#5[SakaUra/ShimaUra] 【番外】カンペキカレシ(?)だって譲れない!

Author: しおん

Link: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20644140

-----------------------------

俺ことうらたは、そりゃあもう不機嫌だった。丁寧にリップを塗ってぷるぷるにした唇をむっと前に突き出し、ぶらぶらと足を前後に揺らす。
夕暮れすぎの教室には人っ子一人いなくて、オレンジがかった夕日が差し込みつつあった。本当は、こんなはずじゃなかったのに。ちろりと見た隣の席には俺のものでは無い鞄が置いてあった。部活の鞄と纏めて乱雑に机に置かれたそれは、坂田のものだ。

(...でーと、する予定だったのに)

そう思うと寂しさと怒りとが湧いてきて、つんと突き出していた唇がもっと尖ってしまった。俺が行きたいって言ってたクレープ屋、俺の行きたいアピールを察したのか、せっかく誘ってくれたのに。
俺をここまでひとりぼっちにさせている坂田は今、こないだの中テストの出来が悪すぎたとかで個別補修を受けている。知ってたらこの日にしなかったのに、というか坂田がすぐ終わるって言ったからこうして待ってるのに。全然終わんねーじゃん、ばか、あほ、おたんこなす。

「...はぁ」

ごめん!30分位で終わる!と手を合わせ直角に頭を下げてきた坂田にじゃあ待ってる、終わったら行こ、と返事をした俺は天使だったんじゃないか?その会話をしてからもうすぐ長針が一周する。クレープ屋の営業時間もきっと今からでは間に合わないだろう。
あの数学教師め、当日に補習あるって言いやがって。小指ぶつけろ、と願った後にひとつの可能性に気がつく。いや待てよ、どう考えても教師が補習を当日に言う可能性よりも坂田が忘れ去ってた可能性の方が高い。戦犯はやっぱり坂田だ。クレープ奢れ。
ちょくちょく聞こえていた部活をする声も、時間的に片付けに入ったのかもう聞こえない。今はテスト期間でもないし、課題も一通り終わった。スマホを触るにしても今は特にしたいこともない。つまり暇だ。とんでもなく暇。元々友達はそう多い方じゃないけど、話しかけてくるクラスメートの男子や坂田やセンラで周りは結構賑やかだ。というかもはやうるさい。だからこうしてそばに誰もいない教室が新鮮で、そして寂しかった。隣にいるはずだった人がいないのが。

「今のシチュエーション自体は漫画でよく見るやつなのに〜〜くやしい!もー!」

放課後の教室に2人っきり、なんて少女漫画の定番中の定番だ。元々漫画は好きだし、初めてのコイビトさんだし、こういうテンプレは全部経験してみたい。恥ずかしくて坂田には言えたもんじゃないけど。
あーあ、と顔を伏せた机は坂田の隣の子のもの。俺の席は廊下側で坂田は窓側だ。40人近くいる教室で隣になれるなんて奇跡は起きず、ほぼ正反対に近い席で授業を受けている。しかも前1回席隣なっちゃったし。せっかく隣の席になるなら付き合ってからが良かったなあ、なんて。そんなことを思いながら坂田の机の角をそっと撫でた。ずるいな、なんて。今座っている席の子にちらりと芽生えた嫉妬心に、自分の余裕のなさを実感した。だって、好きなんだもん。俺の知らない坂田を他の人が見てると思うとくやしくなる。

「こんなにかわいい俺を1人で教室に残して、不埒な奴が来たらどうするんだよ、警戒心ないんじゃないの?」

ぶつくさとそう呟く。かぁ、と間の抜けた声で鳴いたカラスにそういえば今の状況ちょっとホラーっぽいなと思いぶるりと震える。暗くなってきた外、蛍光灯が人工的な光で照らす教室、1人の部屋。
怖いのは嫌いだ。ああもう、坂田さえいればこんなことにはならなかったのに。内心で舌打ちしそうになったその時、廊下を歩く足音が聞こえた。上履きと廊下が擦れてきゅっきゅっと鳴る音が次第にこっちに近づいてくる。見回りの先生かな、と思いつつも少し警戒して開いている前の扉をじっと見つめる。近付いてきた足音、人影が見えて。

「あっ」
「おっ」

がっちりと重なった目線に思わず声が漏れる。先生ではなかったその人は、ゆるくブレザーを着崩した紫髪の。

「どしたんうらたさん、こんな遅くまで1人で」

そう言いながら普通に教室へと入ってくる志麻くんに思わず反射で目線を伏せた。坂田のことを好きになるその直前まで大好きだったその人は、俺が恋したその時と同じ表情でこっちに笑いかけてくる。
臨海学校で俺は坂田の告白に返事をし、無事に付き合った。そしてまた、臨海学校の肝試しで俺は志麻くんに告白もされた。真っ暗な中触れたあの体温を思い出すと、気恥しいような切ないような気持ちになる。大好きだった人の告白を受け入れなかった俺は、一方的に気まずさを持っていた。仕方ないじゃん、あんなに好きだったんだから。志麻くんをフったなんて、前の俺が見たら殺される。冗談じゃなく。

「んー、ちょっとね。人待ち。志麻くんは?」
「俺?俺は部活終わり。ちょっと教室に忘れもんして取りに来たとこ」

歩いてこっちまで来た志麻くんは俺が座る前の席に腰掛けた。椅子の背を掴んでこっちを向いた志麻くんの表情はいつも通りで、特に気張った様子もない。こっちだけ身構えてるみたいでちょっと恥ずかしい。

「幼なじみくん?」
「あー、うん、そう」

その絶妙に距離を取った言い方に、坂田から聞いた臨海学校での志麻くんの話を思い出す。志麻くんからの告白を断った後、坂田は志麻くんに俺に告白したと坂田に宣言したらしい。文にするとややこしいけど。
俺は志麻くんに告白される流れで坂田のことが好きになったと明かしたものの、直接付き合ったとは伝えてなかった。でもまあ、坂田はああいうやつだ。教室でもどこでもべたべたくっついて来るし、甘ったるい雰囲気も隠せない。人伝にはもう聞いていることだろう。そのはずなのに、坂田を幼なじみと呼ぶ。その敵愾心に志麻くんの本気度を知ったような気がした。

「こんな時間まで大変やな、先帰っちゃう?送ってくで」
「あー、いや、でも最終下校そろそろだし待つよ。ありがとね志麻くん」
「そっか」

そう言ったあと黙り込んだ志麻くんに少し気まずく思いながら、坂田はまだかなと廊下に目線をやる。その俺を見ていた志麻くんが、ふとぽつりと呟いた。

「俺があの子と付き合う前だったら、うらたさんは俺と帰ってくれた?」
「え、あ、うーん」

あの子、こと綾瀬さんは一時期志麻くんと交際していた子だ。あまりにイモい見た目で俺の(と当時は思っていた)志麻くんに近付くものだから、つい煽らずに居られなくて。それに奮起して見事に垢抜けた彼女と志麻くんは交際した。そして俺は失恋した。そこに漬け込んだ、と言うと体裁が悪いけど、俺の心にぽっかり空いた穴に寄り添ってくれたのが坂田だ。ある意味あの子は俺と坂田のキューピットである。
結局夏休みの臨海学校前には別れてしまったと本人に聞いたけど、ううん。

「多分、帰っただろうなあ」

あの頃の俺に志麻くんより大事なものは無かった。志麻くんに少しでもかわいいと思って欲しくて身なりに気をつけて、志麻くんの気を引きたくて料理を頑張った。あざとい仕草にも磨きをかけた。
その過程で随分と色々なことをおざなりにしてしまったと思う。坂田だってそうだ。幼稚園の頃からの付き合いで、うらさんうらさんと慕ってくれたのについ後回しにしてしまっていた。帰る約束をしていても、もし通学路に志麻くんがいたらごめん予定入った、とLINEを入れて偶然を装って一緒に帰ったりしていた。初めは一緒にご飯を食べていたのに、志麻くんと食べるようになってからは別々にしてもらった。

(...というか俺、ひどすぎ)

今思い直すととんでもないことばかりしている。恋は盲目と言うけれど、後から思い直すと自分の認識の3倍くらい盲目だった。よく坂田は俺の事を見放さなかったと思う。自分より付き合いの短い人が出てきて、その人に幼馴染との時間を取られて。
そこまで考えて、坂田からの告白の言葉を思い出した。ずっと前から好きだった、と真剣な顔で言っていた坂田。きっと、俺が志麻くんに夢中になった時からずっと耐えてくれていたんだ。俺の事を嫌いにならずに、ずっと好きでいてくれて。

「あん時の俺ぶん殴ってやりたいわ、愛情にあぐらかいてんじゃねぇぞって」
「でもね、志麻くんが振ってくれなければ坂田とも付き合えなかった訳だしね。その面ではちょっと感謝かも。当時は学校休むくらいショックだったけど」
「付き合った次の日の休み、やっぱそういうことやったんかあ...ほんとに、タイムリープしたいわ」

真剣な表情の志麻くんと目が合う。薄青がかった菫色の瞳が真っ直ぐに俺を捉えている。その瞳が浮べる真剣な色に、思わず背筋が伸びた。

「無理やり奪うなんてことせん。でもやっぱ俺、うらたさんのこと諦められん」
「や、でも、俺は坂田と」
「一旦坂田のことは忘れて、俺の事だけ考えて。俺と付き合って欲しい、全身全霊かけて幸せにする」

なんて返したらいいのか分からなくて息を飲む。好きでいるときに、志麻くんが俺の方を向いてくれることは無かった。友達とそれ以上の間に明確に引かれた一線が悔しくて、でもそのはっきりしたところも好きで。
付き合ったことは無い。けどずっと好きだった。ずっと追いかけてた。だからこそ、魅力もいい所も全部知っている自信がある。ああくそ、なんで俺なんだ。俺が惚れ込んだ世界一いい男には幸せでいてもらわなきゃ困るんだよ。

「それは、無理。ごめん。多分しばらくずっと無理」
「...俺のこと、嫌いになった?まあさんざん振っといて恋人出来た瞬間に恋自覚するような自己中な男、嫌われて当然やけど」
「違う、志麻くんはいい人だよ。俺が保証する、だってこの俺が好きになった人だよ?それだけで一生分の自信持てるよ」
「あーもううらたさんにはかなわんなあ...」

困ったような、優しい表情で笑う志麻くんに片思い時代の俺がほんの少し顔を出す。あ、その笑い方1番好きだったな、なんて。

「志麻くんのことが嫌いになったわけじゃない。ただ...なんて言えばいいんだろ、坂田のことがそれ以上に好きなの。今は志麻くんのことを恋愛的に好きな訳じゃない。もちろん人間としては好きだよ?」

こんなに志麻くんに押されてもぴくりとも揺らがない自分の心にびっくりする。思ってた以上に俺の心は今坂田だけで、思ってた以上に好きみたいだ。アイツこのこと知ったら喜びそうだな、なんて思ってみる。坂田は今でも志麻くんのことをライバル視している節があるから。もう俺と付き合ってるのは志麻くんじゃなくて坂田なのに、一体あいつは何をそんなに心配してるんだろうか。

「あいつも幸せなやつやな、うらたさんにこんなに想ってもらえて」
「それ志麻くんが言う?どっちかと言うとそれずっと坂田の方が思ってたと思うよ」
「そりゃそうやな。俺も世界一幸せなやつやったなあ」
「今気付いてももう遅いでーす。前も言ったけど逃した魚は大きいんだから。キハダマグロ位はあるよ」
「そりゃもうでっかいなあ」

優しい返しにふふ、と笑みがこぼれる。やっぱり志麻くんは優しくて面白い。恋人としてじゃなくて友達としてこれからも仲良く出来たら良いのに。

「...なあ、坂田のこと好き?」

急に囁くような声でそう言われ、一瞬フリーズする。さかた、あの坂田で間違いないよな。

「なに、急にどしたの?」
「いや聞いておきたくなって」

もしここではっきり好きと言わなかったら、志麻くんはきっぱり俺の事を諦められないかもしれない。もしかしたら俺からその事実を聞いて諦めたいのかもしれない。それならはっきり好きと言うのが仁義だ。

「好き、好きだよ」
「はぁ!???!!??!」

好きだ、と声にした瞬間に違う方向から馬鹿でかい叫び声が聞こえてきた。少し遅れてどんがらがっしゃん、と持っていた筆記用具と教科書が床に散る音がする。教室の後ろのドアにいるのは真っ赤な髪の、見慣れた人。
慌ててこっちまで来た坂田は後ろから俺の肩を掴んでぐっと引き寄せる。お前筆記用具拾え、と言おうとした言葉は思わず飲み込んでしまった。坂田の顔はもちろん見えない。けど、肩に入る手の力。志麻くんの好戦的な目線。あれ、もしかしてこれ結構修羅場?

「...うらさんと何してたんすか」
「途中から聞いとったから分かるやろ、見えてたで服の裾。頭隠して尻隠さずっちゅうやつやなあ」
「からかわんといて下さい、人の恋人にちょっかいかけるような奴やったんすかアンタ。ずっとうらさんに愛されといて、失った瞬間欲しがるなんて虫が良すぎるで」
「ちょっかいなんてかけとらんよ。真剣に交際を申し込んでただけ」
「...は」

うらさん、と耳元で震えた声がする。待って、またこいつ勘違いしてる。というか志麻くんが絶妙に勘違いするように持っていってる。

(好きって言ってってそういう事かよ...!!)

坂田に勘違いさせるためのアレか。俺に坂田のこと好き?って聞いてきた声は小さかった。教室の外から聞いていた坂田には聞こえてなかったはずだ。それどころか、変にこしょこしょ話しているようにすら聞こえたかもしれない。策士だ。
俺が言った好きは坂田のことだ。でも絶対坂田は志麻くんの交際申し込みに対する返事だと思っている。

「待って違う、誤解だって!」

ドラマとかで勘違いから生じた修羅場を見る時、なんであんなに誤解されるような発言をするんだろうと不思議に思っていた。でも俺のした発言は完全クロだ。浮気現場を目撃された時のテンプレを口にしてしまった。
後ろを向いて腕を掴む。目が合った坂田の顔は不安で歪んでいた。なんでこいつはこんなに絶妙に自分に自信が無いんだよ...!

「うらさん、やっぱ僕じゃあかんかなぁ?この性格悪い顔だけ男の方がいい?やっぱり」
「相手を下げて自分を選ばせようとするのは負け犬のやり方やで」
「ホンマにアンタは黙っとって」

うらさん、と口にした坂田の目が絶妙に潤んでいるのを見たらもうダメだった。坂田のワイシャツの胸元をぐっと掴み引き寄せる。予想してなかった力に簡単に近付いて来た坂田の顔に口を寄せる。
ちゅ、と微かな音が鳴って唇と唇が重なる。少しかさついている坂田の唇は俺のリップクリームが移り、少しつやつやしていた。それがなんだか気恥しい。目を丸くしている坂田に向かい不敵に笑って見せた。

「俺が好きなのはお前だって何回言えば分かんだよ、ウジウジしやがって、俺が彼氏として選んだのは坂田ひとりなの!もっと自信持って...」

とそこまで言ったところであることに気がついた。あれ、俺からキスしたの、初めてかもしれない。
ファーストキスは坂田に告白された時に奪われた。交際したあとも確かに何回かキスはしていた。でも、全部それは坂田から。確かに今なんかぎこちなかったもん、慣れてないって思われたかな、わ、なんか。

「...も、良いんじゃ、ない...?」

目をまんまるくした坂田の顔が真っ赤に茹だっていく。指で唇をなぞった坂田の口元が嬉しそうに綻んでいる。前に座っていた志麻くんが、お、と口にするのを聞いてもっと恥ずかしくなった。待って、思いっきり志麻くんの前でキスしちゃったじゃん。
かっと顔が熱くなる。初めて俺からちゅーしちゃった、下手じゃなかったかな、しかもそれ見られちゃった。頭の中がぐるぐるして、訳が分からなくなってくる。

「そういうことだからな!もっと調子乗れ!調子乗んなばーーーーか!!!!!!!」

捨て台詞のようにそう吐き捨て、廊下へ駆け出した。分かりやすい逃避である。何もかも忘れたままの荷物とか、待ってたはずの坂田とかそんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。
俺からのキスに心底嬉しそうな顔をしていた坂田が脳内をリフレインする。ああもう、そういうとこがずるいんだってば!

(...あの顔、かっこよかった)

「なんっって思ってないんだから!ばーーか!!!あほ!!」

そう叫びつつ、俺は薄暗い廊下を昇降口に向かってダッシュした。

「...ああいうとこ、ほんまずるいよな」
「あんたにそんなふうに言われたくは無いっすけど...」

ダッシュで消えていったうらたを見送って、立ち尽くしていた坂田と志麻は顔を合わせ、気を抜けたような笑みを浮かべた。坂田はほんのり顔を上気させ、志麻はやれやれという表情で。

「鞄忘れてってもうたな」
「あの人照れたりするとすぐ逃亡するんで慣れてますよ。僕後で持ってくんで」
「...俺は結局、そんななるまであの人を照れさせられんかったからなあ」
「散々こっちも心くじかれかけてたんやからそれくらいの引け目は感じて貰わんと困るわ。先帰られても困るんで、じゃあ」

そう言って直ぐに手早く荷物を纏め、うらたの鞄と自分の鞄を肩に引っ掛けた坂田は小走りで廊下へと向かった。ぴしゃん、と言う音と同時に閉まった扉と共に消えた背中を見送って、教室に残された1人はそっとため息を吐いた。

「...思ってたよりキツいもんやな、片思いってのは」

宵の明星がオレンジと紺のグラデーションの空にひとつ光っているのが教室から見える。ふと見た窓の外では、うらたに追いついた坂田が鞄を手渡していた。並んで歩く2人の背中をぼんやり見つめ、俯いた顔から1粒雫が滴った。

Bạn đang đọc truyện trên: AzTruyen.Top

Tags: #kntrtmemo