メープルシロップみたいな恋人
たまたま去年からちまちま書いてた話がホットケーキの話で、先日ホットケーキの日だと知って完成させたものです
Twitterに上げたものに加筆修正しました
宇髄さんの性格が格好良くはないのでなんでも大丈夫な方はどうぞ
恋人の前だけギャップがある攻めが好きなんです
「可愛いな」
もう何度目かになるその言葉に耐えられなくなって、俺は耳を塞いでその場に蹲った。
「あーもう! 耐えらんない!! なんなんですか、さっきからずっと可愛い可愛いっていい加減にしてよ、宇髄さん!!」
蹲ったまま文句をいうけど、宇髄さんからは反省の音も謝罪もない上に開き直った言葉が返ってくる。
「仕方ねぇだろ、善逸が可愛いんだからよ。ほら、焦げるぞ」
その言葉に慌てて立ち上がってフライパンを覗き込むと、丁度生地からはぷつぷつと小さな泡ができていてフライ返しをタイミングよく動かして生地をひっくり返すと綺麗な焼き色がついていてホッとする。ここまで来て失敗なんてしたくないからね。
「あのさ宇髄さん、邪魔するんだったら向こう行っててよ」
「はぁ? 向こうに行ったら善逸に構えないだろうが」
お前は何を言ってるんだ? みたいな顔するのやめてくんないかな。構われたらホットケーキ焼けないって言ってんのに!
「宇髄さんが焼きたてのホットケーキ食べたいってわがまま言うから作ってんでしょうが!」
「違ぇよ。善逸の作った焼きたてのホットケーキが食いたいって言ったんだよ。でも、こうエプロンしてキッチンに立ってる善逸が可愛くてだな」
「だから、もう可愛い言うの禁止!」
「はぁぁぁ? なんでだよ、俺に死ねってか?」
「いやいやいや、なんで俺に可愛いって言えないから死ぬの? 意味わかんないんですけど!?」
「お前が可愛いからだろうが。焼きたてが食べたいって行ったら次の日には材料全部揃ってるわ、散々文句言ってたのになんだかんだ言いつつ俺がやったエプロンしてるし、パソコンの検索履歴見たら『美味しいホットケーキの作り方』とか全部可愛いだろうが!」
「ギャァァァァァァ!! なんで検索履歴とかまで見ちゃってんの? あまつさえ言っちゃうわけ!? そういうのは気付かないふりすんのがマナーでしょ!!」
そりゃ好きな人がテレビ見て美味そうだな食いたいなって言ったら作ってあげたくなるし、俺に似合うからって買って来てくれたらそれがフリフリのエプロンだって着るでしょ、それにどうせ食べて貰うんだったら美味しいのってなるじゃん! 俺なんにもおかしくないじゃん! 何でこんな辱めを受けなくちゃなんないわけ?
「お前が俺のためにしてくれること知って何が悪いんだ?」
「もう黙ってて」
宇髄さんはずっとこんな風に俺に甘い。
好きだ愛してるなんて毎日聞いてるし、俺が恥ずかしくて言えないでいても「善逸は言葉にしなくても態度でわかるから無理しなくていい」っていうし、たまに勇気を出して言葉にすればそれこそホットケーキにかけるメープルシロップのように甘い表情で嬉しそうにしてくれる。
最初はこんなイケメンが俺みたいなちんちくりんな男相手に本気かよとか思ってたけど、さすがにこんな調子で毎日過ごしてたら愛されてる自信くらい付いちゃうでしょ。
でも素直に言葉にするにはまだまだ恥ずかしさの方が勝っちゃうわけで......それならと少しでもできそうなことからって頑張ってんですよ、こっちは!
なんとか宇髄さんをキッチンから追い出してフライパンを覗くとやっぱり少し焦げていた。
仕方ないから、こっちは自分用にしようとお皿に移してもう一度ホットケーキを焼くと、今度は邪魔が入らなかったから綺麗に焼けた。
ちょっと完全に丸くはできなかったけど、ふっくら膨らんで綺麗な焼き目のついたホットケーキをお皿に載せてバターを乗せてダイニングだと絶対またこっち来そうだから宇髄さんを追いやったリビングまで持って行く。
「宇髄さん、できたよー......ってなにしてんの?」
リビングに行けば、宇髄さんが俺専用のクッションを抱きしめて顔を埋めていて、これはなんていうか多分拗ねてる......んだろうな。
2メートル近い男がソファの上で体育座りしてクッション抱きしめて顔埋めて拗ねてるとか、この人は俺をどうしたいんだろうね。
「宇髄さん」
「......」
「ねぇ、折角ホットケーキ焼いてきたのに冷めちゃうよ」
「......」
いつもはスパダリを地で行く人が、こんな些細な事で駄々っ子になるのってもうさぁ、なんていうか可愛いって言うか......ああ、うんそっか、これが宇髄さんからよくしてる音の正体か。
「て、天元さん、今なら俺からのあーんも付いてくるんだけ......ぎゃあ!」
ガバッと宇髄さんがクッションから勢いよく顔を上げたかと思うと次にドドドドドって聞こえちゃいけない音が襲ってきた。
「善逸、もう一回!」
「え、え? 今なら俺のあーんも」
「いや、それはそれで絶対やって貰うけど、その前だ、その前!」
「て、天元さん」
宇髄さんから音がする。聞くと胸の音がぎゅっとするその音が『愛しい』って音だって俺はもう知っている。
そしてその音は、さっきリビングいる宇髄さんを見たときに俺からもしてた音と一緒なことも。
「もう拗ねるのやめた?」
「拗ねてねぇよ。善逸が相手してくんなかったから暇だっただけだ」
それを拗ねてるって言うんだけど......って言いたかったけどその後が面倒なことになるの分かってるからぐっと堪えて琥珀色のメープルシロップが入ったガラスの小さな容器を渡す。
「はい、これメープルシロップ」
折角俺が作るならと、この人はなんなら100円ショップの物でいいと言ったのにお皿もマグカップもなんなら塩や胡椒の容器までオシャンティーな物を揃えてしまった。値段聞いて宇髄さんを正座させて説教したのは同居してすぐの事だ。なんだよ、マグカップ1つが1万超とか怖くて触れないじゃん!!!
その後100円ショップで買い直したマグカップに不満そうだったけど同じ種類の俺は黄色、宇髄さんはグレーの色違いのペアを買ったら機嫌が直ったんだけど、ちょっとチョロ過ぎじゃないかな!? って心配になったよね。
「なんだよ、かけてくんねーの?」
だからさ、大男が上目遣いとか可愛いからやめてくんないかなぁ!!
「かけすぎて甘くなり過ぎても知らないですからね!」
バターの溶けたホットケーキの上に琥珀色のメープルシロップをたらりと落とす。
「はいどうぞ!」
一口大に切った生地にそれを絡めてフォークに刺して宇髄さんに向けて突き出すと、大きな口を開けてパクリと食べられた。
「美味い」
「そりゃ、ちゃんと焼けたらホットケーキミックスだから美味しいのは保証されてるからね!」
「は? 違ぇよ。善逸の愛情こもってるから美味いんだろうが」
「な、なに言って、んの」
「入ってねぇの? 善逸の愛情」
「あ......まぁ、その、入ってる......けど」
きょとんとした顔でそう聞かれると、誤魔化すのも逆に恥ずかしくて素直にそういえばまたあの音が聞こえてくる。
「宇髄さん、その音やめてよ......恥ずかしい」
「......」
「宇髄さん?」
「今日だけは宇髄さんって呼ぶの禁止な。宇髄さんて呼んだら返事しねぇから」
「は? 宇髄さん!?」
どうも、今日は駄々っ子のままで突き通すことにしたらしく、俺の呼ぶ声に宣言通り返事をしてくれない。
時計を見れば、今日が終わるまで後数時間。
「もう、いい加減本当に冷めちゃうから食べてよね......天元さん」
「お前もな。ほら善逸、あーん」
「あーもう!! 今日だけだからね!」
天元さんが俺のホットケーキを切ってフォークを刺し出してきたので、こうなったらとことん付き合いますよ! と、それを食べながらそのままお互いのホットケーキを食べさせ合うっていうこの上なく効率の悪い食べ方をして過ごした。
きっと明日になったら恥ずかしさで死にそうになるんだろうなと思いつつ、このギャップの塊と化した恋人を今日だけは羞恥心を横に置いといて甘やかしてあげようと思う。
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