からだ,かす
「私は――」
「分かってる。それを答えとして受け止めるには、納得がいかないよな」
視線が逃げる一之瀬。
この先勝てるのかという問いに、オレはあえて答えなかった。
いや答えるまでもない。
現状見えている戦力には大きな差が生まれ始めている。現時点で客観的に評すれば、来
「年一番下のクラスに沈んでいることも大いにあるだろう。
それがどうしようもなく一之瀬の不安を掻き立てる。
寒さじゃない。恐怖でその身体は微かに震えていた。
「どうしよう……どうしよう……」
こんなにも弱っている姿を、一之瀬はきっと他の生徒たちには見せられないだろう。
特にクラスメイトたちには。
ここで優しい言葉を送ることは簡単だ。心を開いてくれている一之瀬に優しくし、甘く
嘯き、その心の隙に付け入ることは造作もない。あるいは今、その濡れた服の奥に潜む肌
に触れることも叶うかも知れない。
「オレが動くと、一之瀬は過剰なまでに反応しこちらを見上げてきた。
そのまま一之瀬の傍に移動し、同じように座り込んで逃げようとする視線を掴まえる。
ささや
かな。
213ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
そば
あやのこうじ
てのひらそ
「あ、綾 小路、くん……?」
右手を伸ばし濡れた一之瀬の髪に触れ、そして頬に軽く掌を添える。
冷たい感触と柔らかい感触、そしてほのかに篭った熱が指先から広がっていく。
そして親指を動かし、一之瀬の唇にそっと這わせる。
そうすることで身体の震えは小さくなり、やがて震えていた唇も大人しくなる。
普通なら拒絶し、逃げてもおかしくない行為だが一之瀬は逃げない。
「不思議な……不思議な人だね……綾小路くんって……」
「そうかもな」
言葉を一度止め、一之瀬と見つめ合う。それ以上でもそれ以下でもなく。
「なあ一之瀬、来年の今日こうして会わないか?」
「……どういう、こと?」
掌から逃げることなく、一之瀬の潤んだ瞳がオレを捉えて放さない。
「そのままの意味だ。1年後の今日こんな風に会いたい。オレと一之瀬の2人きりで」
それはある種、告白のようにも聞こえていたかも知れない。
てのひら
だが、ここまでだ。オレは 掌をそっと一之瀬から放し立ち上がると距離を取った。
「これからの一年間を迷わずに突き進んで、そしてオレと会う。約束してくれるか?」
「それは……」
ひとみ
214 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
あやのこうじ
一瞬の迷い。
「もしかしたら、その時私は……私たちのクラスは.…
「関係ない。オレがただ1年後の一之瀬に会いたいんだ」
一之瀬は目を閉じ、そして、小さく頷いた。
「今、伝えようと思っている言葉を、その時に伝えることを約束する」
「うん。ありがとう……綾小路くん」
活力を失っていた瞳に、確かなものが戻って来る。
「私も約束するよ。私はこの一年全力で戦う、そしてAクラスを目指すって」
ここ最近で、一番の笑顔を見せた一之瀬。お互いに誓い合う1年後の約束。
お互いが生き残っていれば、この約束は果たされるだろう。
波率いるBクラス。彼女ら、彼らの行く末がどうなるのか。
悲観した材料は多くとも、まだ未来は確定していない。
ことみ

だが……もしも没落してしまうようなら、その時の『介 錯』はオレがする。
215 ようこそ実力至上主義の教室へ11.5
O兄から妹へ
翌日の3月3日、オレにとっても特別な1日がやって来る。
ほりきたまなぶ
そう、この日は堀北学の旅立ちの日だ。
約束の時間は正午丁度。
いつものように早めに行動し、正門前に到着する。
他の後輩たちには去る日を伝えていないのか、オレ以外の姿は今のところない。
時折遠目に、ケヤキモールに向かっていく生徒たちの姿を見つめながら、到着を待つ。
1年前、オレはこの正門を通りこの学校にやって来たんだよな。
普段近くにありながらも、けして近づくことのない場所。
部活や試験などバスで通り抜けることはあっても、この正門を歩いて出るのは、卒業か
退学かの二択しかない。
留年制度もない以上、3年以内には必然的に答えが出る。
「最近はこんなことばっかり考えてるな」
・2年生に上がるタイミングもあって、今の自分の心境を振り返ることが多くなってい
216 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
える。
予定の時刻が近づく3分前、堀北兄がやって来た。
あいにく
わず
オレの姿を確認した後、軽く周囲に視線を向ける堀北兄。
その視線が何を探しているかは問いかけるまでもない。
「生憎と妹の方はまだだ」
「そうか」
現在の時刻は午前11時10分を回ったところ。
けして遅すぎるというわけじゃない。
だが、残された時間があと僅かなことを考えれば早くに到着していてもいいはずだ。
先日の一之瀬との会談。
あの時にも堀北は随分と余裕をもって行動していたことは記憶に新しい。
何かしらのアクシデントがあったことも考えられるか。
「ちょっと電話してみようか」
そう提案する。
オレからなら、堀北兄としてもお願いしやすいはずだ。
そう思ったが……。
「いや、必要ない」
こちらの申し出に対して、堀北兄は軽く手で制止しながら拒否する。
「もし体調不良等であるなら、事前に連絡してきているはずだ」
217 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ほりきた
「寝坊ってことも考えられるな」
そんなことはあり得ないが、一応の可能性として言ってみる。
「仮にそうであるなら、起こす必要はない」
大切な日に寝坊して来るようなら、それはもはや相手にする価値はないということか。
会える最後の日でも堀北兄の対応は変わらない。
「まぁ大丈夫だろ。約束の時間まではまだ余裕があるわけだしな」
ギリギリまで部屋で緊張していることも、兄貴相手なら十分に考えられる。
「鈴音はともかく、おまえがこんなに早く来ているとはな」
「何となくあんたも早く来る気がしたんだ」
待ち合わせの正午。もちろん、バスの出発時刻までは十分に余裕がある。
だが最後の別れ話。話し込むことも当然兄貴も堀北妹も想定していたはずだ。
そして案の定、3分前に現れた。
互いに読みが外れたこととしては、中心人物になるはずだった堀北妹が不在なことだ
218ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さすが」
ともかく、不在である以上2人で何かしら話をするしかない。
ただ沈黙で過ごすには、流石に時間がもったいない。
オレは少し考えた後、ここ最近気にしていたことを口にする。
「悪かったな。あんたのためにもう少し生徒会の件で動いてやれば良かったかも知れな
きりやま
南雲雅の暴走を止めるため、堀北兄はオレに相談を持ち掛けていた。
だが、あの時は今よりも強く平穏な生活を願っていたこともあり、乗り気にはなれな
かった。パイプとして副会長の桐山と面識を持たせることは果たしたが、そこまで。
結局桐山を動かすための策を取らずに今日まで来てしまった。
「全ては俺の責務だ。押し付けようとしたことに問題がある、気にするな」
もう堀北兄にとって、この学校は過去になった。
この先、内情がどうなろうとも本来なら気にしなくても良い立場だ。
「だがそれでも、最後にもう一度警告させてくれ。俺はこの学校の方針を、基本的に肯定
側として見ている。基本を実力主義に位置づけながらも、下位のクラスが勝てるだけの余
地を十分に残している。けして楽な戦いではなかった」
「3年間Aクラスで走り続けたあんたに説得力があるとは思えないけどな」
「しかし、それは大勢が本質に気がつかなかったからだとも言える。学校側にも、もちろ
多くの改善点があることは事実だろう。だが振り返ってみれば分かるはずだ。無人島試
219 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
い験 ん
たに多
にしろ学年末の試験にしろ、下位クラスが上位クラスに勝つチャンスは常に用意されて
いた」
すなわ
筆記試験などだけではなく、それ以外の要素を強く求められる特別試験。
無人島試験であれば、一致団結することでAクラスやBクラスに勝つことは難しいこと
じゃない。学年末試験であっても同様だ。大きく運が左右する試験ではあるが、それはつ
まり、下位クラスが勝つ可能性もあった試験である証明だ。
「運によって大きく勝敗が決まる。まだ未熟な1年生たちが上位クラスに勝つための必要
な配慮だ。しかし……即ちそれは、上位クラスにしてみれば受け入れがたいこと。毛嫌い
する要素だろう」
学校側の下への配慮は上からの不満を生む。
2000万プライベートポイントを貯めての移動は別枠として、基本的にクラス一体と
なって連動する学校側のシステムも、能力の低い者を見捨てない仕組みだ。どのクラスに
も、飛び抜けた優秀な生徒がいて、そして低いレベルで争う者もいる。
南雲はオレたちと同じような試験を1年間を通じ経験し、1つの考えに至ったんだろ
う。
220ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
もっと実力主義であり、かつ個人の力で勝てる仕組みにしていきたいと。
上はどこまでも上へ、下はどこまでも下へ落ちる仕組み。
「あながち、南雲のやろうとしてることも間違いじゃないのかもな」
同じように不満も生まれるだろうが、同時に賛同する生徒も多くいる。
そして2年生の場合、その大多数が賛同する生徒たちだということ。もちろん、単純な
賛同者だけではないだろう。周りの空気に流され、仕方なく賛同する生徒も少なからずい
るはずだ。誰もが優秀であるなら、全てのクラスは競っていなければならない。
「2年はかなり開きがあるよな? クラスポイントに」
「ああ。南雲の在籍するAクラスは3月時点で1491ポイント。Bクラスが889ポイ
ント。Cクラスが280ポイント。Dクラスは1のポイントだ」
あと1年という期間を考えれば、Aクラスは既に逃げ切り態勢に入っている。
その中でも、あえて南雲は下位クラスの救済を提言している。
確かに3ポイントでは、ほぼ逆転は不可能。
「賛同者は多いはずだ。クラスで勝ち上がれないなら、個人が勝ち上がれる仕組みにすが
るしかAクラスに行く方法はない」
「かも知れん。だが、南雲のやり方では大勢が不幸になる」
実力、個人主義になりすぎれば、クラスメイト同士にも疑心暗鬼が生まれる。
周囲全てが敵になることだってあるだろう。
堀北兄、いや堀北学はあくまでも、クラスという組織の協力は絶対だと考えている。
それはひいては、この先のことを見据えた組織づくり。
「それは今の仕組みも同じなんじゃないのか?A以外の3クラスは不幸のままだ」
南雲の理想がどんなものかは想像でしかないが、個人の勝ち上がりを認める仕組みが確
m立されれば、クラス1つ0人以下の救済に、プラス uが加わるかもしれない。
きた
221 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「そう、たとえば――」
オレが口にしようとすると、それよりも先に堀北兄が言う。
「Bクラス以下の生徒のプライベートポイントを一度に集約して、それを用いてのAクラ
ス行きを賭けた勝負を行う。とかな」
まったく同じ考えに対し、オレが頷く。
退学者は一度考慮しないとして、BクラスからDクラスの生徒全員で120人。
全てのプライベートポイントを集めれば2000万ポイントは恐らく簡単に超えてく
る。もしかすると4000万、6000万に届くことだってあるだろう。
もちろん、全員がそのギャンブルに手を挙げることはないだろう。今現在制度がどう
なったかは分からないが、少し前までは卒業時にプライベートポイントの現金化も行われ
ていた。Dクラスで卒業しても現金が手に入るならそれで構わないという生徒もいるだろ
うからな。だが、それらの条件をクリアしたうえで出資者たちのみで届くのであれば、
# やった方がいい。どうせクラスで勝ちあがれないのなら、最後に賭けをするのも悪くな
い。
222 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
それでAクラスに行ける生徒が何人か増える。
Aクラスとクラスポイントの開きが大きい学年ほど、現実にしやすいラストチャンス。
「あんたの学年じゃそんな話が出なかったのか?」
「出なかったと言えば嘘になる。だが、実現することはなかった。AクラスとBクラスが
こんきゅう
競っていたことと、CクラスとDクラスにはそれを実現するだけのポイントは残されてい
なかったからな」
1年前に接触した3年Dクラスの生徒も、ポイントに困窮している様子だったことを思
い出す。負け続ければクラスポイントを得ることは難しくなるからな。
0のまま何か月も過ごさなければならない状況に陥れば、負のスパイラルだ。
「それくらいであれば、まだ影響はない。だが、南雲はAクラスである自分すらも巻き込
んで祭りをしようと計画している。それはつまり仲間にもリスクを負わせるということ
だ」
Aクラスの中にいる実力に乏しい生徒は、脱落する可能性を含んでいるということ。
それはそうだろう。Aクラスである自分たちだけは安全圏から、実力主義を訴えかける
ことなど周囲が認めるはずはない。AクラスもDクラスも、フラットにしようというこ
うった
223ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「どこまでやるのか知らないが、それはそれで勇気のいる決断だな」
「あいつは勝ちが確定している今の状況に、退屈を覚えている。それが起因しているのだ
# ろう。元々生徒会に参加したのも、暇つぶしによるものが大きかった」
能力もあったうえで支持もあるなら、誰にも不満を言う権利はないが。
球 「クラスは一蓮托生、運命共同体だ。俺はその枠だけは超えるべきではないと思ってい
いちれんたくしよう
うなぎ
ほりきた
る」
「だから南雲のやり方に賛成できないんだな」
頷きはしなかったが、堀北兄はその言葉をそのまま受け止めた。
言いたいことは分かるが、どちらが正しいとも言えない。
それに……。
「オレは、一度南雲のやろうとしていることを見てみるつもりだ。学年全体、いや、学校
全体をより実力主義の環境に変えるというなら、それを体験しないことには否定も出来な
い」
いつわ
224ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
嘘偽りなく、これからのことだけは報告しておくことにした。
「そうか。おまえは、俺の更に上へと向かうんだな」
「それは買い被り過ぎだ」
単に、今のオレに南雲を止める気も、そして止める手立てもないだけのこと。
それなら南雲の作ろうとする世界を見てみるのも悪くない。
北兄が守り続けた1年間は、しっかりとこの身に刻み込めたしな。
「オレはあんたが思ってるほど大した人間じゃない」
「いや、悪いが俺はそうは思わない」
こちらの謙遜に対して、堀北兄は力強くそれを否定した。
「どうにも、あんたの中でオレの評価は落ちていないみたいだな」
「落ちる部分があれば落としている」
思えば、堀北兄は1年近く前からオレに対する評価を変えていない。
何を知ろうとも知らずとも、その水準が変わっていない。
「どうにも理解できない。一体オレのどこに、あんたの認める要素がある」
唯一兄貴だけが他の生徒と違い持ち合わせている情報と言えば、入学時のふざけた点数
合わせ、あるいは妹への暴力行為を阻止するために多少揉み合ったことくらいだ。
それ以外に一般情報としてあるのは、まさにこの男とリレーで走った時に披露した、足
が速いことくらいなものだろう。
実際にオレがどれくらい勉強が出来るのか、スポーツが出来るのかを知らない。
「ある程度、自分自身の感性や直感で相手の技量は感じ取れるつもりだ」
具体的な何かというよりは、抽象的な話か。
それでここまでオレを評価できるんだから、大したものだ。
「その感性ってやつでオレはどう見えてるんだ? 置き土産に教えてもらいたい」
興味はあるので、聞いてみることにした。
実際に、どこまでオレの思い描く自分と同じなのかを比べてみようと思った。
堀北兄なら余計なフィルターをかけず、答えてくれるだろうしな。
「そうだな。俺の見てきたおまえは……」
225 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「どうにも、あんたの中でオレの評価は落ちていないみたいだな」
「落ちる部分があれば落としている」
思えば、堀北兄は1年近く前からオレに対する評価を変えていない。
何を知ろうとも知らずとも、その水準が変わっていない。
「どうにも理解できない。一体オレのどこに、あんたの認める要素がある」
唯一兄貴だけが他の生徒と違い持ち合わせている情報と言えば、入学時のふざけた点数
合わせ、あるいは妹への暴力行為を阻止するために多少揉み合ったことくらいだ。
それ以外に一般情報としてあるのは、まさにこの男とリレーで走った時に披露した、足
が速いことくらいなものだろう。
実際にオレがどれくらい勉強が出来るのか、スポーツが出来るのかを知らない。
「ある程度、自分自身の感性や直感で相手の技量は感じ取れるつもりだ」
具体的な何かというよりは、抽象的な話か。
それでここまでオレを評価できるんだから、大したものだ。
「その感性ってやつでオレはどう見えてるんだ? 置き土産に教えてもらいたい」
興味はあるので、聞いてみることにした。
実際に、どこまでオレの思い描く自分と同じなのかを比べてみようと思った。
堀北兄なら余計なフィルターをかけず、答えてくれるだろうしな。
「そうだな。俺の見てきたおまえは……」
225 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
まなぶ
いつだっ
一度間を置いて、堀北学の見てきた1年間のオレを振り返る。
「これまでの人生経験、その予測から大きく逸脱した存在に見える。どこを突いても
無い。戦略知略面では言うに及ばず、腕っぷしにモノを言わせた実力行使も通じそうにな
い。今まで出会った中で一番戦いたくない相手だ」
それはまた大層な評価だ。これを単なる感性で言っているんだとしたら、特にそうだ。
「つまり、オレに完全な白旗をあげるのか?」
「それとこれとは別問題だ。完全無欠の相手だとしても、勝機は必ずある」
そう答えてくれた堀北兄に、オレは少しだけ安堵した。
「特にこの学校はクラス単位で争うものだ。個 が幾ら突出していても限界はあるだろう」
「そうだな。だからこそ、面白いと感じる」
「綾小路。おまえはどういう環境で育ってきた。全てが生まれながら偶然備わった能力で
ないことは確かだ。家族に徹底した教育者がいたからたどり着けるような領域でもない」
「あんただって、普通の家庭なんじゃないのか?」
生徒会長まで務めたエリートなら、どうやって上にあがっていくか分かっているだろ
あやのこうじ
226ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「何事も最初から上位だったわけじゃない。伸び悩み苦しんだ時期もあった。だが、それ
を踏まえてたゆまぬ努力をしてきた。幼少期から今も、そしてこれからもな」
ほりきた
たちばな
その積み重ねの上に立っていると堀北兄は言う。
「理屈通りに型にはめるなら、その努力を上回る努力をオレがしてきたのかもな」
「……そうだな」
努力した者に勝つには、更に努力する。
それが全てではないが1つの答えであることもまた事実だ。
堀北学は、携帯を取りだす。そして携帯番号が表示された画面を見せてくる。
そして画面を切り替えもう1つ違う番号を表示した。
「この2つの携帯番号を覚えておいてくれ。1つは俺のもの。そしてもう1つは 橘 のもの
だ。卒業後に困ったことがあればいつでも相談に乗ろう。今暗記できないならメモしても
いいが、後で必ず消しておけ」
校外の人間との接触は、電話等であっても禁止されている。
不用意な記録はこちらにとってデメリットしかないからな。
オレは問題ないと小さく頷き、その1桁の携帯番号2つを頭の片隅に記憶しておく。
個人的にこの番号を使う日が訪れることは想像できないが、覚えておいて損はない。
「そう言えばまだ聞いてなかったが、あんたはこの後どこに行くんだ?」
橘の携帯番号も教えていることから、卒業後も関係性を持ち続けることは分かるが。
「そのことに関してだが――」
227 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
話そうとした堀北兄だが、携帯で時刻を確認して一度言葉を止める。
「俺のことはおまえの卒業後に話そう。そろそろ予定の時間だ」
間もなく時刻は正午。
つまり、堀北妹と待ち合わせをしていた時刻。
だがそこに、妹の姿は見当たらない。
表情こそいつもと変わらない様子だったが、どこか寂しさを感じさせる。
「一度連絡した方がいいんじゃないか」
あいつが不義理でこの場に姿を見せないことだけは考えられない。
寝坊はないにしても、何かしらアクシデントがあったと見るのが現実的だ。
「いや……やめておこう」
アクシデントだったとしても、と堀北兄は声をかけない方針を貫くようだった。
妹が嫌いなわけじゃないことは、これまでの経緯でよく分かったが。
「意地になる必要はないだろ。たまにはあんたから手を差し伸べてやるのも悪くない」
「俺は一時の感情で、妹の成長を阻害するかも知れないことを恐れている。単なるアクシ
ントで遅れているだけならいい。だが、もし俺と会わないことで自分自身が成長すると
228 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
判デー
判断したのであれば、それは単なる邪魔にしかならないだろう」
「あんたに会わずに成長する? そんな考えに妹がたどり着くと思ってるのか?」
「それを判断するのは鈴音だ」
外野がとやかく言うことではない、と素直にならない。
「甘いところは見せないんだな」
「甘さの使いどころを判断しているだけだ」
今こそ、その使いどころだと思うが。
2時を過ぎて、1分が経過した。
すぐに正門へと向かうかと思ったが、まだ歩みを始めない。
甘さを見せないといいながら、少しは見せているってことだろう。
「俺もおまえに確認しておきたいことがあった。卒業への手向けに答えてもらいたい」
ひとみ
堀北兄から、そんな言葉と瞳を向けられる。
最後の最後に見せた甘さに付き合うように、オレは頷く。
「答えられることで良ければ」
恐らくこの会話が終わる時、堀北兄は正門に向けて歩き出す。
「おまえはどうして、自らの才能を隠すようにして過ごしている」
予想外というわけじゃないが、随分と単刀直入に聞いてきたもんだ。
「単純に目立つのが好きじゃないから、だろうな」
「本当の自分を隠してでも、それは貫き通すことなのか?」
「どうだろうな。そこまで深く考えたことはない」
いぶん
229ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
うょきょくせつ
この学校に入って、オレは普通の学生生活を送りたかった。
だが、こうして問われれば疑問を感じることもある。
「普通に、どこにでもいる生徒として過ごそうと決めてきた。紆余曲折あって、時々やら
なきゃいけない時もあったけどな」
「今後も同じようなことを続けていくつもりか?」
「どうかな。最近は目を付けられることも増えてきたからな。少しくらいは真面目にやる
ことも増えるかもしれない」
正直分からない部分も多いが、今の素直な気持ちを口にした。
それを聞いて、堀北兄は何と答えるだろうか。
「俺はこの学校で、何を成したか、何を成しえたか。最近はそればかり考えている」
そう言って、一度遠く校舎を見つめる。
「自分の実力を出し切れたか。もっと成長する余地はなかったのか、とな」
つまりオレとは真逆に近い環境で過ごしてきたということ。
だからこそ生徒会長まで上り詰めた。
「おまえがこのまま水面下で学校生活を送ることは、本当に有意義なことなのか」
「楽をしたいって意味じゃ間違ってないと思うんだけどな」
「そうかも知れん。だが、おまえも何かを残すためにこの学校に来たんじゃないのか。も
しそうであるなら、俺は最大限そのために努力すべきだと考える」
230ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5





Bạn đang đọc truyện trên: AzTruyen.Top

Tags: #youkoso