#1[SakaUra/ShimaUra] カンペキライバルだって報われたい!
Author: しおん
Link: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17484172
-------------------------------
夜は10時までには寝て、朝は遅くても6時半には起きる。
シンデレラタイムの就寝は当たり前、早寝早起きは美への絶対条件。
炭水化物は極力控えて、食事は野菜メインにバランス良く献立を立てる。
甘いものは大好きだけど、食べ過ぎは肌に良くないから週に1回まで。
良いスタイルを保つために毎日1時間のランニングは欠かさずに。
お風呂を出た後に使う乳液とか化粧水とか、保湿パックとかの美容グッズは、多少高くても出し惜しみせずに良いものを買うべし。
あと、紫外線は一番の敵。日焼け止めは毎日必ず塗って、日傘は常に携帯。
ファッション雑誌は見落とさずにチェックして、常に流行りに乗り遅れないように。
全部全部、かっこいい君に釣り合うため。
毎日結構大変だけど、頑張って続けるよ。
ーだって、大好きな君に振り向いて欲しいから。
「しーーまくんっ!おはよっ!」
「あぁ、おはよ。うらたさん」
校門をくぐって少し歩いたところで見つけた、俺よりちょっとだけ大きな後ろ姿。
やった、朝イチで会えた。今日はついてる。
どきどきする心臓を抱えて、腕を軽く絡ませながら挨拶したら、いつも通りのとびっきりかっこよくて優しい笑顔で返してくれた。
あぁ、今日もめちゃくちゃかっこいい。志麻くん好き。世界で一番大好き。
「今日来るのちょっと早いんだね。早起きしたの?」
「そうなんよ、妹に頼まれて弁当作っとってな......ちょっと早く起きてん。」
「お弁当......!?志麻くん、料理できるの?」
「いやぁ、ほんまに簡単なやつだけやで?うらたさんの方が上手やと思うわ。」
苦笑いしながら頬を掻いた志麻くん。
今日も紫色の瞳が宝石みたいに綺麗。
妹思いの志麻くん、好き。料理もできちゃう志麻くん、大好き。
それに、俺のこと料理上手だと思っててくれたんだ。やば、嬉しすぎて飛べそう。
「俺も志麻くんのお弁当食べたいな〜。ね、今度俺のと交換っこしようよ」
「えぇ!?いやいや、うらたさんの弁当と等価交換できるレベルのもの作れんって!やめときぃ」
「志麻くんが作ったっていうことに価値があるの!志麻くんの作ったお弁当になら10万払えるよ?俺」
「物好きやなあ」
眉を下げて笑う志麻くん。
まあ、困らせたいわけじゃないからこれ以上はもう言わないけどさ。
...いいなぁ、志麻くんの妹さんは。毎日志麻くんの手料理が食べられるのかな?
俺も志麻くんの家族になったら、毎日一緒にご飯食べて、一緒のベッドで寝て一緒に家を出て、行ってきますのチューなんかもしちゃったり......
やべ想像しただけでニヤける。
「こらうらたさん、まただらしない顔なっとるで!可愛い顔が台無し」
「可愛いって思ってくれてるなら付き合ってよ」
「......はいはい、いつも言っとるけどオトコは守備範囲外なんよ。ごめんな」
「けち。今日もダメかあ......」
「はは、しつこいなあ、うらたさんも」
(しょうがないじゃん。だって好きなんだし。)
俺がこんなにアピールしてるのに今日も今日とて振り向いてくれない志麻くん。手強いけどそんなとこも好きなんだから、ほんと俺ってどうしようもない。
志麻くんとは学年は一緒でもクラスが違うから、階段を上がったら廊下でお別れ。
名残惜しさ全開でゆっくりと絡めていた腕を解く。
じゃ、授業がんばろなー、と軽く手を振りながら去っていく志麻くんの背中をひとしきり見つめて気が済んだら俺も自分の教室に入る。
いつもは昼休みに志麻くんの教室に突撃しに行って、話せるのはその時くらい。
一緒に帰りたいけど、志麻くんと俺の家逆方向なんだよね。 だから、今日は朝から話せただけでラッキー。
......そんなこと分かってる。分かってるけど、さっき別れたばっかだけど、もう既に会いたい。
くそう、なんで別のクラスなんだ。来年は先生に色仕掛けしてでも一緒になれるようにしなきゃ。
俺たちは今2年生だから、来年がラストチャンスなのに。
そもそも俺が志麻くんと出会ったのは、1年生のときー去年の体育祭のときだった。
この学校の体育祭は毎年9月の初めに開催されるから、まだ夏の気怠い暑さが色濃く残っていて、当日は気温も湿度も高めだった。
元々体が強いわけじゃなかった俺は、ちょっと水を飲むのをサボってたせいで見事にぶっ倒れた。
いつもは幼馴染の坂田と一緒にいるけど、運動神経にステータスを全振りしてる坂田はあっちにこっちに色んな種目で引っ張りだこ状態で。もちろん俺が倒れた時も坂田は競技に参加中で横にいなかった。
暑さと水分不足にやられて急にがくんと倒れ込んだ俺を、偶然近くにいた志麻くんが慌てて抱えあげてくれたんだっけ。
「ちょっ、大丈夫かあんた!顔真っ白やんけ......あかん、保健室運ぶで。ちょっと揺れるけど辛抱してな、」
朦朧とした意識の中では、もう誰に何をされてるのかもよく理解してなかった。
でも腕を回した先で触れた首が、俺を抱える腕と体が逞しくて頼もしくて、俺は思わず擦り寄って、安心して意識を落とした。
数十分ほど気絶していた俺が起きるまで、志麻くんは保健室のベッドの傍で待っていてくれていた。
あの時俺たちはまだ他人同士で、面識なんて無かったんだから放っておいてよかったのに。
「あ......起きた?良かった、あんた急に倒れたんやで。痛いとこない?」
目を覚ましたら、志麻くんはその超絶イケメンフェイスで安心したように俺にふわっと、そう笑いかけた。
もう、恋に落ちるのは簡単だった。
介抱してくれた上に起きるまで待っていてくれた超絶優男イケメンを好きにならない奴がいたら教えて欲しい。絶対いない。
これは後から校医の先生に教えてもらったことだけど、彼は先生と一緒に氷枕や濡れタオルの用意もしてくれていたらしい。本当に優しすぎ、好き。
ーそこから俺の生活は、あっという間に志麻くん一色になったのだった。
今思い返せば競技の合間はずっと俺の横にいた坂田が、「うらさんちゃんと水飲んだ?」としきりに聞いてきていた。
あの時大人しく水を飲んでいたら、俺は倒れることもなく、志麻くんと出会うこともなかったのかもしれない。
そう思うと、心配してくれていた坂田には悪いがあの時の俺グッジョブ、とガッツポーズをしてしまう。
怪我の功名、塞翁が馬......?まぁとにかく、あの日が無かったら今の俺は無いようなもの。俺の人生において、誕生日の次に、いや誕生日よりも大事な記念日だ。
まぁ坂田にはあの後こってり怒られたけど。
HRまでまだ時間がある。思い出の余韻に浸るついでに、とスマホの写真フォルダを開く。志麻くんとのツーショットを眺めて今日の頑張りゲージを上げることにしよう。
(んふふ......かっこいい......)
体育祭のあとどうにかして志麻くんと繋がりを作りたくて、保健室を後にしようとした志麻くんを慌てて呼び止めて2人で写真撮りたい、と頼んだのだ。
うわ、俺の顔めちゃくちゃだらしないな。嬉しさで頬が下がりまくりじゃん、志麻くんはこんなにイケメンなのに。
この写真送りたいからLINE教えて、と言った時はさすがにちょっと驚いた顔をしていたけど、すぐに快く了承してくれた志麻くん。
分かりやすい行動だったけど、むしろ伝わって欲しかった。意識して欲しかった。
......まぁ今も全然なびいてくれないんだけどさ。
飽きもせずうっとりとスマホを眺めていると、突然ひょいと誰かにスマホを抜き取られた。
「スマホの見すぎは健康に良くないんじゃなかったん?」
「志麻くんを見てる時は例外なの!むしろ健康に良いから。」
「なんやそのトンデモ理論......」
犯人は言わずもがな。今日も今日とて真っ赤な髪を目立たせた坂田は、液晶に写った俺と志麻くんのツーショットを見て苦い顔をしている。
「もー、いいから返してよ。てか1時間目英語だけど、翻訳の課題ちゃんとやってきたの?」
「..................」
「......スマホ返したら見せてあげないこともない。」
やっぱやってきてないのかよ。
宿題を人質に出された坂田は渋々、といった表情でゆっくりとスマホを俺の机に置いた。
こと、と音を立てて置かれたスマホの画面は真っ暗。あこいつ電源消しやがったな。
「いつになったらちゃんと課題やってくるのお前は」
「......うらさん、ヘアオイル変えた?良い匂いやね」
「あ、分かる?これ好きなブランドの新作なんだけど......って違う!すぐ話逸らそうとして!」
「今日もめっちゃ可愛いなうらさん」
「当たり前だろ。俺より可愛い子この学校にいないし。......もー!!分かった分かった早くノート出して!」
「んふ、はーい」
あれ、どこのページやっけ......なんてぶつくさ呟きながら教科書をぱらぱらとめくる坂田を尻目に、また思考を明後日に飛ばす。
...そういえばヘアオイル変えたこと、志麻くんは気付いてくれなかったな。
昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ったのを聞いたらすぐに教室を出る。
今日は志麻くんの好きなアスパラベーコン入れてきたんだよね。喜んでくれるかな。
早く志麻くんに会いたい一心で足早に廊下を進む。
毎日のように志麻くんに会いに来てるせいで、クラスの人達はさすがに慣れたのだろう。1週間もすれば我が物顔で違うクラスの俺が入り込んでも一切驚かなくなった。
それどころか、
「う、うらたくん、あの、俺と......」
「おい抜け駆けやめろ!な、今日くらい俺たちと飯食わね?」
「あの!これうらたくんのために買ったんだけど......もらってくれない......?」
なんて声を掛けてくる始末。
はいはいイモイモ。俺を誘うならまずその外見からどうにかしたら?
懲りずに話しかけてくるおイモ共をスルーして、志麻くんの席へと一直線。
「お前の声のかけ方が悪かったんだ」とか「めちゃくちゃ可愛いからって調子乗りやがって」とか喧しい声が聞こえてくるけど、そういうとこがおブスを加速させてるんだってなんで気付かないのかな。
「志麻くんっ!今日はなんのゲームしてるの?」
「あぁ、うらたさん。朝振りやな。今日はえぺやで」
「なぁにこれ、FPS?俺もやってみようかな」
「ええやん、一緒にやろうや。でもうらたさんがゲームやってるとこ想像できひんな」
「えー?おれ結構うまいんだよ?......てか今お昼だから!そろそろゲームやめてご飯食べよ?今日は志麻くんの好きなアスパラベーコン作ってきたんだよ、ほら!」
「わ、美味そ!ありがとな〜」
ゲーム、小さい時から坂田とよくやってるから意外とできるんだよ俺。志麻くん知らないでしょ。
俺わりとセンスあるから、志麻くんとも良い勝負できると思うよ。
「今日妹のぶんのついでに自分のぶんも作ってきたんよ。うらたさんにちょっと分けちゃる、ほら。」
「ぇ゚っ」
ぽん、と蓋に置かれた卵焼きを前に、カチンと石のように固まる俺。
えっ嘘嘘、志麻くんの手料理食べたいとは言ったけどその日のうちに叶うなんて。
やば、嬉しすぎる。
舞い上がりそうな心臓を何とか抑えて、綺麗な黄色の卵焼きを見つめていると、湧き上がってくるもう一個の欲。
「......志麻くん、あーんしてよ」
「えー?なんでぇ」
「だって好きな人にあーんしてもらうのって夢じゃん?」
そう言うと、志麻くんは何も言わず眉を下げて笑った。
...やっぱ、困らせちゃうよね。
「......もー、うそだってば。真に受けすぎ!じゃあ、もらうね?」
「おん、どうぞ」
そんなあからさまに困った顔されたら、押すにも押せないじゃんか。
志麻くんの優しいところは大好きだけど、たまにその優しさがすごく残酷に感じるよ。
初めて食べた好きな人の卵焼きは、嬉しさとドキドキと、少しの悲しい味がした。
今日は朝も昼もたくさん志麻くんと話せた。
ホクホクとした気分で午後の授業を乗り切って、いそいそと帰りの支度をする。
俺は帰宅部だから、放課後特に用事はない。
強いて言うならバイトはしてるけど、今日はシフト入ってなかったはず。
「うーらさん、今日俺と帰ろー」
突然ひょこ、と顔を出したのは坂田。まぁ俺と仲良くしてるやつなんて坂田くらいだから当たり前なんだけど。
「おまえ今日部活は?」
「大会終わりだから休み〜。な、どっか寄ってこうや!腹減ったー」
「よし、奢りな。もちろん坂田の」
「えぇ!?なんでぇ!?」
「翻訳写させてやったろ?」
「Oh............Thank you......」
「おー、俺の英語ノートのおかげで英語ペラペラじゃねぇか。良かったな」
「写したのは日本語やけどな......」
今日はクレープの気分、と言うと、高いの買わんといてなぁとめそめそしながら財布の中身を確認する坂田。
こいつとは家が隣同士だから、坂田の用事が無いときはこうやって時々一緒に帰路に着く。
でも坂田はバスケ部で、毎日朝練と午後練があるから普段俺とは一緒に登下校できないのだ。
週一の甘いものタイムをお前に捧げてやってもいいと思うくらいには、一緒に帰るの楽しいと思ってるなんて、絶対調子に乗るから言ってやらないけど。
向かったのは学校から徒歩数分のところにある割と大きめな商店街。
飲食店や小売店まで結構色々なお店があって学生の良い遊び場になっているため、俺たち以外にもたくさん制服を着た人達がいた。
男2人でクレープ屋のワゴンに並んでるのは俺たちくらいだけど。
「相変わらずここ種類すごいなー。坂田なににする?」
「俺ツナマヨー」
「んじゃ俺いちごスペシャルにしよ〜」
「待ってそれ一番高いやつ」
このブリュレクリームってのも美味しそう。
確か志麻くんは甘いもの好きだった気がする。今度誘ってみようかな。
いちごスペシャル、美味しかったらオススメしてあげよう。
こんな時も頭を占める志麻くんのことに我ながら呆れるけど、彼のことを考えると胸が暖かくなるからほんと恋ってすごいよな。
「......ふふ」
「っうらさん!」
「......んぁ?なに?」
「ほら、もう出来上がるみたいやで、受け取る準備せな」
「ふは、なんだよ受け取る準備って。」
なぜかぶすくれている坂田を笑っていると、あっという間に完成していくクレープ。
作るところが見れるのって楽しいよな。
お兄ちゃん可愛いからオマケしといたよ、なんて在り来りな言葉と一緒になかなかデカいサイズのクレープを受け取って、近くのベンチに2人並んで腰掛ける。
「わーうまそ。写真撮らなきゃ」
俺がパシャパシャとスマホで写真を撮る横で、坂田は既にむしゃむしゃとクレープを頬張っていた。
坂田昔から甘いものあんま好きじゃないんだよな。クレープもいつも惣菜系だし。
......そういえば俺惣菜系のクレープって食べたことないかも。
「んーうま」
「ねー、ひとくちちょーだい」
「ェ」
「俺惣菜系って食べたことないから気になる。ちょうだい」
「ぁ、あぁ、うん、別にええけど」
なぜか目を泳がせて了承する坂田を横目に、腰を浮かせて遠慮なくクレープにかぶりつく。
「あ、うま。意外と惣菜系もアリだな.........
坂田?」
「ぁ、あぁぁあ、あは、うまいよなー」
カチンと固まった上に、はははははなんて意味のわからない作り笑いまで始めた坂田に訝しげな視線を送りながらも、今度は自分のクレープに意識を向ける。
ん、ふわふわなクリームと酸っぱめのいちごがいい感じに合ってて美味しい。
これで今週の甘いものは終了かぁ。今日火曜だから、ちょっと早めすぎたかな。
ま美味しいからいっか、なんてぼんやり考えながらもぐもぐクレープを咀嚼していると、横から嫌という程感じる視線。
「......もー、なに?」
「あ、」
「......あぁ、これ?確かに俺だけじゃフェアじゃないもんな......。ほれ、やるよ」
「え」
坂田食いしん坊だし、自分のぶん一口取られたまんまなのが嫌なんだろう。
仕方なし、一口くらいくれてやろうでは無いか。そう思ってクレープを差し出したのに、
「............」
「ちょっと。食うの?食わないの?どっち?」
ぽかんとして固まったまま動かない坂田。
痺れを切らして急かすようにクレープをぐい、と半ば押し付けるようにすると、やっと慌てたように「た、たべる!」とクレープにかじりついた。
顔を赤くしながら必死にもぐもぐしている坂田の姿が、昼休みのときの俺の姿と重なる。
......もしかしてこいつ、照れてんのか?
くっついたりするのは平気なのにこういうのは照れるのか、よくわかんない奴。
坂田もまだまだ初心だなー、なんて内心でからかいながらクレープを平らげた。
どうやら今日はついてない日らしい。
朝から冷たい雨が降っていて、せっかく整えた髪は湿気でべとべと。
低気圧のせいで頭は痛むし、電車の中では痴漢にあうし。
偶然同じ車両にセンラがいてくれて助かった。胡散臭い奴だけどイケメンだし俺に甘いし面白いし結構好き。
教室についてから傘で防ぎきれなかった濡れた髪をタオルで拭いていると、あるクラスメイトの会話が耳に入り込んできた。
「なー、そういえばC組に転入生来るらしいよ。女の子だって。」
「マジ?可愛い?」
「いや、まだ顔見てないから分からんらしい。可愛いといいなー」
C組......志麻くんのクラスだ。
他人事のようにその会話を聞き流しつつも、どこか感じる嫌な予感に思わず胸を抑えた。
昼休み。雨は止む気配を全く見せず、依然として冷たく地面にしとしとと降り注ぎ続けていた。
偏頭痛の心配&痴漢の件をセンラにリークされたらしい坂田が過保護モードを発動して朝からずっと傍を離れなかったのだが、なんとかそれを振り切って志麻くんの元へ向かう。
教室前の廊下にその後ろ姿を見つけて、いつものように名前を呼びながら小走りで駆け寄った、その時。
「しーまくっ............」
目に入ってきた光景に、俺は思わず唖然とした。
志麻くんが、女子と話していたのだ。
志麻くんはイケメンだから勿論モテるけど、基本人見知りで目付きが悪いせいで直接女子と話すことはほとんど無い。というか今まで見たことがなかった。
なのに、なんで。
話している志麻くんは柔らかい笑みを浮かべていて、相手の女子は志麻くんを見て分かりやすく頬を染めている。
......なに彼奴、俺の志麻くんにデレデレしないでよ。
瞬く間に胸の中に真っ黒な感情が溢れ出す。
暗い髪に校則を守った長めのスカートを穿いた、大人しそうで地味で特筆して可愛いわけでもない女子。あんな奴、今までいたっけ?
(もしかして、朝言ってた転校生?)
嫌な予感が当たってしまったのか、なんてネガティブな考えを払拭するように頭を軽く振って、今度は立ち止まらずに志麻くんの元へ向かう。
「やっほーしまくんっ!今日すごい雨だね〜」
急に腕に抱きつかれて少し驚いた様子の志麻くんは、俺の姿を目に入れるなり「あぁうらたさんか。そうやね」と微笑んだ。
うん、今日も最高にかっこいい。
女子は急に入り込んできた俺を見て明らかに動揺した様子だった。
「ね、今日は卵焼きうまく作れたんだよ!志麻くんは甘いのとしょっぱいのどっち好き?」
「んーそやなぁ、俺は甘いの派かな」
「ほんと?じゃー俺と一緒。ふふ、早く一緒に食べよ?」
「あ、あの......」
まるで女子なんて存在しないかのように志麻くんと会話を続けていると、さすがに不満に思ったのか先程まで固まっていたそいつが小さく声を上げた。
「あー.........ごめんねえ、目立たないから全然気付かなかった。誰?」
笑みを浮かべつつ若干睨むようにして目を合わせると、びくりと肩を震わせた女子。
「あ、えと............」
「今日うちのクラスに転入してきた子なんよ。綾瀬さん。」
「ふぅん......」
びくびくして一向に口を開こうとしない女子、綾瀬さんを見かねてか、代わりに志麻くんがそう説明した。
志麻くんに気使わせるなよ。おどおどしちゃって、ほんと気に食わないな。
「綾瀬さん、この人はA組のうらたさん。」
「ぁ、よ、よろしくお願い、します...」
「......」
にこ、と無言の笑顔で返すとすっかり顔を青ざめさせてしまった綾瀬さん。
ふん、誰がよろしくしてやるか。
「ねぇもう良いでしょ?早くご飯食べようよ」
くい、と袖を引っ張るとなぜか申し訳なさそうに眉を下げた志麻くん。
「ごめんなうらたさん、これから綾瀬さんに校内案内せなあかんねん。やから一緒に食べられんのよ」
は?
ビシャン、と雷に打たれたような衝撃。
俺は焦って意味もないのに志麻くんの裾を強く掴んだ。
「え......な、なんで志麻くんがそんなことしなきゃいけないの?学級委員に任せれば良いじゃん!」
「今日学級委員昼休みに臨時の集まりがあるらしくてな......綾瀬さんの隣の席の俺が代わりに駆り出されたんよ。」
「じゃあ俺が代わるよ?志麻くんが行く必要無いって!」
「うらたさんまだお昼食べてへんやろ?俺はもう食べておいたから平気なんよ。気使ってくれてありがとうな。」
「ち、ちがっ、」
尚も言い募ろうとする俺の頭をぽんぽんと撫でて、「んじゃ俺たち行くな」と無情にも俺を残して2人は歩いていってしまった。
なに、なんなの。何が起こったの?
ほんと今日ついてない。
大丈夫、あんな芋女......志麻くんが好きになるわけない。俺の方が100倍可愛い。
大丈夫、大丈夫............
生憎こんなので挫けるほど俺はやわな性格はしてない。
志麻くんは絶対渡さない...!
「しーまくんっ!お昼食べよ!」
志麻くんに気がある女が現れたからには、これまで以上にしっかりアピールしないと。
そう意気込んで今日もいつもと同じように志麻くんの元へ向かう。
お弁当箱を持って教室に入ると、彼はいつも通り席でゲームをしていた。
そう、いつも通りの光景......
横にあの女がいること以外は。
チッ、と心の中で舌打ちをして、口角を無理矢理指で上げてから志麻くんの腕に絡みついた。
「おーうらたさん。いらっしゃい。」
「あ、今日もえぺやってる。ふふ、ホント好きだね」
「う、うらたくん......」
「あぁ...綾瀬さん。もうお昼だし他のお友達のところ行ってきたら?グループとか、色々大変でしょ?」
ねっ、と念押しするように笑いかけると、綾瀬さんは苦い顔をして言い淀んだ。
「私、もえぺやってて。この後志麻くんと一緒にやりたいなって、だから......」
「......ふぅん」
ぴき、と頭に筋を立てそうになって慌てて心を鎮める。
なにそれ、聞いてないんだけど。(当たり前)
てかいっちょ前に反論してきちゃって、生意気。
「そうなの?志麻くん」
「あー、そのつもりやったけど......うらたさんおるしな......そや、うらたさんも一緒にやる?」
その言葉に、俺を蔑ろにしない志麻くんの優しさと同時に変に気を使われた気がして、多少の不快感に思わず眉を顰めた。
なんで3人で仲良くえぺしなきゃなんないんだ。絶対嫌。
「えっ......、いいよ、おれは......できないし......」
「ええやん、やってみようや。ほら、アプリ入れて......ってあれ、もう入っとるやん!さてはうらたさん、予習しとったな〜?」
「あっ、えっ、ちょっ!」
あれよあれよと椅子に座らせられて、気がつけば3人仲良く向かい合わせに。
なにこれ、なんの状態なの今。
いつか志麻くんと一緒にやりたいと思って入れておいたアプリが仇となってしまった。
まだ数回しかやったことないし、初心者も良いトコなのに。
綾瀬さんは多少困惑しながらも大人しくスマホを操作している。
ちょっと、突っ込んでよ!明らかにおかしいじゃん!
「ほな部屋作るで。うらたさんは......まだランクが低めやから、俺と綾瀬さんで低い方に合わせるな。」
「いいよ......俺なんか気にしなくても......」
でもこのまま志麻くんと綾瀬さんが2人っきりでゲームやることになるよりは遥かにマシか。
そう思ってスマホをしっかりと持ち直す。
なんかおかしな展開になっちゃったけど、丁度良い。ゲームでもリアルでもけちょんけちょんに負かしてやる。
頬を膨らませてギロ、と睨むと綾瀬さんはビクリと肩を揺らして目をさ迷わせた。
ーーそう、思ってたのに。
(なにこいつ、めちゃくちゃ強いんだけどぉ!)
何回やっても秒で儚く散っていく俺のアバターをわなわなと震えながら見つめる。
意味わかんない、なんであんな早く動けんの?どうやってんのあれ。手の動きヤバいんだけど!
「へー綾瀬さんうまいな。ランクも高めやったし。結構やっとるん?」
「う、うん。志麻くんも上手だね。この装備ってさ、期間限定の......」
「あ、分かる!?そうなんよ〜、手に入れるのに苦労したんやけど......」
「私頑張ったんだけどゲットできなくて......すごいよ!」
「........................」
なんなの2人で楽しそうにしちゃって。
腹立つ腹立つ腹立つ!!!
とうとう我慢できなくなってバン!と両手を机に着いて勢いよく席を立つと、志麻くんと綾瀬さんは会話を止めてびっくりした顔でこっちを振り向いた。
「もういい!俺帰る!志麻くんのバカ!」
「エッ、ちょ、う、うらたさん!?」
「ちょっと勝ったからって良い気にならないでよっ!」と三下みたいなセリフを綾瀬さんに吐き捨てるように告げた後、逃げるように教室を飛び出した。
俺だけ除け者にして楽しいかよ!
志麻くんのバカ!イケメン!
急に帰ってきて顰めっ面でえぺを猛練習し始めた俺を見て坂田は目を白黒させていた。
放課後、坂田の部活が早めに終わると言うので、お願い待ってて!と懇願されたので仕方なくそれまで教室で待つことになった。
(坂田遅い......後で絶対アイス奢らせてやる)
まだ姿を現さない赤髪にイライラを募らせていると、頭にふと浮かんだのは大好きな彼の顔。
そうだ、志麻くんまだ教室にいたりしないかな。
昼のことはまだモヤモヤとしてるけど、志麻くんが好きだという気持ちには何の揺らぎもない。
一縷の望みをかけて踏み出してみるも、帰りのHRから1時間は経過しているせいで教室はおろか廊下にも残っている学生はほとんど見当たらない。
これは望み薄しだな、なんてちょっと肩を落としながら一応教室を覗いてみると、1人だけ誰かが残っていた。
もしかして、なんて期待はその姿を見た途端にガラガラと崩れ去る。
「あっ......」
俺とバチッと目が合うとその人、綾瀬さんは、あからさまに顔を引き攣らせた。
(うわ目合っちゃった。最悪)
なんでいるんだよ、とっとと戻ろ、そう思い踵を返したら、後ろから聞こえてきた「待って!」という慌てたような制止の声。
予想外すぎて、思わず足を止めて振り返った。
「......なに?」
「あ、あの............うらたくん、は、志麻くんのこと、好きなの...?」
ぎゅっ、と握りしめた手を胸に当てながら女はそう尋ねてきた。
「決まってるじゃん、好きだよ。大好き」
「そ、それは恋愛的な意味で、?」
「当たり前でしょ。野暮なこと聞かないでくれる?」
当たり強く答える俺に怯んだ様子を見せるも、その瞳はこちらを見据えたままだった。
ふぅん、おどおどしてると思ってたけどこういうこと聞ける度胸はあるんだな。
ちょっとだけ気を緩めた俺は、体をしっかり綾瀬さんに向けた。
「あんたは?好きなの?」
「ぇえっ!?わっ......わ私は......そんな......好きなんて恐れ多いっていうか......はは......」
「......はあ、時間の無駄だったわ。せいぜい頑張れば?」
期待外れの返事に興が削がれて、大きなため息と共に今度こそ教室を後にしようとしたのだが「わ、わたしだって、」と消え入りそうな声が聞こえてきて、仕方なくまた振り返る。
「う、うらたくんはっ......すごいよね......。すごく綺麗だし、頭も良いし、常に堂々としてるし、自信もあって......私なんて、根暗だし可愛くないし、コミュ障だし......ほんと、だめ、なんだよね、はは」
その言葉に、腸が煮えくり返るような気持ちに苛まれて思わずギリ、と強く歯を食いしばった。
「............ほんといい加減にしてよ、俺はそれが気に食わないって言ってんの」
「え?」
「自分を変えるのはいつだって自分なの。そうやって受身でうじうじいじけてたって何も変わりゃしないんだよ!あんた、いつか白馬の王子様が迎えに来てくれるとでも思ってるタイプ?ほんとサムい。俺が綺麗なのは当たり前!自信があるのも当たり前!毎日それに見合う努力をしてるから!」
「......っ、」
「ろくに変わろうともしないくせに自分を棚に上げて人を羨むな!予防線張って負けた時の言い訳作っておくの正直1番ダサいから」
「ぁ、......」
俺が毎日してる努力も知らずに、これが元から持ってるものだと疑わずにそう言い募る目の前の女に心底腹が立った。
そのくせ自分はなにも変わろうとしてないじゃん。ほんとイライラする。
俺はこんな女が恋敵だなんて認めない。
「......言っとくけど、俺はあんたと同じ土俵に立ってるとすら思ってないからね」
吐き捨てるようにそう告げた後、今度こそ振り向かずに廊下に出る。
すっかり俯いてしまった綾瀬さんは、もう呼び止めてはこなかった。
力を抜けば溢れてきそうな涙を慌ててぐっと堪える。
なぜか悔しさで胸がいっぱいだった。
「うらさん」
名前を呼ばれて顔を上げると、視界に入ったのは見慣れた燃えるような赤い髪。
坂田が廊下で自分の鞄と俺の鞄を持って立っていた。
「帰ろ。」
「......ん」
あんなに用意しておいた坂田への恨みの言葉はひとつも言葉にならずに消えた。
坂田は何も言わずに、俺の隣をゆっくりと歩いた。
次の週の月曜日。
珍しく朝練が無くなったらしい坂田と一緒にたわいも無い会話をしながら登校した。
階段を上がって廊下に出ると、なんだか教室の前がざわざわと騒がしい。
「......なんやろ、一限自習になったんかな」
「ふ、ありそう」
興味半分でざわつく群衆に二人で近づいていくと、なぜか俺たちが来た途端ぴたり、とその喧騒が収まった。
「う、うらたくん」
「......」
ざわめきの真ん中から現れたのは、綾瀬さんだった。
でも、今までの彼女じゃない。
長かった前髪はしっかり切り揃えられて、メイクのひとつもしていなかった顔には化粧が施されていた。メガネも見当たらないのでコンタクトにしたのだろう。おまけに膝下だったスカートは太もものあたりまで短く上げられている。
見違えるように垢抜けた。その一言だった。
「......私、この前のうらたくんの言葉で目が覚めたの。」
「......」
「わ、私も、志麻くんがすき!だから、うらたくんには負けない!」
途端に周りにいた生徒たちがヒューヒュー!と口笛やらではやし立てる。
なんやお前ら見せもんちゃうねんぞ!散れ散れ!と焦ったように坂田が吠える。
「それだけ、言いたかった。」
「......」
綾瀬さんも、何故か周りにいる野次馬も、俺が次に発する言葉を待っているようだった。
綾瀬さんは俺を見据えた目を離さない。
真っ直ぐ射抜くその瞳に思わず眉間に皺が寄った。
「...良い度胸じゃん。勝手にすれば。」
「...もうええよ、行こ、うらさん」
俺の手を取って前を歩く坂田の顔がなぜか俺よりも辛そうで、その温い体温の手のひらをぎゅっと握り返した。
「うらさんが1番かわええで」
「うん」
「あんな子より100倍努力しとるし」
「...うん」
「うらさん以上に魅力的な子なんておらへんもん」
「...うん、ありがと、さかた」
「うらたさん?こんなところで何して......」
「...ね、志麻くん。好きだよ。......どうしても駄目?」
「......うらたさんには、もっとええ人がおるよ」
「......そっか。ごめんね」
志麻くんは、やっぱり残酷だ。
時計の針がタイムリミットを刻むように音を立てて揺れていた。
ーそれから数日経たないうちに、志麻くんと綾瀬さんが付き合ったという噂が流れ始めた。
「志麻と綾瀬付き合ったってマジ?」
「らしいねー。綾瀬から告ったみたいだよ」
「ま?ジミ子だと思ってたけど結構押せ押せなのな。てか俺、志麻はうらたと付き合うのかと思ってたわ。」
「俺も。あんな美人逃すなんて志麻も贅沢なことするよな〜」
「ちょっと性格はキツそうだけどな」
「はは、かわいーから全然許せちゃうだろ」
美人、かわいい、当たり前でしょ。そんなの知ってるよ、分かってるよ
でも全部、全部
「好きな人志麻くんに振り向いてもらえないんじゃ、意味ないじゃん......!!」
ひく、ひく、と静かな室内に嗚咽だけが響き渡る。
窓の外に見える空は俺の気持ちを表したように鈍色の雲が空を覆っていて、ザーザーと大粒の雨が地面を叩いていた。
噂を聞いた翌日、学校に行く気力をすっかり失った俺は入学して初めて仮病で丸一日学校を休んだ。
無駄に広い部屋の中だと無駄に啜り泣く音が大きくこだまして余計に俺を惨めにさせる。
ベッドの上で体育座りで丸まって泣いてる俺を見たら志麻くんは笑うかな。.........心配してくれるだろうな。
失恋してもなおそんなことを考える自分の女々しさに心底嫌になる。
はあ、と泣き疲れて一つため息をついたところで、こんこん、と控えめに扉がノックされた。
「...うらさん、入るで」
返事をする間もなくガチャ、と開いた扉。
見なくても正体は分かっているので顔は上げない。
数歩の足音の後、ギ、とベッドが少し沈んだ。縁に腰掛けたのだろう。
「なんであの子なんだろ」
「......」
「おれの方が絶対可愛いのに」
「...うん」
「...分かってるよ、どう頑張ってもおれは可愛い女の子にはなれないってことくらい」
「そんなことないよ」
「おれ、失恋しちゃった...」
ぽつり、そう呟くと坂田は優しく俺の頭を撫でた。
「辛いよな、分かるで」
それがありきたりな慰めの言葉だったとしても、思わずカチンときてしまった。完全な八つ当たりだった。
頭に置かれた手を払い除けて、顔を勢い良く上げ目の前の男を睨みつける。
「っ、おまえに何がわかるんだよ!坂田のくせに、変な同情なんていらな...」
「分かるよ」
見つめた真っ赤な瞳があまりにも真っ直ぐで、口から出かけた言葉は音にならずに消えていった。
坂田のこんな表情を見るのは、初めてだったから。
「大好きで、ほんまに大好きで、俺のことだけ見てほしくって...でも君はずっと別の人を見つめてて......。一緒にいるときドキドキしとんのはこっちだけなんやって考えてたまらなく胸が痛くなる。」
「......」
「笑顔も、泣いてる顔も、怒ってる顔も、照れて赤くなった顔も...あいつじゃなくて、全部俺だけに見せてくれればええのに、って思う」
熱を宿したような瞳は俺の瞳を捕らえて離さない。視線に捕縛されているみたいだ。
何だか見ていられなくて、思わず顔を背けて咄嗟に視線を下に逸らした。
なんか、今日の坂田、変だ。
「ねえ、うらさん」
「.....」
「こっち見て」
ぎし、とベッドのスプリングが軋んで音を立てた。
頑なに顔を上げようとしない俺に、坂田が小さく笑った気配がする。
ーむぎゅ。
と思ったら突然頬を弱い力でつままれた。
思ってもいなかった小さな衝撃に、文句をつけようと反射で顔を上げた、ほんの一瞬のことだった。
言おうとした文句は、紡がれなかった。否、紡ぐことができなかった。
目を伏せた坂田。
音もなく優しく押し当てられた温い唇。
瞬間、思考は完全に停止して、何が起こったのか全く分からなかった。
すぐにゆっくりと離れていった坂田の頬が赤く染まっているのが近すぎてぼやけた視界の中で薄く見える。
え、おれ、いま、きす、
理解しようとする時間もないまま、すぐさままた首を傾けた坂田にもう一度唇を押し当てられた。
少しかさついた坂田の唇が、俺のそれを優しく覆って隠す。
一回目よりも少し長めに感じたその体温は、最後にちゅ、と小さなリップ音を立ててゆっくりと離れた。
「......すき」
呆然としたまま動かない俺の額に、坂田は自分の額をくっつけた。
坂田の指が、さらりと俺の髪を耳に掛ける。
いつに間にか逞しくなった腕は、俺を抱き込むようにして背中に回されていた。
「ずっと、ずっと大好き。...ねぇ、今度は俺を見て」
「............ほんきでいってる?」
俺を見つめる坂田の表情を見れば、それが本気かどうかなんて一発で分かる事だったけれど、どうしても聞かずにはいられなくてぽつりと呟く。
「うん、めちゃくちゃ本気。うらさんが弱っとるところに漬け込んでる狡い自覚はあるよ。でも引き下がったりせえへん」
だってそれくらい大好きやから、と言って指先で俺の頬を撫でた坂田。
嘘、ほんとに坂田が俺を、とか全然気が付かなかった、とか考えているうちにやっと恥ずかしさが追いついてきて、一気に顔に熱が集まるのを感じる。
ぱくぱくと口を閉じたり開いたりしてる俺を見て坂田はふふ、と小さく笑った。
「その反応、ちょっとは期待してええってことよね」
最後にちゅ、とおでこにキスを落とした坂田は、「かわい、」と呟いた。
なに、なんなのコイツ。ほんとに坂田?
少なくとも、ちっちゃい頃にえぐえぐと泣きながら俺の後を着いてくるあの可愛い面影はすっかり無くなっていた。
「坂田のくせに、生意気なんだよ......」
さっきまであれほど頬を濡らしていた涙は、もう一滴も流れていなかった。
坂田に告白されてからというもの、坂田の俺に対する態度はがらりと変わった。
隙あらばくっついてこようとするし、何かにつけて可愛い、好き、と連呼する。
極めつけは俺を愛おしそうに見つめるあの瞳。
『......すき』
(だあああ゛あ゛あ゛っっっもう!!!!!)
あの日の熱を持った赤い瞳がずっと脳裏をチラついて離れてくれない。
つい最近まであんなにも志麻くんのことでいっぱいだった脳は、いとも簡単に坂田のことにすり替えられてしまっていた。
それがなんだか悔しくて、俺ってこんなチョロい奴だったっけ?なんて考えながら悶々と机に突っ伏す。
「なーにやっとんの。もうお昼やで〜ご飯食べよ!」
昼休み、志麻くんの元へ行かなくなった俺は当たり前のように坂田と一緒にご飯を食べるようになった。
坂田はいつも購買で買ったパンやおにぎりを食べていて、お弁当を持ってきている姿は見たことがない。
親がシングルファーザーだから、お弁当を作る機会も無いのだろう。
今日も変わらず目の前でもぐもぐとパンを齧っている。
「そういえばさ、」
「ン?」
「前まであそこのグループと一緒に食べてたじゃん、お前。良いの?行かなくて」
横目で見た視線の先には楽しそうに笑い声を上げながらご飯を食べている数人の男女の姿。まさに陽キャって感じのグループ。
俺が志麻くんのところへ行っているときは、坂田はあのグループによくいた気がしたのでそう問いかけると、坂田は小さく目を瞬かせた。
「え、なんでうらさんがおるのにあっち行かなあかんねん」
「あっ......そう......」
言外に"うらさんが最優先"だと言われている気がして。
さも当たり前かのようにそんな事を言う坂田に、意味がわからないくらい顔が熱くなる。
前から天然タラシなところある奴だけど、ここまで来たら確信犯なんじゃないのか?
......くそ、なんで坂田相手にこんな気持ちにならなきゃいけないんだよ。
「あ、その卵焼きいっこちょうだい。」
「は?やだよ」
「ねーお願い!パンあげるから!一口!」
「一口かよ!............あーもう1個だけだぞ、ほら」
「んふふやったー。じゃ、あーんして」
うるうるした目でお願いされたので仕方なく卵焼きを差し出してやろうと弁当を寄せたのに、坂田はそれをわざわざ押し返してそう言った。
「は?......やだ」
「いいじゃん!ねーお願い」
「なんで俺がそんな恥ずいことしなきゃなんねーの!」
「だって、好きな人にはあーんしてもらいたいやん?」
『だって好きな人にあーんしてもらうのって夢じゃん?』
「っ............」
痛いくらいに分かってしまうその気持ち。
あの日志麻くんにあーんをねだる俺と今の坂田が綺麗に重なって、ドクンと心臓が跳ねた。
あ、こいつ、本当に俺のこと好きなんだ。
刹那、ぶわわわわわと今までの比じゃないくらい顔が熱くなって、衝動的に坂田の口に思いっきり卵焼きを突っ込んだ。
んぶ!?!?と驚き慌てて卵焼きを咀嚼しながらも、嬉しそうに頬を緩ませる坂田を見て、俺は心のどこかで白旗を上げそうになっている自分がいることに気が付いてしまったのだ。
クラスの大半がうとうとと船を漕ぐ5時間目の数学の授業。前まではこの時間が至福だった。
なぜって、
「おっしゃ!」
「志麻ナイスー!」
志麻くんのクラスが体育の授業をやっているから。
俺は窓側の席だから、外の様子が良く見えて最高のポジションだった。
あーあ、人の男になってもかっこいいな。
いっそ嫌いになれたらいいのに、なんて考えて。
(ーあ、)
視界の端で、綾瀬さんが志麻くんに駆け寄って、飲み物を渡しているのが見えた。
2人とも楽しそうに笑い合っていて、それで、
............あれ?
胸が全然、痛まない。
前まではあんな光景見たら絶対発狂してたのに。なんでだろう。
頬杖をついてぼんやりとその光景を見詰めていると、カサ、と何かが机に置かれた音がした。
横目で見てみると、それは小さな紙切れだった。
『しりとりしよ!』
ノートの端っこをちぎったのだろう。半分に折られた手のひらほどのそれを開いてみると、一言そう書いてあった。
隣の席に座っている犯人はちら、ちら、と分かりやすくこちらの様子を伺っている。
おい授業中だぞ、ペンくらい持て。
つか原セン厳しいのに、バレたらめんどくさいことになるぞ。
そんなことを考えながらも、まぁたまにはいいか、なんて思ってしまって。
紙の裏に『たぬき』と書いて、ぽいと先生にバレないように隣の席に放った。
それに気付いてあからさまに嬉しそうな顔をした坂田は、放置していたシャーペンを握って嬉々として紙に向かい始める。
やっぱりやることは幼稚だな。なんだか少し安心して、ふっと頬を緩めた。
『きゅうり』
『りんご』
『ごま』
『まらかす』
そこまで続いたところで、俺の書いた文字を見て坂田がぴたり、と動きを止めた。
まさかもうネタ切れ?なんて思っていると、
ちょんちょん、と肩を指で叩かれたので仕方なく顔を向けてやる。
すると坂田は急に体をぐいっと近付けてきて、俺の耳元へと口を寄せた。
「す、き!」
坂田は小声でそう囁いて、照れながらにへ、とはにかんだ。
............
「おいこらそこ!!坂田!!何よそ見してんだ!!前出てこれ解け!!」
「ひぃっっっっっ!!!さーせん!!!ぇっ、分からんです!!」
「授業聞け!!!!」
..................
分かった、もう白状する。
キュンキュンしてます。もうキュン通り越してギュンとしてる。してるから。
だから、
(もう、勘弁して............)
「あらうらたん、なんか前にも増して可愛くなったんやない?」
「当たり前じゃん。毎日変わらず可愛いに決まってんでしょ。」
「ふふ、ちゃうって。なんか、愛されてるって感じ。乙女の顔しとる」
「っはぁ!?!?!?............帰る」
「ふ〜ん、心当たりあるんやぁ〜?あら〜こーんな美人さん捕まえたの誰なんやろ〜〜ええな〜誰なんやろな〜〜」
「もうセンラなんか知らない!!絶交!!このエセ恋愛マスターめ!!」
「泣きそう」
epilogue............???????
「なぁ聞いた!?
志麻と綾瀬、別れたって!!」
Bạn đang đọc truyện trên: AzTruyen.Top