#1[SakaUra/ShimaSen] あざとく可愛くやりすぎない!!

Author: 春町

Link: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20746310

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これはnmmn作品です。

登場人物は実在する方々と一切関係ありません

不特定多数の目に留まる拡散などは絶対にやめてください

誹謗中傷はご遠慮ください

関西出身では無いので方言に違和感がある場合がございます

以上のことを踏まえた上でお進み下さい

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細い目に加えて悪い目付き。

平均より小柄な身長。

お世辞にもいいとは言えない口調。

絡まれるには十分な条件が満たされすぎている俺の学校生活は、入学してすぐに青い春から遠ざかった。

幸いに柔道やボクシングの経験があったから身体の使い方は分かっていたし、小ささゆえの身軽さで相手を翻弄するのもお手の物。

売られた喧嘩をちぎっては投げてを繰り返していたら1年経つ頃にはすっかり「東の頭」として恐れられていた。

ひとつ下で幼馴染のセンラ以外俺に話しかけてくるやつもいない。舎弟にしてください、とか言ってくる奴らはいたけど俺は喧嘩が好きな訳でもないし好きで絡まれている訳でもない。

そういう奴らも無視していると、気づけば「東の頭」は孤高の存在で他と群れないなんてイメージまで持たれてしまった。

でも、本当の俺は喧嘩よりも少女漫画のようなアオハルに憧れるし甘いものが好きな一男子高校生。
あの日もちょうど某有名コーヒー店の新作を楽しみに出掛けたのだ。






 


 

ひとつ学年が上がってからのGW。
周りのやつらは春休みを引きずって友人と遊んだり、部活に明け暮れたりしたが俺にはそんな予定は無い。
習い事もなくセンラとだって毎日会うわけではないから完全フリーな1日。

GWの完全フリーなこの1日を俺は心待ちにしていた。
 
ちゃんと情報を追えるようにフォローしてる某コーヒー店から、GW限定新作フラペチーノのお知らせが届いたのは休みに入る前。
その謳い文句を見た時から俺の心は惹かれまくりで、絶対に買いに行くと心に決めていた。

しかしこの辺りには店舗がなく唯一、西の街に1店舗だけ存在している。

俺は売られた喧嘩を買うだけで自分からは売りに行かないため、西の街まで顔が割れている訳では無い。
なんなら東の街でも俺の顔や名前を知らない奴は沢山いる。喧嘩は物陰が基本だから、東の頭とかいっても噂だけがひとり歩きしているようなものなのだ。

それでも見つけ出してくるやつは凄いというかなんというか。まあでも結局は目つきが悪いから人は寄ってこないんだけど。


いつもは視界を見やすくするため、前髪を後ろにワックスで固めるけど休日だから軽く整えるだけにする。
眼鏡をかけて目立たない格好をして、でもちょっとは柄を取り入れてお洒落をして。

こうすれば俺が東の頭だとバレることは無い。
最近はいかにさりげなくお洒落を取り入れるかにハマっていた。

鏡で全身をチェックしてから浮かれ気分で西の街を目指す。今日は色んなお店を眺めてからコーヒー店に向かうのもいいかもしれない。
東と西を比べると西の街の方が栄えているのだ。

 

バスを乗り終えてそんなことを考えながら歩いていると、段々と人通りが多くなる。
GWということもあって家族連れや恋人、友達同士で遊びに来てる人で街が賑わっていた。

ぶつからないように目線を上げると目立つ赤髪が遠くでふわふわと揺れている。段々と近づいてくるその人はとても慌てていて、いかにも急いでます、といった顔。

今年は例年より暑くなるでしょうと言っていたアナウンサーの予報通り今日は少し気温が高い。

だから、走っているその人も少し汗ばんでいるのにそれは見苦しくなく、むしろ整った顔がそれを引き立て役として使っている。まるでスポーツ飲料水のCMみたい。

目がぱっちりと大きい俺好みのイケメンでいかにも青春を謳歌してます、といわんばかりの顔立ちに、つい、あんなやついるんだなぁと見惚れてしまった。

そのまま横を通り過ぎた彼は恋人との約束に遅れてしまっているのだろうか。
顔の良いやつ見れて良かったかも、とうっかり入りかけた少女漫画脳を振り払って俺もまた脚を動かし出した。


 

 

――――――――――――――――――――――――




 
 
 

(んー!今日は良い買い物できた)

お気に入りの服屋に行くと前から狙っていたアウターが季節物の入れ替えのため、値下げして売っていたから衝動的に買ってしまった。
今の季節に着ることは出来ないけど次に着るので買っておいて損は無い。でも夏物も欲しかったから、と合わせて2,3着買ってしまったのはまあ、許容範囲内だろう。

ちょっとは不良っぽく見えないようにと見た目を色々追求した結果、スキンケアやメイクにも興味を持ってしまった俺はもちろんそっち方面も見て回った。

メイクは流石に勇気が出ないけどそれよりハードルの低いスキンケアは手が出しやすくてどハマり。
目に見えてもちもちになっていく肌が楽しくて自分の肌に合うものを基準に色々と手に取っている。

 
最近気になってたパックも買えたし今日めちゃくちゃ良い日じゃね?なんならそのおまけでやまだぬきの爪やすり貰っちゃったし。帰ったら爪もケアしてみようかな。


大満足の気分で買った商品を大事に抱えながらコーヒー店へと足を踏み入れる。

新作のフラペチーノと同じく新作のケーキを持って店の端の席へ。混雑はしているものの夕暮れを迎えた時間帯は客層もそれなりに落ち着いている。
新作に舌鼓を打ち、ほっと一息ついたところで店内を見渡してみると視界の右側に自然と目が向く。

うらたのすぐ右隣は仕切りのような壁が立っていてその仕切りの外にいる人から見にくくなっている。
しかし、うらた側からは斜め右を向くと仕切りの外がよく見えた。

あの、朝に見た目立つ赤髪がこれまた目立つ紫髪とお喋りをしている。
目の保養、と心の中で言い訳をしつつその2人を盗み見た。

目がぱっちりとしたかわいい系と男らしいかっこいい系というタイプが違うイケメンが見えて、ここにセンラがいたら美人系も加わって顔面が騒がしい集団ができるな、とぼんやりそんなことを思った。


それにしても、本当に俺好みの顔してる。
 
目はぱっちりで鼻筋は通っていて唇は薄すぎず少しぽってり。顔だけ見ると女の子にも見えそうだけど服から覗く腕や手は筋張っていて男の人って感じ、やばいめちゃくちゃ好きかも。

あんまり人を見つめていても気持ち悪いなと思って、視線を戻そうとしたのに、赤髪のそいつは新作のフラペチーノを掴むと味わいもせず、ごくごくと飲んでいくから違う意味でまた目が惹かれてしまう。

その割に甘いものが苦手なのか、きゅっと顔を顰めて渋い顔をすると紫髪の男に渡してしまった。

相手が笑いながら手元にあった俺が買ったものとは違う、新作のしょっぱめマフィンを渡すと大きく口を開けてからかじりつく。
その後に心の底から美味しいです!といったような表情で目尻を下げてへにゃっと笑った。

 

きゅん。

その時確かに俺の心臓がきゅぅうっと握られた。

だってしょうがない。

ただでさえタイプの顔だったのにそんな笑顔見ちゃったらもうむり。
胸ってほんとにきゅんってなるんだ、はじめて知った。

とくとくと鳴る心臓の音を無視しようと、フラペチーノとケーキをごくごくぱくぱくと飲んで食べる。

いつもは味わって食べているのにそんな影は見るもなし。甘いのと甘いのも全然へっちゃらだったのに、今はひたすら甘い。
甘くて、あまくて、きゅぅうってなるからもう無理だった。

俺は逃げるようにお店を出てバス停まで走る。
今までにないくらい呼吸が苦しかったのは、走ったからということだけが理由ではない気がした。






 

 

 

「せんちゃんせんちゃんせんちゃん!!」


「可愛い男ってどうやってなんの?!?!」
 
突然乱暴に開けられたドアに、高校に入ってからすっかり不良となった幼馴染の口から予想だにしない言葉。

「............は、ぇ?」

人はキャパオーバーすると脳より先に口が動くのかもしれないとセンラは思った。



 

 

――――――――――――――――――――――――






 
 
身体の小ささを活かして可愛く見えるオーバーサイズのシャツにネックレス。下までダボッとしてしまうのは低身長の俺にはだめだから、シュッとしたズボンを合わせて、一目惚れしたスニーカーを用意。

髪はアイロンを使って外ハネと少しの内巻きを組み合わせてふわふわにする。
顔をマッサージしてからの日焼け止めはもちろんだし肌のくすみを飛ばして明るくする下地を塗って、自然感を出したいから、アイメイクはほとんど無しでほんのり色づくリップを塗る。

爪もぴかぴか。うん、今日の俺は大丈夫。

いつもより可愛くなれてる。



 

衝撃的なGWの1日を切り上げてセンラの家に直行した俺は、その場でセンラに可愛い男とはなにかを聞きに行った。
センラはお姉さんがいる分、普通の男子高校生より美容に詳しい。俺にスキンケアのことを教えてくれたのもセンラだったからこの選択は正しかった。

高校に入っていきなり不良なりかけ(東の頭)って感じになってた俺だったから、センラはめちゃくちゃ驚いてたけど持ち前の切り替えですぐに話を聞いてくれた。

話を聞いてくれたセンラはそのまま友達の可愛い代表の男の子に連絡を取ってくれて、その日だけで電話を3時間した。

2人によると俺は可愛い男の素質はあるらしい。
ただそれが活かしきれてないだけだとか。

また別日にセンラのお姉さんも交えて話した時に、俺はメイクを教えて欲しいと言ったがそれはあっさり却下。
俺としてはこの目の細さや目つきの悪さをメイクで改善出来たらと思っていたのだが、そのままがいいと言われてしまった。

いわく、元々可愛い顔なのだからオールバックをやめて分け方を変え、目はコンタクトの度数を上げて睨む癖をやめればいいとのこと。

どちらかといえばきつめの顔立ちだからそれは、と渋っていたのにゴリ押しされ、代わりに唇の形をより活かすリップの塗り方を教えこまれた。

学校へはいつも通り行き、家に帰ってから自分磨きに勤しむ毎日。決行日の夏休み期間までに大分自信がついてきたと思う。
 

こうして俺の可愛い男への道は開かれ、打倒赤髪の男作戦がセンラによって命名された。







 
 

「うらたん、男は馬鹿な生き物やからあざとくが大事やで」
「あざとく可愛くやりすぎないでしょ?」
「そう!やりすぎもあかんねん!!俺もうらたんも少女漫画で沢山見てきたあのやりすぎ女は逆に引かれる!」

肩を持たれぐわんぐわんと揺すられる俺を見かねたお姉さんがセンラの頭を叩く。
 

「まあ今日会えるかわかんねぇし気楽に行くわ」
「そこなんよなぁ、でも西の街にある高校は1つしかないし夏休み中には見つかるやろ」
 

こんなに意気込んでいるもののあの店で所詮一目惚れをした俺は当然、赤髪の彼の名前も学校も知らない。

でも西の街にある高校はひとつだけだしあそこは部活動加入が必須となっている。
文化系も運動系も力を入れてるから夏休みはどの部活も活動しているというセンラ情報。

俺はそこに賭けた。
 
その付近のショッピングモールで短期の販売バイトを募集していたからそこで働きながら例の彼を探すことにしたのだ。
見た目はやはり大切なのか怖々としながら申し込んだバイトは即採用の連絡が入った。

「じゃあ行ってくるね」

新しいバイトへの緊張と少しの期待を持ってうらたは西の街へと向かいだした。




 

 
俺が応募したバイトはやまだぬきのグッズ販売。
バイト自体初めてだったし、期間限定ショップだからなかなかに混んだけれども結果は上々。
緊張して臨んだ割にバイト経験のある年上の人からも褒められて嬉しい。
女性ばっかの職場だったけれど、好きなものの前に性別なんて関係なくてとても楽しく働くことができた。

シフトは朝からの固定で夕方には終わる。
そう、恐らく高校の部活動終了時刻。
多少の前後はあるかもだけどちらほらと部活動を終えた学生が校舎から出てき始めた。

付近をうろちょろしていたら誰かに声をかけられてしまうかもしれないから、少し離れたところで待機。

少女漫画だったら歩いててばったり会ったとかの運命的展開もありえたけど、少女漫画脳のくせに現実は見れる俺はより確実な方を狙った。
運命とは自分からぶつかりに行くものなのである。

スマホを見ながらいかにも人を待ってます、といった雰囲気を出しながら目を忙しなく動かす。

制限時間は30分。

それで見つからなかったら今日は諦めようと決めていた。










 
 

 

(あ......、いたかも、)

あの日と同じように目立つ赤髪をふわふわとさせながら歩く人が見えた。
汗ばんだ首元を冷やすようにシャツをぱたぱたと引っ張る仕草にまたきゅんと胸がなる。

(まって、見つかったのはいいけどこれ、どうすんの......?!)

まず見つけることが課題だったのにあっさりクリアしてしまったから、その次の「声をかける」という課題まで頭が回っていなかった。
ぐるぐると考え込んでいる間にもそいつはどんどん歩き始めてしまって、俺より先の方へ行ってしまう。

あざとく可愛くやりすぎない。
とりあえず袖のところをくいってやって引き止めなきゃ会えなくなる!

「うぉ?!......おっとぉ、」
 

先に進んでしまったそいつを引き止めることに頭がいっぱいになってしまった俺は、そいつの腕をがっしり掴んだ。

やばい、間違えた。

可愛く袖を掴むつもりが腕をがっしり掴んで引っ張ってしまった。後ろに突然手を引かれたそいつはこちらを振り向いて驚いた顔をしている。
 
やばいやばいやばい。

「え、っと、なんかありましたか...?」

こちらの様子を伺うように気遣った声でそいつが話しかけてきた。あざとく可愛くやりすぎないやでうらたん、というセンラの声が頭の中に響く。

「ぁ、......ぇ、っと、......道!道に迷ってしまって!!!」

腕を思い切り引っ張られた挙句、大声で道に迷ったと宣言するやつが目の前に現れたらどういう反応になるか。

 
俺たちの間には暫しの沈黙が訪れた。


 
 
 
(もうやだ、恥ずかしい。全然上手くいかねぇじゃん。)
 

あまりの羞恥心に及び腰になって脚がじりじりと後ろに後退を始めようとする。

「.........ふっ、あはは!っ、ごめんな笑っちゃって、道迷っちゃったん?」

「ぁ、......そう!道に、迷っちゃって」

「てことはここら辺の子じゃないんや、今日は遊びにこっち来たん?」
「こっちでバイト始めて......、大学もこっちにしようかと思って散策してたら、その、迷って...」

相手が話しやすい雰囲気だからするすると言葉が出てくる。バイトを始めたってことも大学をこっちにしようとしてることも嘘じゃないからまあいいだろう。
後退しようとしていた脚は大人しくその場に留まった。

「え?!大学こっちって...、今、何歳...?」
「高3、もう少しで18になる」
「俺高2...、うあやばいめっちゃタメ口きいてもうた......ごめんなさい、」

俺の方が年上だと分かると途端に、しゅんとして謝り始めるそいつが愛犬を思い出させて可愛く見えてしまう。

「ふふっ、全然いーよ。むしろタメ口の方が話しやすいからそっちにして?」
「...ありがと、そっちの方が助かるわぁ。...あ!名前聞いてもええ?」

「あ、俺はうらた。俺も名前聞いていい?」
「ん!僕は坂田!さっきはごめんなうらたさん......んん、距離遠いからうらさんで!ええかな...?」

「うらさんって初めてかも、よろしく坂田くん」
「俺のが年下やし坂田って呼んでや、よろしくうらさん!」

にっこりとした笑顔で笑いかけてくる坂田に、俺も釣られて顔がほころんだ。
この笑顔は今俺に向けられたもの、と思うとあの日とは比べ物にならないくらい心臓がうるさく主張する。

「それで、迷っちゃったんやっけ?どこ行きたいん?」
「あっ、東街行きのバス停行きたくて」
「東街行きやったらすぐそこやわ!近いし一緒に行ってもええ?」
「そりゃあ俺は助かるけど......、坂田は?いいの?」
「もうちょいうらさんと話したいから全然!」

眩しい。

青春を謳歌してるやつはこんなにも明るく親しげなのかと少し驚いた。
 
何度か遊びに来ているからもちろんバス停の場所は分かってる。ちょっとの嘘に心が痛むけど、坂田から誘ってくれてさらに話したいとまで言われたら断る理由なんかない。

「――ッおれも!話したいと思ってた!......から...その、お願いします...」

それににっこり笑って横に並んでくれた坂田と歩き出す。昨日の俺がみたら信じられないだろう。
 
その後はお互いに自分たちのことを話した。
 
坂田はバスケ部で、夏休み期間はほとんどこの時間に帰ること、俺と同い年の幼馴染がいること。
俺も近くのショッピングモールで朝の時間帯にバイトを始めたことや、坂田と同い年の幼馴染がいることを話した。

バス停まで15分ほどだけど沈黙が訪れることも無く、話していてずっと楽しい。
坂田も笑ってくれていてそう思ってくれてるかな、なんて思ったり。

「あ、着いちゃったな」
「ほんとだ。ここまで送ってくれてありがとな」

気づけばバス停に着いていて時刻表を確認するともう少しでバスが来る時間。
その前に何とかして連絡先を聞いておきたい。

「......あの、さ、もし坂田が嫌じゃなかったら......連絡先、交換したいなって......だめ、?」

最後の念押しはやりすぎたかもしれない。
バクバクとする心臓にぎゅっとスマホを握った手に力が入る。
ちらっと坂田の顔を窺うように見ると大きな目をぱちぱちとさせていた。

「あは、先に言われてもうた。俺から交換しよって言おうとしたのに〜!」
「ぇ......、交換してくれんの?」
「もちろん!俺うらさんと仲良くなりたいなって」

快くOKを貰えた上にまさかの言葉で顔が緩んでしまう。ほくほくとした顔で貰った連絡先を見ると初期のアイコンに坂田という名前が友人の欄に登録されている。
坂田の方も登録できたみたいで揃って笑っていたら向こう側からバスが見えてきた。

「じゃあさかた、今日はありがとね」

「ん!あっ、うらさん!」
「?」

バスが来るといったところで坂田に呼び止められる。
 

「俺、バス停通る帰り道もあるから、うらさんがバイトの日は一緒に帰らん?」

「.................................へ?」

詳しく聞きたかったのにバスは到着してしまって、後ろにも人が並んでいたから流されるように乗り込む。

「じゃあまた連絡するから!」

そう言った坂田の声を背に俺を乗せたバスは東の街へと動き出した。
真っ赤になった俺の顔は夕陽のせいだと思いたい。




奇跡的に坂田と知り合いになれたあの日。
本当に坂田から連絡が来て、俺がバイトの日はバス停まで一緒に向かうことになってしまった。

あまりの急展開に目を白黒させている俺の横で、センラはたいそうご満悦に頷く。

「まぁ、俺らのプロデュースとうらたんの天性のあざと可愛いがあればここまでは余裕やな」
「えー、やりすぎたかもって思ったんだけど」
「その後自然と控えめになるのがうらたんの武器やで。あれは簡単にできん」
「なんだそれ」

やりすぎないってことを意識してたらほどよいあざと可愛いが出来ていたらしい。
バイトもいい感じだし、さかたとも一緒に帰ることになったしでなかなか良い滑り出しなのではと思う。

「次は赤髪に仕掛けていくで!可愛くあざとくを出しつつ遊ぶ予定をこじつけるんや!」

「わぁ、センラが凄い乗り気」

「当たり前やん、不良のうらたんを俺がどんだけ心配したと思っとんの」

ムッとした顔でこちらを向く年下の幼馴染を、可愛いなぁって思う。

かっこいい俺、が好きなセンラはそのように振る舞うことが多いけど、実はピンクのうさぎのキャラクターが好きなところや、チョコが好きなところとかにコイツの可愛さがあるのはギャップだ。

美人で可愛い幼馴染が俺の事を心配してくれていたということに自然と顔が綻ぶ。

「なにうらたんその顔は」
「んー?......ふふっ、せんちゃん可愛いなぁって思って」

「はぁ?俺はかっこいいよりやない?可愛く赤髪を落とすのはうらたんやろ」
「分かってるって!......あ、そういえばさかたの友達にセンラ好みのかっこいい人いたわ」

「それ、絶対赤髪友だちフィルターかかっとるやろ。俺好みなんてそうそうおらんし」

当たり前のようにそう言い興味も示さないセンラにあの紫髪のイケメンを見せてやりたい。絶対、センラ好みの顔だと思うんだけどなぁ。
まあ、そのためにも俺はさかたと仲良くなってその友達を紹介してもらえるくらいにならないといけない。さかたとあの紫髪の人が並んでるのは顔が良くて単純に目の保養だし。

「......よし!センラ、俺頑張るから」
「ん!この戦い、うらたんが勝たなあかんで!」

合言葉はあざと可愛くやりすぎない。
それを胸に刻んで、打倒赤髪の男作戦を次の段階へと進めた。













 

 

 

「さかた!今日も部活お疲れ様。ポカリ買ったけど飲む?」
「え!ええの?あ、ちょお待ってお金、」
「いーよ、こんな暑い中頑張ってるご褒美」
 
「............うらさん、モテるやろ。可愛くてこんな気遣い上手......」
 
「っ、......んなことねーよ」
 
「あら照れた?かわええなぁ」

確かに坂田の前では可愛くいられるように気をつけてる。でもそれを本人から言われるのはまた違うというか、というかコイツ可愛いって言い慣れすぎてない?やっぱ顔が良いから経験も凄いとか、そういうこと?
 
そんなことを考えてしまうけど好きな人から可愛いって言われて嬉しくないわけもなく、緩んでしまった顔を見られないように背ける。

「俺より、さかたの方がモテるでしょ」
「えー?おれぇ?」
「話しやすいし、......かっこいいし、」
「んふ、うらさん俺のことかっこええって思ってくれてるんや?」
「.....................まぁ、」

「えー!思ってくれとるの嬉しいなぁ!」

「っ!?ちょ、さか、」

「あは、ごめん。可愛い子に言われてテンション上がっちゃった」

ベンチに座って待っていたのに、テンションが上がったらしい坂田に引っ張られてそのままつんのめるように坂田の方へ飛び込んだ。
それを難なく受け止めて、「クレープ食べいこ!ポカリのお礼!」とぐいぐい腕を引っ張られるのに俺の心臓は飛び出そうになる。

 

あれから何度か帰りを一緒にして、こういう風に坂田と寄り道をすることが増えた。

バス停を通る帰り道は坂田にとって少し遠回りになるみたいで、本人は気にしないでと言っていたけどそれに申し訳なさを感じた俺は、負担にならない頻度で差し入れを買うようになった。

そのお礼として坂田は寄り道を提案してくれる。断っていたのに、「俺食べたいものあるのよね、あかん?」なんて言われてしまったらもう断れない。

頻度には気をつけてたのに、今では坂田が必ず寄り道をしてくれるようになり、俺も毎回差し入れをするようになった。

「さかた、今日は俺が奢りたい」
「さっき奢ってくれたやん」
「金額が違うだろ!今日はおれ!」
「いーや。もうちょっと一緒にいたいって俺の我儘やから気にせんで」

「......え、」

 

「あは、言うてもうた。帰り道短いから話しきれないんやもん」

「だから今日も付き合って?」と、この顔面ドストライクの男に言われて断れる訳もなく。
頷くことしかできなかった俺ににっこりと笑って、坂田はそのまま歩き出した。






 

「ブリュレのクレープなんて初めて、」
「うらさん、おいし?」
「やばい、パリパリのとことカスタードが凄い合う!」
「あらぁ、良かったやん。こっちも食べな?」

「ん!」

差し出されたスプーンに乗った苺をぱくり、と口へと迎え入れる。カスタードとは反対の、フルーツの甘酸っぱさが美味しくて、テンションが上がって、

上がったところでハッと気づいた。

差し出されたスプーンは受け取れってことだったのかもしれない。それなのに、尋ねもせず坂田にスプーンを持たせたまま食べてしまった。
俺のやりすぎセンサーが警告を鳴らしていて、恐る恐るといった様子で坂田の方を見上げると、怯える俺とは反対に、坂田はにこにこ笑って、そのままもう一度生クリームと苺をスプーンへと乗せている。

「はい、もう一口どーぞ」
「............太る、」
「こんなちょっとで太らんて」
「さかたの減るじゃん」
「ちょっと量多かったの、たべて?」

「........................おいしい、」

不貞腐れたような声になってしまった俺を気にもせず、にこにこしている坂田。
そんな坂田の様子に俺は今ならいけると思った。

ここ何回かで言えずじまいになっていた、「遊びに行かない?」の一言。
 
坂田もさっき帰り道短いって、話しきれないって言ってたし、今日の様子から勝率は8割あると思ってる。
恋は戦争。確信を持ってから挑むのが大事なのである。

 

「さ、さかた!あのっ......」

「あれ!坂田やん!こんなとこにいるの珍しいなぁ」
 
「あー!まーしぃやん!」

 

(俺が、話そうとしてたのに...!)

誰だよ、と思って声のした方向を向くと、あの時のかっこいい系のイケメンである紫髪の人だった。
そのまま親しげに話し出す顔の良い2人に周りにいた女子高生やら、女子大生やらが色めきたつのがわかる。
 
遮られたことに苛立っていたけど、この顔の良さの並びはその全てを許せてしまう。
あの日と違って、片方の髪を耳にかけて、自分に合った私服を着こなす姿は制服を着ていた時よりも大人びていてかっこいい。

あんなにかっこよくして、誰かと約束でもしていたのかな、なんて思ってぼんやりと見ていたら、バチりと綺麗な紫色の瞳と目が合った。

「こんな可愛ええ子捕まえて坂田やるやん」
「あ、はは......どうも、?」

急に距離を詰めてきたその人に驚く。
身長が同じくらいだからしっかりと目が合って、その良すぎる顔の圧力に、ジリジリと足が後退しそうになった。

「ちょっとまーしぃ!うらさんに絡まんといて!」
「えー?そんなつもりないって。坂田がたまに楽しそうに帰るの、この子がおったからなんやなーって思っただけ」

「もお、そうよこの子がそう。だからあんま近寄らんといてね!」
「分かっとるって、坂田は嫉妬しいやなぁ」

コロコロ変わる話題に追いつくのが大変。
というか、さかた、俺に会う前楽しそうなの?周りも分かるくらい楽しみにしてくれてんの、かな。

「うらさんごめん!前言ってた幼馴染のまーしぃ、顔が良いから惚れたらあかんよ!?」
「お、おぉ......わかった、」

「必死やんw」

坂田の謎の圧に負けて俺が首を縦に振ると、その様子を見たまーしぃ?はケタケタと面白そうに笑う。
それに「もおー!」と言って怒り出す坂田を見ていたら俺も何だか笑えてきてしまって、笑い出す俺たちと怒る坂田という変な構図になってしまった。

「ははっ、ごめんな邪魔して。坂田に伝えたいことあって」
「もー、なにぃ?」

「次の休みの日、出かけるっていったやん?あれごめんやけど別の人優先してもええ...?」

「..................まーしぃ、俺以外に遊ぶ人おったん?」

「おるわ!!!!」

「あーもう話逸れたやん。............そんでな、その日は、好きな人と出かけられるかも、しんなくて」
 

「え!!ついに誘えたん!?断られとったのに!?!」

やったやん、なんて話す2人に本当兄弟みたいに仲がいいんだな、って思う。俺が不良なんて不名誉な肩書きを持ってなければ、俺とセンラもこう見えてたかもしれない。

センラに迷惑がかからないよう、外では話しかけないようにしていたことを思い出して少し、その光景が羨ましくなった。

話はまとまったみたいで、去り際に「坂田のことよろしくな」なんて、まーしぃは言い残していった。
ご丁寧に綺麗なウインクまでつけてくれて、顔の良さを自覚してるのも好感が高い。

変に謙遜するよりその顔の良さを上手く使ってくれる方が有難いし、同じく顔の良いせんちゃんとも相性が良さそう。

「......らさん、うらさーん?」
「わ、ごめんぼーっとしてた」

「............まーしぃの顔めっちゃ見てたやん」

「や、イケメンは耳に髪かけんのも似合うなぁって」
「なぁに、耳かけの方が好みなん?」
 
「好みというか、前と違っ......」


 
 
 
 
「どーお?うらさん好み?」


 

 
「.........う......ぁ............好み、かも、」

 

 
 

「あは、俺もうらさんの耳かけ好みかも」
 

「ひ、ぇ......」

サラサラとした赤髪を耳にかけた坂田はなんというか大人っぽいかっこよさがあって、思わず言葉に詰まる。
固まった俺に笑ったかと思うと、少し屈んで顔を近づけてきて、そのまま俺の髪を掬って耳にかけてきたものだからキャパオーバー、オーバーキル。

「ね、うらさ、」


「ゃ............、ちか、い」

 
心臓がきゅうっとなって、片腕で赤く染まった顔を隠すようにして坂田から一歩後ずさる。
さっきまーしぃに近づかれた時とは違う。好きな人に、坂田に、近づかれたから心臓は破裂しそうになるし、顔だって熱をもつ。
 
こんな状況なのに、場違いにも、俺ってほんとにさかたのことが好きなんだなって感じた。

「............、今週の日曜ってうらさん空いとる?」

「......?空いてる、けど」

覗き込むようにしていた顔をパッと離して、坂田は突然そんなことを聞いてくる。
離れた距離に安心しつつも、その突拍子もない質問を必死に噛み砕いて答えると、坂田の顔がパッと輝いた。

「ほんと!?あんな、映画のチケットがあって、シリーズものだから誘いずらくてまーしぃ引っ張ってこうと思ったんやけど、だめで、......これ、うらさん興味あったりせん?」

「............え!?」

坂田が持っていたのは俺の好きなシリーズものの特別上映チケットで思わず声が漏れる。
だって、それは俺がパソコンに張り付いてたのに取れなかったチケットで、一部のサイトでは高額な取引もされている。
 
でも、そんなことよりも俺からじゃなくて、坂田から誘われたということが俺の頭をパンクさせた。

「あ!もちろん知らんやつだったら全然大丈夫よ?ただ、映画はなしでもうらさんと遊びに行きたいなぁって」

 

........................さかたが、俺と、遊びに行きたいって。
 
映画がなくてもおれと、部活のない貴重な休みに。


「っ行く!!!絶対行く!あの、俺もっ...!そのシリーズ見てて、好きで、それにさかたと遊びに行きたいって俺も思ってた......!」


言い切った後に、ぶわっと顔が熱くなったのを感じた。

目の前の坂田は俺の勢いに目をまん丸くしてるし、そんな坂田を見て俺は慌てて後ろへと一歩下がる。
不自然に空いてしまった距離が俺の羞恥心を煽って、このまま走って帰ってしまおうか、なんて現実逃避めいた考えが浮かんだ。

「んふ、ふふっ、......ふっ、」

「っ〜、......も、帰る、」

「ごめんて、馬鹿にしとるんやなくてうらさんが可愛くて笑っちゃったの。俺と一緒で遊びたいって思ってくれてたの嬉しい」

ストレートな言葉を言う坂田の顔をまっすぐ見れない。この顔のいい男にそんなことを言われて照れないやつなんていないだろう。
現に俺は照れと先程の羞恥心で顔が熱いし、心臓がうるさすぎて可愛い表情を作る余裕もない。

なかなか動き出せなかった俺に、坂田が「帰ろっか」と声をかけてバス停までの道のりを歩く。
その時に盗み見た坂田の耳が赤かったのは俺の見間違いじゃない気がした。

いつものように弾んだ会話じゃなかったけど、ぽつりぽつりと言葉を交わす時間が愛おしい。

そして、バスに乗り込んでから来た、坂田からの待ち合わせ決めの連絡にどう返事をするか悩んで、そのまま乗り過ごしてしまったことは俺だけの秘密とする。

 

――――――――――――――――――――――――

 


とうとう約束の日。

可愛い愛犬の朝早くの熱烈ラブコールにこれほど感謝したことはない。おかげで時間をかけてゆっくりと準備ができた。

全身鏡を見て最終チェック。

まずは顔、ここ1週間は食べ物に気を使ったからニキビもなし、前日にパックもしたから肌はツルツルで、下地できちんとくすみも飛ばして、透明感を意識。
くるんっとしたまつ毛に、ほんのり色づいた唇。
なかなか綺麗なリップラインが作れたのでは?なんて自画自賛。

次に髪型、アイロンを使ってふわふわを意識して、ぴょこぴょこ跳ねる髪を上手く馴染ませることができたからワックスでそれを固定。
頼むから一日もってくれの気持ちで念じながらセットした。

最後に服、この日のために買ったぶかぶか感が可愛いTシャツは少し坂田をイメージした赤が入ってる。それだけだと寂しいからネックレスを下げて、細身のパンツにお気に入りのスニーカー。

大丈夫、いける、今日の俺は可愛い。

外に出れば可愛い子なんて沢山いるわけで、そんな中でも萎縮しないように自分に念をかける。
たくさん大丈夫を唱えてからほんのり香る程度に、香水をワンプッシュ。爽やかなのに少し甘いこの匂いはお気に入り。

センラに「いってくる!」と連絡を送ると、激励の言葉が帰ってきて背中を押された気持ちになる。
こんなにそわそわドキドキした気持ちで出かけるのは初めてで、落ち着けるように深呼吸をしてから玄関の扉を開けた。





 



(早く来すぎたかも......)

映画は夜に近い時間だったけど、その前に遊ぼうという嬉しいお誘いを断る理由なんてなくて、集合時間はお昼頃。準備し終わってそわそわしていた俺はそれより早い時間に集合場所に着いてしまった。

そこから、だいぶ過ぎた約束の時間。

なかなか坂田の姿が見えなくて、少し不安になってきた。集合時間も場所も確認し直したけどあっているし、連絡を入れてみたけど既読もつかない。

寝坊かな、それとも忘れてる、とか......。

俺は楽しみにしていたけど坂田はそこまでじゃなかったかも、と考えると寂しくなってくる。
 
家を出る前より萎んだ気持ちでぼんやりしていると、突然電話が鳴った。相手は坂田で、ほっとした気持ちでそのまま応答ボタンを押す。

「っ、もしもし?さかた?」


 

 

「うらた、わたる、.........まさか本当に知り合いだったとはねぇ」

「......誰、」

「西の街の倉庫。ここまで来て。来ないと坂田くんがどうなるかわかんないよ?」

「は、?っ、ちょ、おい!!!」

画面を見ると既に通話は切れていて、それに苛立ちながらも足は勝手に目的地へと向かっていた。

心臓がバクバクと音を立てていてうるさい。

相手は俺の声だけで俺だと確信していたから面と向かって会ったことがある相手だろう。
電話越しに驚いてはいたから多分、人伝いに聞いただけで坂田を攫って賭けに出たってところ。

わざわざそんな手間をかけて、それに確信もなくということは相当俺に恨みがあるらしい。
そんな奴と坂田が一緒にいるってだけで、もしかしたらを考えてしまってゾッとする。

(殴られるのも蹴られるのも、抵抗なんかしない、)

だからどうか、なんてらしくない神頼みをしながらセットした髪も気にせず全力で走り続けた。



















「っ、は、......っさかた!!!」

「......おお〜、早い早い。そこから動かないでよ?」

ニタニタした顔で笑うそいつと、その周りには同じような顔をした奴らが数人立っている。
そしてその中央に、後ろ手に縛られて椅子に座った坂田がいた。

「っ、うらさん、なんで、」

「そりゃあ、大好きな坂田くんが攫われたーってなったら来るでしょ、ねぇ?」

 
「..................何が目的なんだよ」

顔を上げた坂田は幸いにも怪我はしていないようで、少しだけほっとする。後は俺の出方次第になるだろうから、下手に相手を刺激しないよう問いかけた。

周りの奴らはともかく、話しかけてきた奴のパッと見た感じは不良っぽくない。むしろカチッとした制服を着ていて、優等生といった感じ。

「うらたくんさ、俺のこと分かんないでしょ。俺、不良じゃなくて優等生やってたし。............でもさぁ、その優等生からも外されちゃったんだよね」

「......なんで、」

「はぁ?そんなのうらたくんが俺のこと通報したからに決まってんじゃん。不良には分かんないだろうけどこっちは勉強とかでストレス溜まってんの。それをそこら辺にクソほどいる猫とかで発散してたのにさぁ、」

それを聞いて思い出す。
 
確か東にある公園で猫の悲鳴と嗤う声が聞こえて、見に行って見たら石を投げられた猫とそれを囲う制服を着た学生たち。それで、その子を庇うように身を乗り出した。
 
ひと睨みしただけで逃げてっていたから気にしていなかったし、通報もしなかったけど、多分分かりやすく制服を着ていたから他の誰かが通報したんだろう。
それをコイツは俺がやったと思っているっぽい。

「不良が変な正義感出してこっちが被害に遭うっておかしくない?おかげでこっちは学校行けなくなってさ、ありえないでしょ。」

「俺は、何すればいいの」

「んー、猫の代わりになって欲しいなって思ってたけどうらたくん強いし。どうしようって思ったらうらたくんのこと嫌いな人結構いて、それで最近西まで行って仲良くしてる子もいるって聞いて、みんな集めてソイツにやったらいいんじゃないって思ったんだよ。..................ね、やっていいよ」

 
 
「っ、!ぐ......っ」

「っさかた!!!!」

「ははっ、いー顔するね」

そいつの合図と共に坂田の身体が押さえられて、周りにいた奴が腹部に蹴りを入れる。
痛みで顔を歪めた坂田と動けなかった俺の顔を見て、指示した奴は満足気にニタリと笑った。

それを見てプツリと何かが切れた気がする。

コイツのストレスなんて知ったことではないしそれを猫で晴らすなんて一般的にも許される行為ではない。
それがバラされたから逆恨みでわざわざ仲間集めて、坂田攫って暴力ふるって、意味がわかんねぇにもほどがある。


「ねー、もう一回やって。次は声抑えらんないくらい強めに殴ってよ?」

そう言いながら男は嗤う。

だって、あのうらたわたるが手も足も出ず、悲痛な顔をするのが面白くてたまらない!
それに嗤いながら頷いたやつが先程よりも大きく腕を振り上げて、狙いを定めるのに笑いが込み上げてくる。

 

「せーーのっ!............っは?」

大きく振り上げられた腕が下ろされる前に、ソイツの顔に鋭い音を立てながら縦長い塊がぶつかる。
カランっと転がり落ちたそれは淡いパステルグリーンの色をした携帯型のヘアアイロンで、その場違い感に思わず思考が止まった。

「はっ、ぇ、な、なにっ............!ぐっ、え、!」

慌ててそれが飛んできた方向を向くと、目の前には某有名なスニーカーが迫っていて、紡ごうとした言葉はそのまま頭が揺れたのと同時に醜く潰れた。

男が吹き飛んだ先は集められた不良らが立っていた場所で、ボウリングのピンみたいに巻き込まれた奴らが倒れていく。周りにいた不良もそれに思わず目がとられると、視界の下に影が映り込んで、顎下からの衝撃に脳が揺れた。

腹部に重たい拳が入って沈む。
 
振り上げられた脚が脳を揺らして沈む。
 
踏み台代わりに顔を踏まれて沈む。

指示をしていた男の前には、立っている奴らや沈んで足元を邪魔する奴らすら利用して、軽やかに相手を倒していくうらたの姿があった。

立っている奴が一人もいなくなって視界が開けた男の目の前に、トンっと軽やかな音を立ててうらたが着地する。

こちらを見る目には温度が無く、底冷えするような鋭さがあるが、先程の鮮やかな動きに目を奪われた男は、謝罪も情けに縋る声も出せずにそれを見つめ返した。

「..............................さっさと消えろ」

その声を皮切りにバタバタと転がるように男たちは逃げ帰っていく。
適当に集められただけの奴らであるから敵討ちなどの熱も、団結力もなく、倉庫にはあっという間にうらたと坂田の2人だけになった。

 
 
そう、坂田とふたりだけ。

 
ハッとして、恐る恐る坂田の方を見やると、そこにはポカンとした様子の坂田がいた。
蹴られた腹を痛がる様子は見当たらないが、それよりもこの状況の方に気を取られているのだろう。
 
可愛いを意識していただけあって、恐らく坂田のうらたへの認識は、可愛い系の男の子といったところ。

そんな子が不良のように呼び出されて、因縁つけられて、自分は蹴りを食らって、ブチ切れたその子が不良たちを逆にボコボコするなんて、怖いどころの話ではない。

うらたがここでとるべき行動は、謝罪をして今後坂田には近寄らないと約束して安全に坂田を家まで送り届けることである。
しかし変なところでポンコツのきらいがあるうらたはそれが頭からすっぽ抜けてしまった。

(さかたに怖い思いさせた、謝らなきゃ、その前にさかたの怪我を確認して、......あ、手についた縄、縄とらなきゃっ!)

とにかく縛られてしまった坂田の手の縄を取らなければと、駆け寄ったうらたは慌ててそれに手をかける。
 
その縄が人を縛り付けるには不自然なほど緩くなっていたのだが、必死なうらたはそれに気づけない。
 
それを解き終わったあと、坂田が手を握って開いてを繰り返してるのを横目に、ここ数ヶ月、可愛い男の子を演じるために脳をフル回転させてたうらたは必死に話しかける言葉を考える。

 

考えて、考えて、少し血がついた拳を咄嗟に後ろに隠して、そして、



 


 

「あ、、ぅ............ごめ、ごめ、なさ、、これは、その......俺、も、こわ、くて、......こわかっ、た...」





 
 

場に訪れる静寂。
 
あ、終わった、とうらたは感じた。

 

確かに可愛い子は不良に攫われたりして、助けに来たヒーローに怖かったと可愛く泣き縋るなんてことはある。

ただ、この場合は攫われた子が怖かったと泣くのであって、少なくとも助けに来たヒーローが言うものではない。

それにボコボコにしといて怖かったはねえだろ。

坂田の怪我の具合を確認しないといけないのに、あまりの羞恥心にうらたは動くことが出来なくなっていた。



 

 

「んふっ、......ふ、っ、あははははは!!」
 
 
「怖かったって、それは...!いやいやいやいや!」



いたたまれなくて下を向いていたうらたは聞こえた大きな笑い声に思わず顔を上げる。

そこには面白くてたまらないといった様子で爆笑する坂田の姿があって、その訳の分からない状況に羞恥心と混乱でいっぱいになったうらたはフリーズした。

「んふっ、ふふ、......あー、お腹いた、もう一生分笑ったかもしれんわ」
 

その勢いのままぎゅーっと温かい体温に抱き締められて、フリーズした身体が今度はボンッとショートした。

けれど自分がいるのは坂田の腕の中。

蹴られた腹部の確認にはちょうど良くて急いで切り替えた頭で坂田の服を捲る。

 
「っさか!さかた!怪我は、怪我見せて、!」
 
「やだぁうらたさんのすけべ。腹筋に力入れてたから全然よ、腰も入ってないヘロヘロの蹴りやったし。それより東の頭してるだけあってやっぱ強いんやねぇ」
 

「はっ、!?な、それ、っ......いつから、」

「そりゃあ、隣街でだれが上なのかくらいの情報入ってくるよ」

「な、んで、......さかたが、そんなこと、」






 
 

「やって西ではまーしーと俺が上やもん」

 

知らなかった事実に思わず固まる。

「まーし、顔いいから逆恨み多くて...巻き込まれてたらこんなんなってもうたぁ」なんて俺を抱きしめながら言う坂田だけど、絶対それはまーしぃのせいだけじゃない。

2人の並んだ姿を思い出して、そして自分とは正反対の絡まれ理由でうらたはちょっと傷を負った。

「じゃあ最初から気づいて......、」
 
「初めは可愛こぶって何企んどるんかなぁ、って思ったけどなんか俺のこと好きみたいやし」

 

俺だけじゃなく坂田も不良のようなもので、俺のことを東の頭として知っていて、かつ俺が坂田のことが好きということもバレていて。
そんな坂田の目におれはどう映っていたんだろう。そんなの、考えなくても分かること。さっき爆笑されたし。


 
 
「......そ、なんだ.........、滑稽だったでしょ。忘れてとは言わないけど喋んないでくれると助かる。そんで、もうこっち来ないから、......今までごめん」


腕を突っ張って坂田から距離をとる。
全て知られていたということが恥ずかしくて、情けなくて、この場から早く離れたい。

とりあえずの謝罪と傷の確認は済んで、こっちに寄らないとも言った。正式なものはまたにするとして、とにかく逃げたい。

うらたの頭の中は「逃げる」の一択になっていて、その証拠に脚がじりじりと後退をして、既に目で出口を確認して頭の中では脱出経路を組みたてている。

そして坂田の腕が一瞬緩んだ隙を見て、そのままダッシュを決めようとした。

「やぁっぱり。なんで逃げようとするん?」

 

緩んだと思ったのに、踏み出そうとした瞬間、坂田の腕が強くうらたを囲いこんで、先程よりも密着した距離になる。

「や、その、帰らなきゃいけな、いし、」
「なんでよ、これから映画やろ?」

(いやいや正気かよ、こんなんで映画なんて見れるわけないだろ、むり、ほんとむり)

「今日は、映画は、そのぉ......っ、ぐっ、」
 
「だめやって、逃げようとせんの」

ぐっと腕を突っ張ったり、それとなく足を引っ掛けてみようとしたりしたけど全部阻まれる。
それどころか耳元で小さい子を窘めるように叱られて、少しだけゾクッとした。


 
「ねぇ、俺もうらさんのこと好きになっちゃったって知ってた?」

 

「へっ..................、?」


「あは、......好き、すー、き。うらさんがすき」

「っ、......耳、やめっ、」
 


「このまま逃げようとするんやったら、ここで、すごいことしちゃうかも......」

「〜〜〜っ!!!」


ビクッと身体を跳ねさせて、こちらを睨む目は先程の奴らに向けたものと違って、潤んで甘さを帯びている。
本人は怒っているんだろうけど、この人は俺のことが好きだから、どうしたってその目は鋭くはならない。
 
常に可愛いを意識して頑張っていたけど、こういう無意識で人を煽ったりするのは本質的なものみたいだから、これから俺の理性が試されていくんやろうなぁ、と未来の自分へ思いを馳せる。

しばらく自分の中で葛藤していたようだけど、「すごいこと」が余程効いたのか、逃げようとしていた脚は踏みとどまって、代わりに俺の胸元にグリグリと顔を押し付けてきた。

その勢いが、可愛いより、痛い。いやほんとに痛い。

「ちょおうらさん、痛い、いたいって」

「......うるせぇ、タチ悪いんだよ、全部知ってたなら言えよあほ、ばか、このハム」

「あらぁとんでもなく悪いお口。塞がれたいん?」

そう尋ねるとピタッと動きが止まる。
それを残念に思っていたら、さっきよりも弱くなった力で頭を押し付けて、控えめに擦り寄せてきた。

「んふ、急に素直やねぇ。......かわぇ、、っぐ、!」

その可愛さに応じて顔を上げてもらおうと、頬に手を添えようとしたら、先程受けた蹴りよりも重めの拳が腹部に入って思わず声が漏れる。
 
咄嗟に腹筋に力を入れたけどそれでも痛い。

「っ、いったぁ......もお、なにするん」

「へっ、俺はキスするならもっとロマンチックな感じがいーの。出直してこい」
「悪い奴に攫われて、助けられてキスなんてめっちゃロマンあるやろ」
「攫われたのはお前で、助けたのが俺じゃん。巻き込んだのは悪かったけど絶対お前逃げれたじゃん。タチ悪い」

そりゃあ逃げれたし、なんなら返り討ちに出来たけどそれだと面白くない。本当のうらさんと会いたかったから結果は大成功なのに。

俺のことを好きって顔して可愛く頑張るうらさんも好きだけど、今日がなかったらツンツンした可愛いうらさんを知るのはまだまださっきだったかもしれない。
だから俺としては大満足な日。なんなら記念日といってもいい。

 
そのまま俺に背を向けて倉庫から出ようとしたうらさんの腕を掴んでそのまま引っ張る。
 
あ、ほら、この感じも最初にうらさんが俺を見つけて呼び止めた時と同じ。

 

「うわっ!!......っん、!」

引っ張られて驚いたうらさんの顔を反対の手で引き寄せて、その唇に自分の唇を重ねる。
きちんとケアされた柔らかい唇に驚いたけど、うらさんは俺よりも驚いた顔をしていて可愛い。

「ぷはっ、ちょ、さか、ぁ、んむっ!!ん、!ん゛〜〜!!」

怒られるのはいや。

それに怒った顔のうらさんよりも今はもっと、蕩けた顔のうらさんが見たい。

柔らかい唇を食んで、苦しくなって開いた口をさらに塞ぐようにして舌を入れる。歯列をなぞるようにぐるっとしてから、上顎を攻めるとビクッと身体が震えた。
そのままされるがままに、潤んで蕩けた顔をするうらさんが可愛くて、漏れる声すら飲み込むように深く口付ける。

くたりっと身体の力が抜けたうらさんを支えて、そっと口を離すと、腕の中には顔を真っ赤にした可愛い人。

「っ、〜っ、おま、ふざ、ふざけんなっ」
「ふざけとるわけないやん。なに、もっかいする?」

「や!いま口、びりびりするからむり、」

「いやそれ煽っとるやろ」

はぁぁあ、と坂田が深いため息をつく。
坂田が動く度、威嚇した小動物みたいな反応をするくせに、坂田の服の裾を握って離さないのはどういうつもりなのか。
 

反対にうらたは自分がされたことを飲み込むことに精一杯でそこまで頭が回っていなかった。

だって、初めてのキスがあんな、あんな......、
自分が食べられるかもと思ってしまうくらい離してもらえなくて、逃げようとしても逃げられないのにドキドキした。心臓が立てる大きな音が坂田に聞こえてるんじゃないかって思うくらいうるさい。

「よいしょっ、と。このままやと間に合わなくなっちゃうからもう出よ」
「ちょっ、歩ける!歩けるからおろせよ!!」
「え〜?あんなクタクタになってたのに歩けるん?」
「歩ける!!!!」

降ろしてもらった身体は確かに力が入りずらかったけど歩けないほどではない。
よしっ、と思って歩こうとしたら片方の手がきゅっと温かい温度に包まれる。
びっくりして思わず坂田の方を見ると、「転んだら危ないやろ」なんて小さい子を心配するような台詞。

(別に、そんなことされなくても歩けるし。坂田が繋ぎたいだけじゃないの)

思うだけで口に出して伝えないのは、俺も坂田と手を繋いでいたいから。これも坂田には言ってやんない。
顔を背けて、知らんぷり。

打倒赤髪の男作戦は知らないうちに成功していて、あざと可愛くやりすぎないもどうやら効果を発揮していたらしい。

正直、俺にあざと可愛いが出来ていたかなんて分かんないし、坂田がいつ、俺のことを好きになってくれたかも分からない。

「さかたっ!」

でも確実に俺より後だから、こいつが好き勝手した分俺も好き勝手してもいいよね?

ぐいっと手を引っ張って耳元に囁く。

「......おれも、さかたのことすきっ」

そのまま近づいた頬にそっとキスして、したり顔。
驚いて目をまん丸にした坂田に笑いが込み上げてくる。

「えぇ......もお、なにぃ、急に可愛いことするやん。足んないからもっかいして?」
「もっかいはしない」
「じゃあ俺からしていい?」
「今はやだ」

なんでそんな冷たいこと言うのよ、とうだうだ文句を言う坂田だけど、タチの悪いことをしたこいつには丁度いいだろう。

本当の俺はそんなに素直じゃないし可愛いことだって簡単に言えない。そんな俺をご丁寧にも暴いてくれちゃって、好きまで言っちゃって。繋がれた手と坂田の顔を見て、改めてそのことを自覚して胸がきゅんとなる。

「............でも、映画のあとならしていーよ」

少女漫画のアオハルのようにはいかなかったけど、好きな人が好きになってくれて、その好きな人と初めてキスできただけで充分。

 

だから、映画のあとなら、なんて自分で設けてしまった時間のせいで集中できず、終わるまで明らかな挙動不審になってしまった後悔は後ですることにする。

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