mở đầu

のそ
○少女は鏡の中の自分を覗き込む
今日は3月3日。
あの人が私の兄さんが、この学校にいる最後の日だ。
「酷い顔」
覗き込んだ鏡に映っていた私の顔は、どこか沈んでいて暗い表情をしている。
その理由は、昨日ほとんど眠れなかったことに起因するだろう。
この学校で私が兄さんと話した時間は、一体どれだけあっただろうか。
1年間もありながら、きっと数時間にも満たない。
あまりにも希薄過ぎる関係。友人以下の関係と揶揄されても仕方ないもの。
兄と妹。血縁関係者とは思えないほどに、近くて遠い距離にいる存在。
「このまま、兄さんと別れてしまっていいの?」
鏡の自分に問いかける。
当然言葉は返ってこない。
ただ暗い表情の私が、私を見つめ返しているだけ。
何を訴えているのか瞳を覗き込むまでもない。
11 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
うった
ひとみ.
兄さんに話したいことは山ほどある。
このまま別れていいはずがない。
そう思って1年が過ぎた。
結局、語り合う時間を作ることは出来なかった。
でも……今は違う。向き合えるようになったのだから堂々と会えばいい。
堂々と会って、最後のお別れを言えばいい。
「……いいえ、ダメよ」
今の私には、お別れの挨拶をする資格すらない。
確かに、私と兄さんの関係に変化は生まれた。
兄さんに私を見てもらうことは出来るようになった。
だけど……。
この1年間で、私は自分の成長を兄さんに見せることが殆ど出来なかった。
このままお別れをしても、きっと兄さんは喜ばない。
むしろ、無能な妹の心配をさせてしまうだけになるだろう。
そんな気持ちで、兄さんの輝かしい3年間を無駄にして良いはずがない。
いっそ会わない方がいいんじゃないだろうか。
そんな風にも考えてしまう。
私の我儘で、兄さんを困らせることはあってはならないから……。
12 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
わがまま.
愚お
「違う。そうじゃない、そんなことで良いはずがないでしょう?」
再び鏡に映る自分に問いかける。
私は何も見せることが出来ていない。
だからって、逃げることが正解じゃない。
私は大丈夫ですと、自信をもって兄さんに伝えられれば問題は解決する。
ならどうする?」
どうすればいいの?」
もう、時間は残されてないのに。
自分の一
かさに、もっと早く気がついていたら。
入学直後に気がついていたなら。
「そんな過ぎたことを悔いても、意味なんてない、わね……」
時刻は朝の8時を回った。
今日の正午には、兄さんは旅立ってしまう。
「どうしたらどうしたらいいの」
ありのままの自分を見せればそれでいい、そう思っていた。
だけど、今の私は、私であって私じゃない。
兄さんだけを追いかけ続けていた、とても愚かな妹。
鏡に映り込んだ私の姿は、過去の自分と重なっていた。
13ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5.
「私は……一体……何者なの?」
そう。
鏡に映っている自分は、自分であって自分じゃない。
「……偽者」
今の私は偽者だ。
いつわ
思い返せば人生の半分以上を、私は偽りの自分として過ごしてきた。
本当の自分を隠して偽り続けてきた。
『兄さんの求める妹』であろうとしてきた偽者だ。
外見も人格も成績も、全ては兄さんのため。
兄さんに認められるために作られた偽者。
そんな偽者じゃ、認めてもらえるはずなんてないじゃない。
違う、そうじゃない。この数年間の私は紛れもない私だ。
偽りなんて呼ぶことは出来ない。
短い人生とはいえ、半生を共にしてきた本当の自分自身だったと言える。
そうしてきた自分に後悔だってない。
でも……。
「私が見てもらいたいのは……。本当に、兄さんに見てもらいたかったものは……」
私があの人に示せる、たった一つのこと。.

それが、今見えた気がした。
「……ありがとう。偽者、そして紛れもない本当の私」
鏡に向かって、自分自身に向かって、私は一度頭を下げた。
長い髪が揺れる。
そして顔を上げて、鏡から視線を外す。
過去の自分と向き合うのはお終い。
時間がない。
私が私として、やらなければならないこと。
最後の最後で気がついたこと。
安心して兄さんが旅立つための、最後の贈り物。
しま
15 ようこそ実力至上主義の教室へ11.5.
O卒業式|
3月29日、卒業式。
3年生たちもすべての過程が終了し、いよいよ旅立ちの日を迎える一大イベントの日。
他の在校生にしてみれば単なる通過イベントに過ぎないものの、個人的に見どころはあ
る。
まず気になるのは堀北兄対南雲の結果だ。
最後の最後まで争いを繰り広げていたであろう戦いの結果を、オレはまだ知らずにい
た。
16 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
堀北兄がAクラスで卒業できたのか、それとも南雲の介入によって敗れたのか。
休みだった昨日の内に結果は分かっていたんだろうが、やることがあったため一歩も部
屋を出なかったからな。
どちらにせよ、恐らく今日結果を知ることが出来る。
それから、単純に卒業式がどんなものなのかという興味だ。
卒業式でも終業式でも、初めて体験することには自然と心が躍る。
登校の時間が近づき、部屋の鍵を閉めオレは学校へ向かうことに。
「おはよう」.
せっかく
エレベーターで鉢合わせした啓誠に声をかけられ、軽く答える。
他クラスの生徒も数人いたため、特に雑談することなく、そのまま静かにロビーから寮
の外へ2人並んで歩く。
「折角上がったCクラスも結局1年で振り出し。けど思ったよりダメージは受けなかっ
た」
そんな啓誠の呟きが快晴の空に吸い込まれるように消えていく。
1年最後の特別試験で敗北したCクラスは、またDクラスに転落する展開を迎えた。
少なからず生徒たちにショックはあっただろうが、幸いなのは対戦相手がAクラスだっ
たこと。そしてプロテクトポイントを保持するオレが司令塔になったことが、緩和剤のよ
うな役目を果たしていた。負けても仕方がない。あるいは善戦しただけ立派だった、と。
_Dクラスに落ちることになったものの、クラスポイントの増減ではけして悪い数値じゃ
ない。
ざんてい
さかやなぎ
17ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
3月下旬の暫定クラスポイント
坂柳の率いるAクラス_1131ポイント
一之瀬率いるBクラス550ポイント
堀北の率いるCクラス_347ポイント
いちのせ
りゅうえん
龍園の率いるDクラス_508ポイント
この数字はあくまでも3月下旬時点のものだ。
クラスポイントが確定するのは基本的に毎月1日であり、その時点でクラスが変動する
りゆうえん
ため、今はまだオレたちはDクラスではなくCクラスになる。そして龍園たちがCクラス
に再浮上すると共に、Bクラスとほぼ横並びのクラスポイントになる。
このままのポイントで来月4月1日を迎えれば、クラスは大きく入れ替わる。
いちのせ
18ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
だが、この学校では様々な状況が加味されて毎月クラスポイントに変動を与えることを
忘れてはならない。
真面目な生徒が多い一之瀬のクラスと、お世辞にも優等生とは言えない龍園のクラス。
恐らくは私生活の面などで、クラスポイントにも違いが生じているはずだ。
今頃Bクラスの生徒たちは、この状況に肝を冷やしているところだろう。
だが、それでも1年間を通して一之瀬がBクラスを死守できたのはせめてもの救いか。
とは言っても、現時点での差はたったの2ポイント。
次の特別試験などで、龍園がBクラスを確実なものにする可能性は大いにあるだろう。
これだけを見ればDクラスに戻るオレたちだけが大きく出遅れたようにも見えるが、忘
れてはならないのは、去年の4月と5月時点のクラスポイントだ。
去年の4月は、全クラスが1000ポイントで横並びというスタートだった。
Aクラスであるメリットも、Dクラスであるデメリットもなかった。
今にして思えば、ここで踏ん張ることが最大のチャンスでもあったわけだが……。
しかし、オレたちDクラスは1か月に満たない間に全クラスポイントを使い切った。
その結果……。
去年5月1日時点のクラスポイント
さかやなぎ
坂柳の率いるAクラス_940ポイント
一之瀬率いるBクラス 650ポイント
龍園の率いるCクラス490ポイント
堀北の率いるDクラス - 0ポイント
全クラスがポイントを下げての5月。実質、この月から勝負が始まったと言ってもい
い。
19 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
そう考えると、オレたちのクラスは1年間で347ポイントを得たということになる。
- 生活態度や遅刻欠席などが影響して、もう少しクラスポイントは少なくなるだろうが、
大体330ポイントから340ポイントという結果になるだろう。
ここから見えてくる答え。それは年間を通して一番クラスポイントを増やしたクラス
だったということだ。年間2位の上昇値であるAクラスの191ポイントを大きく上回
る。
ひらた一
そば
去年の春、早々に0ポイントのどん底まで急降下したことを思えば上出来と言えるが、
2年生に進級後は、クラスメイトたちの更なる活躍が求められる。
そうしなければ上位との差を詰めることは出来ない。
堀北、平田などリーダー格の成長と、クラスメイト全体の能力の底上げ。
それらを踏まえれば十分に上のクラスと競っていくことも現実的だろう。
傍から人の気配がなくなったところで啓誠が何かを察したように口を開く。
「大丈夫だ。他のクラスメイトからおまえを責めたりする声は殆どなかった」
オレが司令塔での失敗を悩んでいると思ったのか、そう声をかけてきた。
当然気になどしていなかったが、啓誠の言葉を拾い上げる。
「殆ど、か」
慰めのつもりではあるんだろうが引っかかる言葉でもある。
つまり少数ながら、オレに対して不満を抱えている生徒もいるということ。
「それは……完璧にとはいかないだろ。だけど清隆が悪いというより、もっとしっかりし
人が司令塔になるべきだったって声が聞こえてくるだけだしな」
ある意味責めていると同義な気もするが。人とは理不尽なもので、一度納得したつもり
なぐさ
きよたか
20ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
でも、後で異を唱えることはけして珍しくない。
_Aクラスに負けた理由が『司令塔の差』だと不満を漏らすことは不思議じゃないから
な。
「好き勝手言ってくる奴がいても強気でいるんだぞ? プロテクトポイントがなければ、
司令塔になんて誰もなれないんだ」
今後オレに文句を言ってくる生徒がいた時のことを考え、そうフォローしてくれる啓
誠。
りのうえん
むちゃ
「大半はそうだろうけど、龍 園の例もあるからな」
オレがそれを言うと、啓誠は苦笑いを軽く浮かべて首を左右に振った。
「あいつは特別だ。無茶することもパフォーマンスの一環として捉えてるんだ。事実、唯
一プロテクトポイントを持ってなかった龍園が出てきたことで、Bクラスは意表を突かれ
て大敗することになったしな」
表面上だけを見れば啓誠の言う通りだ。
ただ、事実はそれだけじゃない。計算された龍園の勝ちへの戦略だった。
無防備なパフォーマンスはその布石の1つに過ぎない。
「……なあ清隆、聞きたいことがある」
話がひと段落ついたところで、改めて啓誠がそう言った。
21 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
かつられ、かいじゅう
はりな
「俺が独断で葛城を懐柔しようとしたこと、どうして堀北に報告してなかったんだ?」
啓誠は学年末試験でAクラスに勝つために、坂柳と対立し敗れた葛城を仲間に引き入れ
る戦略を堀北に提唱した。しかしリスクの高さや実現性の難しさから堀北は却下した。
だが啓誠は納得がいかず、自らの判断で葛城の懐柔を実行した。結果は失敗。
まぁ実際には、失敗したところで大きな影響はなかったわけだが。
葛城が協力しなかっただけであり、受けた実害は皆無に等しい。
「被害が少なかったから良かったじゃないか」
啓誠にとってみれば、重要な部分はそこじゃない。
それを分かっていながらオレは、あえて慰めるような言葉を口にした。
「それは葛城が卑劣な手を良しとしないタイプだったからだ。もし、これが坂柳や龍園の
ような人間だったなら、こちらはもっと壊滅的なダメージを受けていた」
強引に懐 柔しようとしていただけに、その責任を強く感じている啓誠は、起こることの
なかった未来を憂えている。
口ぶりからして、どうやらは誠は自分から堀北に湾 城懐柔の件を話したみたいだな。
「……ああ。堀北には俺から話した。責任は取るべきだと思ったんだ」
叱責覚悟で打ち明けたことを認め素直に話す。
「葛城がAクラスを裏切るはずがないって、そんな確信がおまえにはあったのか? 清
ふれっ
かいじゅう
か強う
ほりきたかつらぎ
22ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
しつせき.
そして疑問をストレートにぶつけてきた。
「別に確信なんてない。実際、葛城が寝返る可能性は確かにあった。そうだろ?」
「それは……そうだが……」
それが0%なのか1%なのか、それはこの際置いておく。
「堀北に報告しなかったのは単純に失念してただけなんだ。司令塔の役割を果たせるかど
うか不安で、頭がそれで一杯だった。そういう意味じゃオレにも大きな責任がある。葛城
懐柔が成功していたら上手く事を運べなかったかも知れない。お互い様だ」
両者が謝ることで、葛城の件の話を終息させる。
「お互い様、か。それでも自分の見通しの甘さを痛感してる。リスクを考えれば葛城懐柔
はそもそもするべきじゃなかったんだ」
過ぎ去ったことはなかったことには出来ないが、振り返ることは出来る。
E「見通しの甘さがあるとしたら、オレだって同罪だ。その場にいて何も言わなかったん
だ」
「そう言ってくれると、俺の気持ちも少し楽になる」
あの試験、受け身になる生徒が多い中、啓誠は勝つために必死に何かを為そうとした。
「それに今回のことで分かったんじゃないか? ああいった戦略は簡単には成功しない」
23ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
つぶや
失敗の中から学べることも沢山ある。
それを活かせるかどうかは、本人次第だが。
「……そうだな。俺は勝ちたいあまりに、目の前のことが見えてなかったんだ。まった
く、冷静になると情けない話だ」
反省するように、ポツリと呟く。
葛城の懐柔は確かに甘い考えではあったが、チャレンジしたことは評価したい。
「それで堀北のヤツは啓誠になんて言ってたんだ?」
「堀北は俺を責めなかった。下手したらクラスに被害を与えていたかもしれないのに。そ
れどころか、次もアイデアが浮かんだらぜひ聞かせて欲しいと言われた。もちろん勇み足
は勘弁してほしいと忠告は受けたが」
どうやら、堀北も似たような評価を啓誠に下したようだ。
人は失敗を繰り返して成長していく。結果だけを見て叩くようでは指導者にはなれな
24ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
もちろん失敗だけを延々とし続けるような人間はいずれ見限られるわけだが。
「正直に言うと、俺は今まで堀北がリーダーのようなポジションに立つことには肯定的
じゃなかった。確かに頭脳明晰で運動神経も良い。でも、物言いというか、見下すような
態度に受け入れがたいものを持ってたからだ」
めいせき
ずいぶん
その点はオレも否定しない。少なくとも現時点までは、平田や一之瀬のような人徳で
リーダーをしているタイプではないからな。
一定の味方を作れる一方、必然的に敵も作ってしまう。
「けど……俺も似たようなものだったしな。スポーツなんて不要だと思っていたし、頭の
悪いヤツは全部見下してきた。同じ穴の狢だ」
入学したての啓誠は勉強の出来ない生徒を一方的に軽蔑する傾向があった。
学生の本分である勉学の出来不出来こそが全てだと思っていたからだ。
「今の啓誠と1年前の啓誠は全然違う。随分と変わってきた」
「ああ。自分でも不思議なくらいそう感じてる。勉強はもちろん一番大切だ。だけど、運
動もコミュニケーション能力も、そして友情も。どれもこれも必要なんだって理解した。
でも、それは堀北も同じだった。あいつも少しずつ変わってきた。前よりもずっと頼もし
くなってるし信頼も出来るようになってきた」
m 啓誠は綾小路グループ以外のメンバーにはあまり心を許していない。にもかかわらず、
ここまでしっかりと堀北の褒めるべきところを褒めているのは、こちらとしてもその発言
を本音として素直に信じることが出来る。
「そうかもな」
簡単にだが同意しておく。
あやのこうじ
25ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
1年かかったが、直接かかわりあうことで堀北という生徒が見え始めたのだろう。
クラス内投票の件以来、徐々に堀北はクラスメイトに受け入れられ始めた。
その主な要因は、戦略の鋭さやリーダーシップ性の高さとは違うところにある。
堀北の強固だった心の壁が、少しずつ取り払われてきたからだ。その壁があったころは
自分以外の生徒を足手まといだと決めつけ、弱者は切り捨てられても仕方がないと割り
切っていた。まさに啓誠と似たような傾向の持ち主だった。
「もちろん、堀北の発言の全てに従うことが正しいことだとは思ってない。堀北が間違っ
た判断をしたと思えば遠慮なく突っ込んでいくつもりだ。俺は間違ってるか?」
そうやって考えをまとめる啓誠。
信じるべきところは信じ、そして疑うべきところは疑うというスタンス。
「いいや、正しい。それが本来のクラスの在り方だ」
どれだけ頼れるようになってきたといっても、堀北もまた同じ高校生。
時に大きな間違いを犯すことだってあるだろう。
そんな時に、その間違いを指摘する生徒が1人でも多いことは喜ばしいことだ。
肩を並べて話し合い、解決に向けて努力しあうことが出来る。
坂柳や龍 園のような独裁制のクラスには、まずそれが出来ない。
どちらかと言えば一之瀬寄りのクラスにこれからオレたちのクラスはなっていくだろ
26ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さかやなぎりゆうえん
そして自分たちのクラスに出来るやり方で、差を詰めていくことが大切だ。
体育館。
集められた全校生徒と、そして全教師たち。
関係各位、普段見ることのない大人たちも列をなし、今卒業式を温かく見守っている。
3年生たちが、新しい門出に向けて大きな一歩を踏み出そうとしている瞬間だ。
進学する者、就職する者、道を決められず立ち止まる者。
子供という枠を超え社会に巣立っていく。
オレは考える。
2年後、自分はあの場所にどんな風に立っているのだろうか。
そして何を考えているのだろうかと。
たとえ歩んでいく道は決まっていても、きっと様々なことを思い描いていると信じた
27ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「ここで学んだことが、生きていく上での糧になると信じたい。
「ではこれより、3年間を戦い抜き晴れてAクラスで卒業したクラスの代表者より、

と父と
を述べて頂きたいと思います」
せいじゃく
ほりきたまなぶ
進行役の大人が、マイクを通してそう話す。
より一層、静寂に包まれる体育館。
「代表、Aクラス |
ここで名前を呼ばれた生徒が、堀北 学あるいはそのクラスメイトでなかった場合。
即ち最終試験の結果でクラスの変動があったことになる。
在校生の多くが、その瞬間に強い思いを感じただろう。
この学校に在籍する以上、Aクラスで卒業することが唯一にして最大の目標だからだ。
すなわ

堀北学くん、前に」
あんど」
その名前を聞いた時、心底堀北は安堵したことだろう。
南雲の妨害がどれだけあったかは不明だが、堀北兄は無事にAクラスで卒業となったよ
うだ。
28ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
堂々と壇上へと歩みを進めると、在校生や関係各位へと視線を移す。
「答辞。梅の香りに春の息吹を感じるこの日、我々は卒業式を迎えましたー」
堀北兄の答辞が始まる。
盛大な卒業式を行っていることに対する感謝などが述べられていく。
おだ
とうし
ほりきた
それから3年前に入学してきた時のことが語られる。
「 高度育成高等学校に入学し、他校とは違う雰囲気を感じ、未来を担う大きな責任
を持つとともに、やりがいのある3年間にしようと誓ったことを鮮明に覚えています」
ゆっくりと話す雰囲気には、どこか穏やかさのようなものを感じられた。
1年前の入学式の後、生徒会長として同じ場所に立っていた人物とはどこかが違う。
粛々と進んでいく答辞に対し、オレはそんな変化を感じ取っていた。
堀北兄だけじゃない。在校生たちもまた、月日を経て大きく成長していると。
「私事ではありますが、生徒会の代表として昨年1年生たちに言葉を述べたことがありま
す」
オレの思考とリンクするように、堀北兄がそんな風に話し出す。
「昨年この場所から見た時と比べて一目瞭然、皆さんの成長を感じ取ることが出来ます」
1年前、オレたち1年生の浮足立った空気を堀北兄は沈黙によって変えた。
あの時には多くの生徒たちに見えていなかったもの。
今、この卒業式で私語をする生徒は1人もいない。
そして堀北兄もまた、巣立つ生徒として、温かい眼差しを在校生たちに向けていた。
「そしてこれから3年生となり、在校生を牽引していく立場の2年生には、この学校の規
律を守ったうえで、存分にその力を発揮して頂きたいと思っています」
いちもくりょうぜん
まなざ
29ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
けんいん
はっき
そして数分後、やがて答辞は終わりへと近づいていく。
「この学校で学んでいることはこの先の人生において、何よりも宝となり役立つものにな
るであろうことをここに約束します」
そして改めて、堀北兄は在校生たちを見つめる。
「来年、そして2年後。答辞を述べる人にも、きっと理解できる瞬間が訪れるでしょう」
答辞を述べる人物。
それはつまり、Aクラスで卒業することになるクラスのリーダー。
30ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
2年生であれば先ほど送辞を読み上げていた南雲が筆頭候補だろうか。
いちのせいりゅうえん、さかやなぎ
1年生たちはまだ混戦の中にいる。堀北か、一之瀬か、龍園か、坂柳か。
それとも新しいリーダーとなる別の誰かか。
早くも3分の1が過ぎた学校生活だが、まだ3分の1に過ぎない。
この先もクラスは入れ替わり生徒も減っていく。
それでも勝ち残った者のリーダーが、代表としてあの場所に立つことを許される。
ゆっくりと、されど流れるような答辞を読み上げる堀北兄。
|3年間、本当にありがとうございました」
やがてその時間も、ほどなくして終わりを迎える。
それから答辞は生徒たちから、教師たちへと、学校へと向けられていく。
g 見事な答辞が終わりを告げ、卒業式は次のステップへと進んだ。
ねぎら一
卒業式が終わった後、オレたち在校生は一番初めに体育館を後にする。
そして一度自分たちの教室へと戻った。
この後は卒業生と全教師、そして参加する卒業生の保護者が集まり謝恩会が始まる。
謝恩会とは、卒業していく生徒たちと、そしてその保護者が教師を労う会らしい。
在校生は帰宅しても構わないようだが、部活に所属している生徒や3年生と仲の良かっ
た生徒たちは、この後準備をして卒業生が出てくるのを待つらしい。
花束を渡したり、あるいは何か特別な告白や話があるのかも知れない。
浮足立ったり、緊張して物静かになる生徒など様々だ。
「さて、明日の終業式で話しても構わないことだが、簡単に今学期の総括をしておこう」
全員が着席して少しして、茶柱がそう言って生徒たちに目を向ける。
/ 「まずは学年末試験、Aクラス相手に善戦したと評価しておこう。先生方もおまえたちの
画 成長ぶりに驚いていた」
堀負けた戦いだったが、普段辛口の茶柱が素直に褒める。
「1年前、入学してきたばかりのおまえたちとは大きく見違えた。よくここまで成長し
そうかっ
ちやばしら
た」
「けど先生。俺たちまたDクラスに落ちるんですよ? 超格好悪いじゃないですか」
悔しそうに池が言う。
「確かに、振り出しに戻るようにも見える。だが、1年間で確実におまえたちは成長し
た。単なるクラスポイントの差以上に、実力面で他クラスに迫ったと言っていいだろう」


「そんなに褒められると逆に怖えな。なんかあるんじゃねえだろうな先生」
褒める茶柱に対して須藤がそう言いたくなるのも無理はない。
この後引き続き試験をするとでも言いだしかねない。
「何もない、純粋にそう思っただけだ。教師になって4年目、私が受け持つクラスはおま
えたちで2つ目だが、前回のDクラスの生徒たちよりも一回 優れている。とは言え
それは他クラスにも言えること。おまえたちが上のクラスに上がれるかどうか、それはこ
れからもたゆまぬ努力を続けているかにかかっていると言えるだろう」
トン、と一度黒板を軽くノックするように叩いた茶柱。
「明日は終業式だ。授業がないといっても学校の一日に変わりはないことを忘れるな」
茶柱から話を受け解散となったクラス。
「どれだけの生徒が3年生の出待ちに向かうかは分からないが、隣人はどうするだろう
たた
32 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
か。
ようと
ほりきた
さすが
ほりきた
生徒会長を務め、そしてAクラスのリーダーとして答辞を務めた男の妹。
堀北は、まっすぐ黒板を見つめるように動きを固めていた。
頭の中では色々と考えているところだろう。
やぶ
不用意に藪を突くと噛まれそうな気もしたが、試しに聞いてみる。
「行くのか?」
「何のこと?」
「いや、流石に分かるだろ」
「兄さんに会いに行くのか?という問いなら、そのつもりはないわ」
堀北はそう言って視線を逸らす。
行くつもりはない……か。
「この前話せるようになったんじゃないのか?」
「別に、あなたには関係ないでしょう? 私たちには私たちなりの問題があるの」
その問題を抱えているのは、今やおまえだけの気もするが。
「この機を逃したら、このままズルズルいくぞ」
「それは……」
雪解けしかけているとはいえ、肝心なところでは日和るんだな。
それだけこの数年間の関係が拗れていた証拠でもあるか。
33ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
かんじん
こじ
「オレは会いに行く」
「え? 兄さんに会うつもり?」
普段人と深くかかわらないオレだからこそ、堀北は意外にも驚いてみせた。
「あいつと仲良くすることはなかったが、今日が最後かも知れないしな」
挨拶くらいしておいても悪くない。
「そう……」
「何か問題でもあるのか?」
「別に。あなたが兄さんと会うのは自由よ」
顔には何であなたが、と書いてあるがそのことには触れない。
オレは立ち上がる。
今、この時間の多くの教師は謝恩会に駆り出されている。
それは理事長代理をしている月城も同様だ。参加しないわけにはいかない。
? 「どこに行くの?」
「時間潰しだ。謝恩会のことを考えたらしばらく手持ち無沙汰だからな。おまえも兄貴に
会うなら後で合流してやろうか?」
堀「……考えておくわ。謝恩会はどれくらいやってるのかしら」
行くつもりはないと言っていたが、それは撤回ってことらしい。
つきしろ」
34ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
てつか
「さあ。1時間か2時間か、そんなところだろうな」
実際の謝恩会の予定時間は『8分』で、終わるまではかなり時間がある。
その間にこっちはやるべきことをやっておく。
さかやなぎ」
つきしたわな
ちつきよ
ここから日付は昨日の9日に遡る。
選抜種目試験が終わったその日の夜、オレはある人物に電話をかけていた。
「もしもし、坂柳です」
落ち着きのある大人の声。
オレが電話をしたのは同級生の坂柳有栖ではなく、その父親。
月城の罠によって蟄居させられている坂柳理事長の方だ。
電話に出た坂柳理事長だが、当然こちらの番号に覚えはないだろう。
「夜分遅くに失礼します。ご無沙汰してます、綾小路です」
そう名乗り、まずは誰であるかを理解させる。
「え? 綾小路……? 綾小路くんか」
苗字とそして声から、坂柳理事長は理解して驚きを見せる。
ぶさた
あやのこうじ
35ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
みょうじ
いたら
まなむすめかわい
こちらが無意味な悪戯で電話したわけではないことを、早々に伝える必要がある。
「突然のお電話申し訳ございません」
「いやいや、驚いたね。どうして僕の電話番号を知ってるのかな?」
「娘さんにお聞きしました。学校関係者と連絡を取る時に使う電話番号だと」
学年末試験の帰り道、坂柳に尋ねたところ二つ返事ですぐに教えてくれた。
「理事長も娘さんにだけは、電話番号を教えていたんですね」
贔屓はしていないだろうが、やはり愛 娘は可愛いということだろうか。
そう思っていたが、坂柳理事長の反応は意外なものだった。
「有栖が……? いや……僕は娘にも電話番号は教えていないよ」
驚きながら、そう否定した。
「一体、いつどこで知ったんだか」
苦笑いしている様子の坂柳理事長。その話し方に嘘は感じられない。
「普段から理事長の電話番号は伏せられているんですか?」
「先生方はもちろん全員知っているし、関係者に配る資料なんかには載せているか
な ……」
であれば、入手自体はそれほど難しいものじゃないということだ。坂柳がどこかで目に
決して、記憶していたとしても不思議はない。ただ気になることはある。坂柳理事長は大切
36ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
な娘であっても公平性を貫く男だろう、泣きつかれて手を貸すとは思えない。では、何故
わざわざ電話番号を記憶していたのか。近況報告や雑談話をするためでもないだろう。
オレは坂柳に電話番号を聞いた時、嬉しそうに答えてくれたことを思い出す。
もしかしたら、坂柳はいつかオレが困って理事長の電話番号を聞いてくるかもしれな
い、そんなことを想定していたのかもな。
「それで……僕は君に対してどう反応すればいいのかな?」
電話番号の入手方法よりも、理事長にしてみればそちらの方が重要だろう。
生徒からの直通など、歓迎していないことだけは確かだろうしな。
「理事長に電話してはいけない、というルールはありませんよね?」
先にその点だけは確認して
この時点でアウトだと言われれば、通話を続けることは出来ない。
「確かにそれはないね。この電話自体は、僕が拒絶すべきものではないよ」
そしてこうも続ける。
「個人的には、早くこの電話を終わらせるべきだと思っているよ。僕に何の用件かな?」
向こうは困惑している様子だったが、こちらを咎める様子はない。
まぁ理事長に電話してはいけないという罰則規定はないだろうからな。
「坂柳理事長。今不正疑惑で謹慎とのことですが、こちらは真実ではありませんよね?」
とが
37ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さかやなぎ
「随分と学生らしくない、そして直接的な質問だね。当校の生徒が理事長にするような話
としては非常に不適切だ」
あくまでも物腰柔らかく、こちらの質問に対しての回答を避ける。
だが話すべき本題にも直結していること。
ここはもう少し粘る。
「出来れば答えて頂けないでしょうか」
あやのこうじ
「……綾 小路くん。君の狙いが何かは分からないけれど、それは答えることが出来ない。
その理由は話すまでもないね?」
「学生に聞かせるような話ではないから、ですよね?」
「そうだよ。何の関係もない話だ」
坂柳理事長の置かれている境遇や立場。それは学校の生徒には本来無縁のもの。
そうやって拒否するのは、至極当然の反応と言える。
「百も承知です。しかし、そうも言っていられない事情があります」
まずは坂柳理事長にこちらの状況を知ってもらう必要がある。
「どんな事情があるのか知らないけれど、君は当校の生徒だ。そこには綾小路も坂柳も関
係ない。そのことをはき違えていないよね?」
子供を適当にあしらうのではなく、きちんと丁寧に説明をする坂柳理事長。
38ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
その対応からも人間として出来た男であることは窺える。
「もちろんです。オレ個人と坂柳理事長の間に生徒と学校関係者以上の接点はありませ
ん。いえ、あってはならないと思っています」
そんなことで特別な枠に入れられることを、オレは誰よりも望んでいない。
「ならこの電話はもう終わるべきじゃないかな。今日のことは聞かなかったことに
つきしろ」
「いいえ。それでは『不純物』を取り除けません」
その一言で、坂柳理事長に事態を飲み込ませるための合図、スタートとする。
「今、僕たちの間に不純物があると?」
「はい。その不純物とは、月城理事長代行のことです」
そして遠回りをしても得はないため、一気に本題を切り出す。
「……月城くんがどうかしたのかな」
僅かにだが声のトーンが変わる。
思い当たる節があるからこそ、不純物=月城の図式がすぐに脳裏に過ったはずだ。
「生徒同士が実力を競い合うための大切な試験で、月城理事長は私的に活動し妨害工作を
期 行いました。坂柳理事長はそのことをご存知ではありませんね?」
球 「話の全貌が見えないよ。月城くんが試験に介入? 一体何のことだか……」
つきしろ
「スト
39ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さかやなぎ
ぜんぼう
しわざ
あくまでも、表面上は知らぬ存ぜぬを装う坂柳理事長。
こっちの真意が見えないのだから、当然の反応か。
「坂柳理事長に不正疑惑が持ち上がったのも、月城理事長代行の仕業です。公平な立場を
重んじる坂柳理事長を邪魔に感じたのでしょう」
電話の向こうで坂柳理事長は少し考えている様子だ。
ホワイトルーム関係で繋がりがあるとはいっても、オレは一介の生徒。
大人の事情を話す相手として適任ではないだろう。
だが、全てがオレに起因しているのなら話は別だ。
いやそんなことは坂柳理事長も早い段階から察しがついていたはず。
しかし実害が出ない限り、何も行動は出来ない。
「どうして月城くんがそんなことを? 彼は元々上の人間だ。わざわざ僕なんかを蹴落と
す必要はないんじゃないかな。この学校にきて試験を妨害する? 必要性が感じられな
い」
これは最後の確認だ。
オレと対等に情報を共有できる相手かどうかを見極めるための確認。
月城の狙いは 密裏にオレを退学させることです。そのためだけにこの学校に来た」
こちらが理解していることを、ここで確実なものとさせておく。
40ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
秘ひ

「根拠があってのことでないなら問題発言だ」
「そうですね。しかし悠長に駆け引きをしている時間はありません。あの男は目的完遂の
ためには手段を選ばないでしょうから」
理事長がどこまで父親のことを知っているかにもかかっている。
希薄な関係であれば、そこに現実味は生まれにくい。
だが、これまでの電話の応対を見ていれば大体の予想はつく。
この坂柳理事長は父親のことを、父親の思考をよく理解している。
「先生が……お父さんが君を連れ戻すためだけにそこまですると?」
その根拠とも言えるセリフが、今のセリフだ。
オレはまだ月城の裏に父親がいるとは口にしていない。
それを確認するまでもなく結びつけていることが証拠だ。
「学年末試験で妨害工作があったと言ったね。何か実害があったというのかな」
当然ながら、坂柳理事長は今回の特別試験の裏側を知る由もない。
知っていれば、今頃何かしらのアプローチはあって然るべきだ。
「これからお話しします」
学年末試験で月城は、システムを掌握しこちらの答えを改竄した。
プロテクトポイントを外させるために、1勝を奪いさった。
しか
41 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
しょうあく
かいざん」
がいい
あやのこうじきょたか
たかが1勝、されど1勝。
それは学年全体に影響を及ぼす不正行為。
もしもこの1勝があれば、オレたちのクラスは上位クラスにグッと詰め寄ることができ
ていた。
オレが経緯を説明するに連れ、少しずつ応答が弱くなっていく。
たかだか1人の生徒を退学させるために、どんな手でも使うことが明確になったから
だ。
そしてこれは終わりじゃない。
綾小路清隆という生徒が退学するまで続く、その始まりであることを意味している。
「と、そんなところです。信じていただけますか?」
普通なら生徒の戯言だと取られても仕方のない話でもある。
だが坂 柳理事長はオレの父親を知っている。オレの過去を知っている。
おのずと勝手に結論を導き出してくれる。
あることもないことも含めて。
「信じるしかないだろうね。彼が君を退学させるためにウチに入り込んできたことを。新
システムの導入は聞いていたけれど、まさかそんなことのために……」
名目は学校や生徒のためだが、その実はオレを退学させるための1つの手段に過ぎな
たわごと」
さかやなぎ
42ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
い。
つきしろ」
かな。
「綾小路くんを取り戻すためには、なりふり構わないということか。君が僕に連絡してき
た意味が理解できた気がするよ。生徒にはどうしようもない話だからね」
一度状況を理解してもらえれば、坂柳理事長ならそう言うと思っていた。
「僕に助けを求めてきた、ということでいいのかな」
「似たようなものです」
それを素直に認める。
目には目を歯には歯を。
学校側の戦いには学校側の人物をぶつけるしかない。
まして理事長という立場にある月城とは普段接触することも敵わない相手だ。
「だけどその前に聞かせて……いや、確認させてもらってもいいかな」
「なんでしょうか」
答えられることも答えられないことも、望む回答を用意する心構えを作る。
継 「試験の結果にまで介入する月城くんを相手にしなければならないのは、君にとっては非
常に厳しい戦いだ。この先凌ぎる続けることが難しいと判断して僕に助けを求めてきたこ
とからも、ピンチであることは疑うまでもないし。なのに君は随分と落ち着いているね」
そしてこう続ける。
* 「もしも勘違いしているのなら、先に訂正しておきたいんだ。僕は君の期待に応えられる
しの
43 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
つきしろ」
きゅうち
るな
自信も、そして立場にもないよ」
何を言いたいのかは分かる。
さかやなぎ
坂柳理事長の鶴の一声で、月城を排除できないか。
そんなことをオレが期待して電話をかけてきたとしたら。
だとしたらお門違いだと言いたいのだ。
「僕は今、不正疑惑を受けて謹慎させられている身。自分自身の窮 地すら凌ぐことが出来
ていない。そんな僕に過度な期待をされても困るよ」
だから焦りすら感じられないオレに対してハッキリとその部分を強調したのだ。
「確かに純粋な助けを求める電話であれば、そうだったかも知れませんね」
「……と言うと?」
「これまで、オレは極力目立たないことを信条としてこの学校で生活を送ってきました。
それは普通の学生として3年間を過ごしたいと思って入学したからです」
それが入学前の目標。気持ち。ここにやってきた本心。
「生まれて初めて、オレは自分で目標を立て、そしてそれを実行しようとしてるんです」
「……うん。それはよく分かるよ。だから僕は君を受け入れた」
事情は知らなかったが、結果的にその好意にはとても感謝している。
「ですが、このまま理事長代行の介入を許せばその根幹を揺るがすことになる。今回はプ
ロテクトポイントで助かりましたが、次に同じようなことを許せば退学は避けられない」
44ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
おきて
月城も当然、その立場を利用してこちらの想定を上回る手を打ってくる。
中途半端な対処では、学校側の不正に対して反撃することは出来ない。
つまりこれまでと同じようなスタンスではダメということだ。
「だから僕に助けを求めてきたんだよね? それが違うと?」
「今回お電話した目的は、坂柳理事長に『月城』を止めて欲しいというお願いではありま
せん。相手が掟破りの戦略を使ってくるのなら、こちらもそれに合わせて動く。結果的
に、学校は騒動に巻き込まれるかも知れません」
「なるほど。つまり僕に電話をしてきたのは……」
「ええ。不測の事態が起きた時、後ろ盾になる存在が必要不可欠です」
月城の排除を頼みたいのではなく、月城を排除した時に生じる弊害の話。
刃物で刺してくる相手を刺し返した時、正当防衛だと認めてくれる存在が必要になる。
その時に学校側の手助けが必ず必要になるだろう。
そして、その時に切り札となりえるのが坂柳理事長ということだ。
月城を排除して疑惑を晴らせば、理事として復帰してくることは目に見えている。坂柳
理事長としても、疑惑を晴らすためにピースとなりえるオレは歓迎すべき材料のはずだ。
ただ子供に期待を寄せて良いのか躊躇われる部分があるのだろう。
それを取り除いてやることが重要だ。
「だけど本当に月城くんを止められるのかい? とてもじゃないけど一生徒には……」
45ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
うかが
しの
「確かに理事長の権限を持つ月城は厄介です。生徒と違って試験で蹴落とすことも出来な
い。その点は大きな違いです」
それに普段は姿を見せないため、攻撃を仕掛けることすら許されない。
一方的に仕掛ける時だけ自由に動けるcheatingな存在。
「ひとまず、こちらから仕掛けられない以上月城の出方を窺います」
「それで彼の攻撃を凌げるのかい?」
「必要な手立ては幾つかあります。まずは最低限の防衛網を広げる必要があるでしょう」
あの男の指示を受けているのなら、月城にもそう長い猶予はないはずだ。
悠長に1年も2年もかけて退学に追い込んでいたら意味がない。勝負に出るとしたら春
休み明けの4月。そこでの攻防が中心だろう。そこを凌げば、こちらから仕掛けずとも必
然的に月城は追い込まれる。追い込まれれば無理な一手を打たざるを得なくなる。
「タイムリミットこそが、ヤツの唯一にして最大の弱点となります」
こちらはその時に、万全の態勢で挑む。
「学校関係者に対する生徒の発言とは思えないね。普通の人が聞いたら激怒してもおかし
くない……。だけど先生の息子さんだと知ったうえで聞くと不思議と受け入れられてしま
う」
46 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「敬うべき存在にはこちらも適切な態度を取ります。ですが、生徒同士で争う場所で強引
ようしや
さかやなぎ」
に手を突っ込んでくる大人には容赦するつもりはありません」
坂柳理事長は返事こそしなかったが、それを受け入れるように聞き流す。
「容赦しないとして、月城くんからの妨害をどうやって防ぐつもりなのかな」
どうやって防衛網を広げるのか、その手段を聞きたがっている。
やるべきことは決まっている。
不正を許さないためには、こちらも学校側の人間を使う以外にない。
「まずは、月城に対抗できる学校側の人間が必要不可欠です。監視の目が強まるだけで、
一気に身動きを制限させられますから。今回のように楽には動けなくなる」
相手に楽をさせないこと、それは如何なる勝負事でも必須行為。避けては通れない戦
略。
権力者である必要性はない。立ち向かう勇気を持った存在が求められる。
「そうだね、それなしでは始められないと僕も思う」
どうやら坂柳理事長も、自分が何を求められているかを理解したようだ。
学校側の事情をオレは知らない。誰が信用出来て、誰が信用出来ないのか。
月城という組織の偉い人間に対しても正義を貫ける人物がいるのかいないのか。
城に寝返る可能性のある教師は引き込めない。
電話の向こう側で、坂柳理事長が考え込む。
ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
人員の選択が運命を分けることが何よりも大切だと理解しているのは、坂柳理事長をお
いて他にいない。
ちやばしら」
「担任の茶柱先生のことは、もう分かっているね? 僕が君を見守るようお願いしておい
た存在だ」
「ええ。こちらの事情を少し知ってるようですね」
「うん。現実味のない話に対して、少なからず理解している存在だ」
使える使えないは別にして、な。
「オレも事情を知る者の無視は出来ないと思っています。彼女を基点に、信頼できる教師
をこちら側に引き込めればベストです」
自分の父親が息子を退学させるために坂柳理事長を失脚に追い込み、学校の試験を操作
しているなどという話をしても誰も信じるはずがない。だが茶柱が事の詳細を話せば話は
変わってくる。
? 「それなら―」
「少し考えた後、坂柳理事長が出した答え。
「やはり1年Aクラスの真嶋先生が適任だろう。君たち1年生の試験の担当者でもある
堀 し、誰よりも生徒のことを考えている。子供たちのことを一番に優先する素晴らしい先生
だょ」
さかやなぎ
ましま
48ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「この現実味のない話に、リアリティを感じてくれる存在でしょうか」
「どうだろうね……すぐに受け入れられるとは思えない。だけど、このことが事実である
と理解すれば必ず生徒側に立ってくれる。それは保証するよ。彼は権力に屈さず、そして
信念を貫き通せる教師だ」
それ以上の適任者がいないなら、こちらから不満を言うことは何もない。
むしろ身近にそんな教師がいたのなら上出来とも言える。
「茶柱先生とは同期である点も期待できる。話を繋げるのも難しくないはずだ」
「分かりました。真嶋先生ですね。まずは茶柱先生に話をして話し合いを持てるように動
いてみます」
「でも簡単にはいかないよ。学校の多くは人の視線、そして監視カメラで溢れてる。会う
タイミングと場所は慎重に考えた方がいいね」
つきしろ
- 月城が四六時中オレを監視していることはない。とは言え、何かしらの警戒を持ってい
ても不思議ではないからな。オレと真嶋先生が内密な話をしていれば、そこに疑いの目を
向けられるのは避けられない。
普段どこにいるのか知らないが、月城はある程度自由に行動できる。こちらと不意の
バッティングなんてことになったら笑えない。
「何か助言を頂けるなら、こちらとしては動きやすいんですが」
49ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
高度育成高等学校を、そして理事という職務を誰よりも知る坂柳理事長にアドバイスを
求める。
「早急に動くなら……そうだね、卒業式が終わった後は、3年生と教師たちが集まっての
謝恩会が開かれる。そこには理事長も毎年参加する決まりだ。つまり月城さんも必ず参加
する。興味があろうとなかろうと、責務は果たすだろう」
たいまん
「理事長としての職務を怠慢にこなせば、学校からの批判も強まりますしね」
「うん。そういうこと」
好き勝手動くためにも、月城は坂柳理事長よりも出来る男を演じなければならない。
つまり監視の目が必然的に緩む瞬間。
「1年生の担任も参加されるのでは?」
「謝恩会は表向き1時間ほどとなってるけど、例年少し延長しての分を目安にしているん
だ。3、3分先生が2人消えても、それほど問題は生じないんじゃないかな。席を外すこ
? とは普通に起こりうることだし、基本的に必要とされる先生は3年生の担任だし」
密会を行うに適したタイミングは卒業式の後、謝恩会の時か。
「場所は応接室がいいんじゃないかな。応接室には監視カメラもないから。それを
利用するのが一番かも知れないね」
つまり会っていた明確な記録が残ることはない。
教師たちに生徒の寮に来させるわけにもいかないしな。
50ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さかやなぎ
ましま
「こちらは、その提案に異存ありません」
その方向で話し合いの場を設けることに賛成する。
「最初の一歩。茶柱先生には、僕が簡単に連絡しておくよ。だけどどこまで話すかは君が
判断するんだ。そのうえで説得できないようなら、諦めてもらうしかないと思う」
「十分すぎるほどです」
坂 柳理事長からの連絡ともなれば、茶柱も、そして話が行く真嶋先生も無視できない。
この電話で得られる可能性のあった最大限のアシストを貰えたと言える。
「夜分遅くに、突然のお電話失礼しました」
「いいんだ。 あ、最後に1つ、僕から余計なことを聞いても良いかな」
「余計なこと、ですか」
「君が普通の生活を夢見てこの学校に来てくれたことは素直に嬉しく思う。でも、卒業後
のことは何となく考えているのかな? 何がしたいとか、どこに進みたいとか」
そんなことを聞いてくる坂柳理事長。
「どこまでご存知かは分かりませんが、オレの運命は決まっています」
「……それはつまり……」
その反応だけで十分だった。
「卒業後、オレはホワイトルームに戻り、そしてそこで指導者としての道を進むことにな
51 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
るでしょう。あの男もそのためだけに、ここまで育ててきたわけですしね」
この学校を出てしまえば、オレを守る防壁はどこにもなくなる。安アパートの一室、夜
襲でも何でもしてホワイトルームに連れ戻すことは、難しくないだろう。
「君は運命を受け入れた上で……その上で、今ここにいるんだね」
「だからこそ、この3年間を守り通すつもりでいます」
簡単に言えば反抗期のようなもの。
父親の命令を拒否して、やりたいことをやっている。
「君にとってこの学校が生涯忘れることのない良い記憶になることを願うよ」
「ありがとうございます。そのつもりです」
坂柳理事長との通話を終え、オレは一息つく。
どこまで信用していいかという部分はあるが、少なくとも月城側でないことだけは確
か。
さかやなぎ
つきしろ」
あとは娘が学生で、オレの同学年であるというのも優位になるだろう。
52ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
それが、オレと坂柳理事長との昨日のやり取り。
そして今、まさにセッティングされた応接室に向かっている途中だ。
ちゃばしら」
どこかで合流していくという流れではない。
着いた応接室前。
既に誰かが来ているのか、あるいはオレが一番乗りか。
「失礼します」
ノックをしたのち、応接室に足を踏みいれたオレは茶柱に迎え入れられた。
窓際に立ったままこちらへと視線を向けてくる。
「早い到着だな綾小路。時間まではまだ10分以上ある」
「あまり時間がギリギリになってもと思いましてね。そちらも早いみたいで」
こちらを窺うような眼差しを向けつつも、言葉を選んでいる様子の茶柱。
坂柳理事長から話を聞かされた時、どんな風に考えたのかは大体察しがつく。
ソファ ーは空いているのに両者座らない不思議な状態が出来上がる。
あやのこうし
嶋先生は?」
53ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「声はかけてある。私と一緒に抜けるわけにもいかないからな。しかし、おまえも思い
切ったことをしたものだな綾小路。平穏な学校生活を送りたいんじゃなかったのか?」
- 真嶋先生が現れるまでの間、茶柱の言葉遊びに少しだけ付き合うとするか。
「最初にその平穏を乱しておいて、随分な言いようだな」
「事情はどうあれ教師に対する態度とは思えないな。改めるつもりはないのか?」
すいぶん
おも
「教師にあるまじき行動を取っておいて、随分と都合の良い話だな」
何でもない一介の生徒であるオレを脅してまで、Dクラスを上のクラスに引き上げさせ
ようとした。そのことに対してオレは不信感……いや嫌悪感を強く抱いている。
茶柱はどこかバッが悪そうに視線を外す。
「確かに、それは否定できないな」
それだけ内心ではAクラスへの想いが強かったというわけだが。
坂柳理事長に信頼されて頼まれた手前、表立ってオレを使うわけにはいかなかったのだ
ろうが、もっとうまく立ち回るべきだったな。
いやーどんな方法で来ていたとしても同じことだったか。
茶柱からの説得で態度を軟化させることはなかっただろう。
とは言え1年経って、こちらの事情も当初からは大きく変わってきた。
「おまえには嫌われている。だが、何故私に声をかけた、綾小路」
自分がこの集まりに呼ばれたことが不思議でならないらしい。
真嶋先生を引き入れるための駒とはいえ、確かに外すことも出来た。
あえてそれをしなかった理由を知りたがるのも無理はない。
「少なくともあんたを好きじゃないことだけは確かだ」
「そのようだな」
あやのこうじ
54ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
感情はどうあれ利用できる状況は何でも利用しなければならない。
何故なら、好き嫌いと損得は全く別の問題だからだ。
茶柱がいることで真嶋先生の説得が1ミリでも優位に運ばれると判断したからこその
今。
ちやばしら」
「どこまで聞いた?」
「私から真嶋先生に声をかけ、この集まりの場をセッティングすること。そしておまえか
ら重要な話があるので協力してやって欲しい、ということだったが……」
まだ月城については何も聞かされていないか。
理事長は完全にこちらに、全ての権利を与えてくれるつもりらしい。
「それで? 私たちに何の用だ」
「それは真嶋先生が来てから。二度話すのは手間なだけだしな」
「どんな話かは知らないが、私に協力を要請するのならそれ相応の態度があるだろう?」
これまで防戦一方だったからか、茶柱はそんな風に抵抗を見せてきた。
「坂柳理事長の指示には教師として基本的には従うが、絶対ではない。意味は分かる
な?」
「そんなにオレの態度が気に障るのか」
「ああ、障るな。ある程度優秀だろうとまだ高校1年生だろう? それに、クラス対抗と
ようせい
55ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
いつだつ
はいえ学年末試験では坂柳に遅れを取って敗北した。私が期待していた掟破りの実力は保
持していなかったことになる」
期待通りの実力者じゃなかったことに、勝手に落胆しているということか。
「実力があれば多少の言動は大目に見る。だが、格付けが済んだなら話は別だ」
Aクラスである坂柳に勝てなければ茶柱の理想は叶えられない。
いつまでもオレにマウントを取られたまま、黙っていられないらしい。
教師である茶柱だが、今回の件は普通の職務内容からは逸脱したものになる。
話の内容次第では拒否することも、当然できる。
そして場合によっては、月城側につくことも出来てしまうだろう。
オレが完全にコントロール下から離れたことをアピールし続けても、逆効果。
ある程度の知恵があるようで安心しつつ、オレは一度息を吐く。
「分かりました。一度態度は改めます、茶柱先生」
「なに?」
あっさりと肯定して見せたことに驚く茶柱。
あの程度の抵抗で、こっちが折れてくるとは思わなかったのだろう。
この後の話に繋げるためでもあるが、オレを手懐けられる可能性を残してやる。
いや、その可能性だけでは茶柱が全面から信頼することなど到底できるはずもない。
56ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
てなび
ちゃばしら」
内心ではオレが舌を出しているんだろうと、勝手にイメージしているだろうからな。
オレという存在がDクラスにとってプラスであることを押し出していく。
「少し考えが変わりましてね。4月からは本気でAクラスを目指すつもりです」
「何の冗談だ? この場を設けたこともそうだが、いったい何を考えている」
「本当の話ですよ。2年の終わりにはDクラスやCクラスの枠を出ている予定です。流石
にクラスポイントの差がありすぎるので、2年生の間にAクラスに上がれる保証は出来ま
せんが……。Bクラスは手堅く取るつもりでいます」
それは茶柱にとって、本来一番望んでいるモノ。
うろこ」
57ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
DクラスがAクラスに上がること。
かつて、この学校で誰も成しえたことのない領域。
「目から鱗、だな……。だが口約束などいくらでもできる」
「確かに。ですがAクラス行きの切符は手元に残したいんじゃないですか?」
切符が本物にせよ偽物にせよ、手ぶらよりは遥かにマシだ。
「さっきも言ったが、おまえはAクラスとの学年末試験で負けた。3勝4敗と善戦はした
が負けは負けだ。運が大きく絡む試験とはいえ、それを言い訳にさせるつもりはない」
改めて買い被り過ぎていたことを強調される。
「どんな相手、どんな試験でも勝って見せる。それくらいの過度な期待を抱いていた」
実に身勝手な幻想を抱いてくれていたものだ。
「今日、この後の集まりでその真実も見えてきますよ」
「真実が見える……?」
「話を最後まで聞いたうえで、オレの実力が信じられないなら好きにすればいい」
「それはどういう―」
追及しようとする茶柱だったが、応接室に響く力強いノックに言葉が遮られる。
「……はい」
茶柱が返事をすると、真嶋先生が応接室へと入ってきた。
「既に集まっているようだな」
そして
「御機嫌よう」
Aクラスの生徒、坂柳有栖。
彼女もまた、真嶋先生と同行するように姿を見せた。想定外の来客。
こちらから呼んだ覚えはなかったが、真嶋先生が声をかけたとも考えづらい。
「私はAクラス。真嶋先生と一緒のところを誰かに見られても差し支えはありません」
言うまでもないだろうが、とフォローを入れる坂柳。
「茶柱先生からの通達を知っていた。今回の件にも関係があると言われ連れてきた
58ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さかやなぎ
ちゃばしら」
坂柳理事長は、娘の方にオレからの電話を受けたことを話したのだろう。
念には念を。オレが本当に娘を経由して連絡してきたのか裏取りをしたってところか。
しかしこの場に坂柳が現れた理由と関係があるのかどうか。
何かしらの役割を仰せつかったのか、あるいは単なる好奇心か。
十中八九後者だろうな。
「問題ありません。想定内です」
オレは来客を歓迎すべき対象として受け止め、そう答える。
坂柳はクスリと笑い軽くこちらに会釈。
その後、茶柱の方には一切視線を向けることもなく応接室の扉を閉める。
坂柳がこの場に現れたことに茶柱は理解力が追いつかないようだ。
いや、それは真嶋先生も同じだろう。
ともかくこれで、必要な人間は揃ったことになる。
限られた時間を有意義に使わないとな。
「俺に話があるそうだな、綾小路。わざわざ坂柳理事長からの通達に加え、謝恩会を抜け
出しての密会のような真似事……余程のことなんだろうが、どういうことだ」
「これからお話ししますよ」
オレは2人の教師に対し、まずは座るように促した。
あやのこうじ
59ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
しかし真嶋先生はまず坂柳に座るよう指示をする。
「ではお言葉に甘えて」
足にハンデを負う坂柳を座らせ、真嶋先生は立ったまま腕を組んだ。
自身が座るかどうかは、話の内容が見えてからということだろう。茶柱もそれに合わせ
る。
つきしろ」
3人の視線がオレに注がれる。
謝恩会を抜けていられる時間は精々3、3分。非常に限られた時間だ。
単刀直入に話すつもりだが、果たしてどのタイミングで理解が及ぶか。
一度や二度の話で、簡単に理解されるほど状況は現実味を帯びていないからな。
時間を惜しみ、オレは月城理事長代行の話を始めることにした。
「忙しいタイミングに集まっていただいたのは月城理事長代行に関しての重要な話です」
「……月城理事長代行に関しての重要な話? 一体何を言っている」
冒頭から想定外の話を切り出され真嶋先生は困惑の色を強める。
突拍子もないことを生徒が言い出せば、そんな顔をするのは当たり前の反応。
茶柱も同様に話についていけていないようだったが、この場に現れた異例の人物である
坂柳へと一度視線だけを向けた。そんな視線を坂柳は正面から受け止め、不敵に笑う。
おまえたちより、私の方が詳しい事情を知っている。
そんな愉悦さえも感じさせるような表情を見て、実に坂柳らしいと思った。
60ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ゆえつ
「学校の在り方そのものを揺るがす、見過ごせない事態が今引き起こされています。お二
人にはその事態を収束させるため、極秘裏に手を貸していただきたいと思っているんで
ごくひり
61 ようこそ実力至上主義の教室へ11.5

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